二人の覇者
走りながら込める魔力は今までとは異なりかなり特殊……しかもブレスレットをはめた状態ではないため、僅かに力が発露する。
「……ほう?」
マクロイドもその魔力に気付いたのか声を上げた。直後、俺は彼目掛け横に一閃した。
果たして――渾身の一撃のつもりで放った斬撃は、易々とマクロイドの剣に当たり、止まった。あれ?
「変わった魔力の加え方だな」
剣を噛み合わせながら、マクロイドは告げる。
「それは、英雄アレスから教え込まれた技法か?」
「……はい」
「ふむ、少なくとも壁を超える技術とは違うタイプの技だな」
あ、やっぱりそうか。となると、結局この技は――
「魔族と戦うものとは異なる技ってこと?」
「おそらく、な……」
何か考えがあるのか、マクロイドは剣を下ろすと俺のことを見つつ無言となる。
「あの……?」
その反応に俺は首を傾げる他なく、周囲から発せられる、他の闘士達が剣を打ち合う音が耳に入り――
「お待たせ」
後方から、セシルの声が聞こえた。
あ、来たのか。振り向くとリミナ達が立つ間を通り抜け近寄る彼が。
「剣を新調してきた……マクロイド、今はどんな感じ?」
「ひとまずレンの腕を見ていた所だ……次は、ライラといこうか」
「はい」
短く答えたライラは、剣を静かに引き抜く。そしてマクロイドはなおも俺のことを気にする様子を見せ……少しして、表情を戻した。
「レンはとりあえずここまでだ。休んでいてくれ」
「はい」
頷き、俺はライラと入れ違うように引き下がった。
その後、ライラに続きフィクハやリミナも打ち合った。ライラはせめて一太刀でも、という構えを見せ時に鋭い剣閃を放ったのだが、マクロイドはあっさりと防いだ。これが実力の差というものだろう。
フィクハやリミナに関しても言わずもがな……の、はずだったのだが、リミナについては少し違った。
「やあっ!」
戦士ではないとリミナは前置きしたのだが、マクロイドは構わないと言い、槍を差し向けた。で、それを彼は受けたのだが――
「おおおおっ!?」
驚愕と共に、後方にすっ飛んだ……おいおい。
しかも盛大に背中を壁に打ち付ける。大丈夫か、これ?
「だ、大丈夫ですか!?」
リミナが構えを崩し慌てて駆け寄る。するとマクロイドは手を向け彼女を制す。
「怪我は無い……いやあ、すまんすまん。ドラゴンの力が入っているのはわかっていたんだが、ちょっと甘く見ていた」
戦場でこんなことになれば命取りだと思うのだが……まあ、実際悪魔なんかと戦う時は、大丈夫か。彼だって闘士であり、覇者だから。
「しかし、その力は目を見張るものがあるな……上手く御すことができれば悪魔なんかも力だけで倒せるぞ。本格的に戦士となるつもりはないか?」
「お断りさせて頂きます」
丁寧に返答するリミナ。一片の迷いも無い声音だったので、マクロイドも「すまん」と言い、引き下がった。
「よし、それじゃある程度わかったから、そろそろ相手を決める……が、その前に一つ訊きたい――」
「ちょっと待った」
そこで、今度はセシルが呼び止めた。
「僕とはやらないの?」
「お前の技量なんてわかりきっているだろう。戦うだけ無駄だ」
「何? 僕の方が上だから勝負する必要は無いって?」
なんだか喧嘩腰なんだけど……どうしたんだ?
「……ほう、お前がそんな舐めた口きくとは」
対するマクロイドもなんだか険悪な態度……やはり闘士同士そりが合わないのだろうか。いやでも、周囲の人達は普通に会話をしているし、仲が良い姿も見える……あ、そうか。
闘技大会の覇者同士だから、こんな雰囲気なのか。
「セシル、お前は少し俺を見くびり過ぎじゃねえか? 言っておくが、ナーゲンの指導でようやく壁を超えたお前は、まだ俺の敵じゃあ――」
瞬間、凄まじい速さでセシルは剣を抜き、二筋の斬撃を見舞った。けれどマクロイドはすかさず反応。斬撃をあっさり弾くと、警戒を込めて一歩後退する。
「やれやれ……お前はもう少し、好戦的な性格が収まればなぁ」
「言っておくけど、僕はナーゲンさんの言葉だから従順に頷いただけで、あんたの下で訓練するなんてまっぴらごめんだ」
セシルは宣言すると、右手に握る剣の切っ先をマクロイドへ向ける。
「ここで決着をつけないか? 僕があんたより上だと証明できれば、ナーゲンさんにも訓練しなかった説明ができるしね」
「……やれやれ」
マクロイドは歎息すると、俺達を一瞥する。
「すまんが、少しばかり待ってもらえないか?」
「え、あの……」
「レン、まさかやめろとは言わないよね?」
セシルからの言葉。殺気がこもっており、思わずたじろぐ。
「ま、こうなっちゃあこっちも黙っていられないからな」
その間にマクロイドは好戦的な笑みを宿し、戦闘態勢に入る。二人を見て、残りの俺達は数歩分、その場から引き下がった。
「……二人の間だけ空気が違いますね」
横にいるリミナが呟く。確かに、広い訓練場の中で二人の間だけ空気が黒い。一般人が近づいたら、気絶してしまいそうな雰囲気。
両者はそこで無言となり――マクロイドが剣先をセシルへ向け、空いている左手で挑発するように手招きをした。
それにセシルは反応――直後、一気に彼は間合いを詰めた。
俺は無意識の内に意識を集中させ、二人の攻防をつぶさに観察する。セシルの剣が連撃を放つべく左右に開き、対するマクロイドは剣を両手持ちにすると大きく息を吸い込んだ。
そしてセシルの剣がマクロイドを左右から襲う――それこそ、相手をバラバラにしそうな勢い。完全に殺す気でかかっているのがわかる。
対するマクロイドは、先に到達しそうになった右腕の剣へ自身の刃を向けた。刹那、その剣戟を容易く防ぎ、さらに剣を引き返し左の剣を弾くべく動く。
セシルも速いが、マクロイドも負けてはいない……いや、難なく捌いている。しかも彼は一本の剣で。剣を引き戻し反対側の剣を防ぐという行動を考えると、彼の方が速いのではと思う――
マクロイドの防御によって、セシルはたまらず後退した。左右からの同時攻撃を防がれてしまい、彼は苛立った表情を示す。
そうした状況下で、マクロイドが告げる。
「速度はかなりのものだ。だが、魔力強化の度合いが俺よりも低い現状で、速度で俺を上回ることは――」
言葉の途中でセシルが動く。あくまで双剣を差し向ける。
マクロイドはすかさず反応。僅かばかり刀身から魔力が発せられ――勢いよく、振り抜いた。
結果、右腕の剣と衝突すると突如剣が砕かれた……いや、むしろコナゴナに。
「うわっ!」
これにはさすがのセシルも後退。どうやら、これで勝負あったようだ。
「ほら見ろ、そういう結果になる」
マクロイドは悠然と語り、剣を鞘にしまった。
「お前の場合は特に剣が問題だな。良い武器を見つけないと、話にならない」
「……わかったよ」
どこか悔しそうにセシルは言うと、剣をしまう。朝新調したのに、もう変えないといけなくなった。
「さて、話を戻そう」
そして、マクロイドは俺達に首を向ける。あ、そういえばさっき何か言い掛けていたな。
「訓練を行う前に、一つ訊きたいことがある」
改めて切り出すマクロイド。俺達は黙って彼の言葉を待つ構えを取り、
「ここにいる人間の中で、聖剣の警護に行きたいと本気で考える者はいるか?」
予想外の言葉が投げかけられた。




