夢の中の技法
夢から覚めた俺は、しばし天井を見上げ先ほどの光景を思い出す。
「……何か、あるのか?」
呟き、ラキと遭遇したことを記憶から引っ張り出す。現時点で見た夢の中にいるラキは、アークシェイドに加担し手を組むなどという兆候は見せなかった。けれど、アレスはそのようなことになる可能性を示唆していたというのか――
「いや、さすがにそれをイコールで結び付けるのは、早計か」
もっと違う理由かもしれない……例えば、アレスは魔王なんかが復活することを知っていた、とか。でも、それだったら国に報告して対応するはずだろうし……駄目だ、わからない。
「ひとまず、棚上げだな」
心の中がモヤモヤするのだが、仕方ない。
俺は上体を起こし、ベッドから下りる。現在の格好は白い寝間着で、ひとまず着替えから始めることにする。
「ん……そういえば」
ふと、先ほど夢の中でアレスが注いだ魔力の感触を思い出す。夢の中なのでそれを深く実感したわけではないのだが……なんとなく右手を突き出し、力を入れてみた。
夢の中の光景を思い出す。特に、あの暖かい光――
「っ!」
瞬間、右腕全体に魔力が収束した。それは間違いなくこれまで教わってきたものとは、異なるやり方。
「どうやら……体は記憶しているみたいだな」
アレスがああやって教えた以上、何かすごい力なのかも……といっても、暖かいなどと感じた以上、戦士達から教わった技法と比べ攻撃的ではない気もするけど。
「今日の訓練の時、使ってみればいいか」
とんでもない威力が出たらどうしようか……などと考えつつ、俺は支度を始めた。
その後、朝食をとり俺達は一路闘技場へ向かう。本来はセシルが案内役になるはずなのだが、
「折れた剣を新調しないといけないから、先に行っていて。連絡はしてあるから、昨日の場所に行けば会える」
そう言い残し彼は、足早に屋敷を出て行った。
よって、俺を含めた残り四人で闘技場へ……そして、建物の中に入ろうとして一つ気付いた。
「……この中で、マクロイドって人の顔を知っている人はいる?」
昨日と同じ場所にいたとしても、顔がわからなければいくらなんでもまずいだろうと思い、質問。すると、ライラが手を上げた。
「私は見たことあるよ」
「じゃあ大丈夫だな……ちなみに、どんな人?」
「……まさに闘士、という感じの人」
まさに闘士? 首を傾げたがライラが「早く行こうよ」と催促するので、俺は頷き闘技場の中へと入った。
昨日と同じ道のりを歩み、目的地へ到着。そこには、俺達以外にも闘士らしき人物達が訓練を行っていた。
「へえ……」
俺は周囲を見回し、感嘆の声を漏らす。基本は複数人を師匠らしき人が教えているという構図なのだが、年齢が結構バラバラ。明らかに教える側の人間が若いケースもあれば、女性が教えている場合。さらにすごい体格差で打ち合っている姿もある。
「レン、一番奥」
ライラが発言。俺は正面一番奥に目を向けると……体格のよさそうな男性があぐらをかき、欠伸をしている姿が見えた。
「あの人?」
「そう、あの人」
ライラから答えが来たので、俺が先頭となって歩み寄る。その間に男性の姿を観察し……なるほどと思った。
年齢は、二十代後半から三十代前半といったところか。茶色い戦闘服を着こみ、頭は黒髪短髪で頭頂部が立つくらい。で、顔は中々の強面で一重まぶたの瞳が強い迫力を示している。
気の弱い人間が目を合わせたら逃げるかもしれない……ライラの言う通り、死地を勝ち抜いてきた闘士という感じはする。
「……ん?」
近づくと、俺達に気付いた彼が目を向ける。すると、
「おお、来たか」
野太い声で明るく言うと、立ち上がった……身長や肩幅もかなりある。というか、二メートル近くありそうだ。
「ライラ、久しぶりだな~」
さらに、ずいぶんと陽気に告げる。同時にニカッと健康的な笑みを向け、見た目の怖さが若干和らいだ。
「……どうも」
俺達が立ち止まると同時に、ライラが返答。そして俺は、念の為に確認。
「マクロイドさん……ですよね?」
「ああ、そうだ。俺がマクロイドだ。で、そっちが勇者レンか?」
「はい、よろしくお願いしま――」
「あーあー、敬語なんてやめてくれ。堅苦しいのは嫌いなんでな」
と、彼は頭をかいて言った後、突如俺の肩をバンバンと叩いた。
「活躍は聞いてるぜ。いやー、中々強いみたいじゃないか。しかもルルーナやカインから直接指導受けたとあっちゃ、俺も気合い入れる必要があるな……よろしく!」
「は、はあ……」
なんだかちょっと暑苦しいような気も……そういえば、この手のタイプは初めてだな。
「で、だ。後ろの三人もこれから訓練するわけだが、さすがに俺一人で四人見るのは難しい。そこでっ! 今日は俺が全員の能力を確認し、明日から適切な面々に指導を任せていく」
「はい」
俺は返事をして、仲間達の顔を確認。全員彼の意見に賛同したのか頷いていた。
「よし、それなら早速始めよう」
――そう意気揚々と告げる彼に従い、俺達はまず技量の程を見せることとなった。とはいっても全力で打ち合うというわけではなく、精々準備運動レベル。
「おーおーおー、中々のもんだな」
先んじて俺が剣を合わせると、マクロイドが感想を述べた。彼は俺の剣を上手に受け流し、時折弾くという動作を繰り返すだけ。戦闘という雰囲気ではない。
「よし、一発全力で来い。壁は超えているんだろ? それありきで一撃見せてくれ」
そして、彼は告げる――俺としては大丈夫なのかと思いつつ、力を入れようとした。しかし、
「あ、その手首にはめているやつを外してだ」
声が掛かる……アクアや彼のレベルとなると、言及しなくても制御するブレスレットくらいはわかるようだな。
俺は黙ってブレスレットを外しポケットに。そして軽く素振りをした後、マクロイドへ言う。
「本当に大丈夫?」
「ヤバそうだったらよけるから心配すんな。はっはっはっ」
彼は豪快に笑いながら語る。若干不安を覚えたが……俺は刀身に力を注ぎ始めた。
途端に、マクロイドの表情が変わる。俺の全力を目の当たりにして、多少なりとも興味を示し……というか、なんだか舌舐めずりしそうな勢いなんだけど。
この辺はやっぱり闘士なんだな……思いつつ、俺は間合いを詰め、剣を縦に薙いだ。
果たして――マクロイドは俺の剣を見据えながら、真正面から受ける。双方の衝突した瞬間、金属音と魔力の余波が周囲を包み、旋風のように吹き荒れた。
「……なるほど、こりゃあ相当なレベルだな」
そして、マクロイドは言う。俺の全力に対し、彼は余裕の笑みを浮かべていた。
「そこいらにいる悪魔は敵じゃないな。しかし、現世代の面々から見るとまだまだ」
改めて言われる……が、自認していることなので気にすることもなく、一つ質問する。
「技量も壁を超える技術も?」
「そうだ」
剣を合わせたまま、マクロイドは明瞭に答える。
「まだまだ発展途上……しかし、お前さんを教えた剣の師が良かったんだろう。壁を超える技術もすんなり使用できている。訓練を重ねていけば、それほどかからず完成だろう……ちなみに、本来の師匠は誰だ?」
――この辺のことは伝わっていないらしい。まあ、話題に出なければ話すようなことでもないか。
「……英雄、アレスだけど」
「ほう?」
俺が言うと、興味深そうにマクロイドは呟く。
「そうか、英雄アレス……確かにそれなら頷ける」
語った後、彼は俺を押し返した。こちらはその反動に任せ数歩後退。
そして、朝の夢を思い出す……試すには、絶好の機会かもしれない。
「あの、マクロイドさん。一つ試したいことが」
「ん? 何だ?」
「魔力の集め方を変えるので、どんな感じか見てくれないかと」
「いいぜ」
二つ返事。俺は「では」と告げ、呼吸を整えた。
もしマクロイドに通用すれば、実戦でも使えるかもしれない――そんな風に考えつつ、俺は彼へ向け再度駆けた。