覇者の特権と夢
話し合いが終わった後、俺達は休むために闘技場を出た。
先ほどの話を聞いて、少なからず焦燥感を抱いたのは事実。けれど英雄達が出てくる以上、ナーゲンの言う通り出番は無いかもしれない――他の仲間もそう思っているのか、無言でセシルの案内に従い街を進み、
目的地に到着して、巡っていた思考が吹き飛んだ。
「……うわぁ」
「これぞ覇者の特権、ってわけね」
ライラが地声で呟き、さらにフィクハが嘆息を交え口を開く。その反応を見て、前にいるセシルは口を尖らせた。
「……あのさ、一応闘技大会を連覇した身なんだから、このくらいはあってもいいと思わない?」
言って、セシルは指差す――そこには、デカイ屋敷が一軒建っていた。
闘技場でこれから宿を探す旨を伝えると、セシルが「じゃあ僕の所に来ればいいよ」と告げ、俺達を案内した。結果、目の前の建物。で、俺達は一様に驚いている。
よくよく考えれば、この展開を予想することはできた。けど改めて事実を知ると、ひたすら驚くばかり。
「……突っ立ってないで、入ろうよ」
セシルが黒塗りの門に手を掛け、提案。そこで俺は我に返り、小さく頷くと彼の先導に従い歩き出した。その後方に、リミナ達が続く。
門と玄関の間には、石畳の道と両脇には庭園。しかもバラが咲き誇っている。
「……似合わない」
ポツリと、フィクハが述べる。セシルは聞こえたのか、首を向け不満な顔を見せた。
「……僕はどんな生活をしているイメージを持たれていたんだ?」
「精々小さな一軒家を構える程度」
「そんな報酬で、闘士達が死を賭し戦うと思う?」
「権威づけの意味もあるんですね」
今度はリミナ。首を向けると、バラに目をやりつつ歩く彼女がいた。
「勝者はこのような報酬が与えられる……それを、身をもって示していると」
「そういうこと。ちなみにこうして屋敷を構えている闘士は、結構多いよ」
語る間に玄関に到達。重厚な両扉は、アーガスト王国で王子の屋敷を尋ねた時くらいに緊張する。
セシルが扉を開き、中へ。続いて入ると大きい玄関ホールが姿を現した。天井も高く、上に設置されているシャンデリアが、魔法の光によって室内を照らしている。
「お帰りなさいませ」
そこで女性の声。目を向けるとセシルの目の前にメイドが一人。
「あ、悪いけどベニタさん呼んでくれる?」
「かしこまりました」
彼女は一礼して、廊下を歩んでいく。それを見送ると、セシルは俺達に体を向け口を開いた。
「客室は全部空いているから、好きなように使うといいよ。それとここにいる間は三食提供するし、寝る場所も保障するよ。ベルファトラスにいる時は、ここを拠点にするといい」
「……なんか、ムカついていきた」
彼のコメントに、フィクハが言う。それにセシルは困惑した。
「いやいや、何で?」
「その余裕の言動」
「余裕って……」
「まあまあ、いいじゃないか」
すかさず俺が割って入る。こんなところで口論していても仕方ない。
「で、セシル。さっき呼んだ人は?」
「あ、それは――」
彼が口を開こうとした時、廊下の奥から一人の女性が現れた。
「おやおや、帰ってきたと思ったらたくさん連れてきましたね」
黒いローブに茶髪の中年女性。ちょっとばかり横に広い彼女は、まん丸の目を俺達に向けニコニコとしていた。
「ああ、ベニタさん。彼らを当分、ここで住まわせたいのだけど」
「構いませんよ。このくらいの人数いた方が仕事のやりがいもあります」
頷く女性――ベニタ。おそらく彼女がメイドを統括している人なのだろう。
「あ、皆にも紹介しておくよ。屋敷の管理を任せているベニタさんだ。何か疑問があったら、彼女に訊けば大丈夫」
「よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるベニタ。俺達が釣られて頭を下げると、セシルはなおも続けた。
「さっきも言った通り、部屋は空いている客室を自由に使っていいよ。で、ベニタさん。夕食だけど、五人分頼んだよ――」
――その日、この世界に来て一番豪勢な食事がふるまわれた。どうも相当気合を入れたらしく、食べきれないくらいのものだった。
まあ、こういう贅沢が一日くらいあってもいいか……などと考えつつ、明日からの予定についてロクに話さないまま、眠りについた。旅の疲れか、慣れないベッドにも関わらずすぐに意識が飛び、
夢を、見た。
「……レンは、何のために戦っている?」
周囲は夕焼けに包まれ、俺は首を横に向け隣に立っているアレスに視線を送っている。
「魔族から、色んな人を守るため」
俺の口からそう漏れる……すると、アレスは小さく笑った。
「そうか……その中にはエルザ達も含まれているのか?」
「もちろんアレスさんも」
冗談っぽく言うと、彼は再度笑った。そして俺は首を真正面に向ける。
そこには、茜色に染まる広大な花畑が存在していた。もし俺自身がこの場に立っていたら、感動によるため息を漏らしていたかもしれない。
「……もし」
そんな中、再度アレスから声が。
「もし、そうした守る人達が敵となったら、レンはどうする?」
「……え?」
夢の中のレンは聞き返す――同時に、俺は首を傾げたくなった。
「敵に?」
「例えばの、話だ。もし、私やラキ……エルザが魔族によって操られてしまったとしたら……」
――そうなると、予期していたのだろうか。夢の中のレンは声を聞き、首をアレスへ再度向ける。
彼と目が合う。どこか、悲しげな色を見せていた。
「どうする?」
再度問う……直後、風が流れた。
どういう意図を持ってこんな質問をしたのか……この時点から、ラキがああした凶行に至る兆候があったのだろうか。
「……俺は」
少しして、レンが声を発する。
「もしそうなったら……全力で、止めるよ」
レンがどんな気持ちで言ったのか、俺にはわからない――そしてアレスは微笑み、レンの頭の上に手をポン、と置いた。
「三人とも、バラバラの答えだな」
そう言うと、手を離す。三人というのは、レンとラキ、そしてエルザのことだろう。
「エルザは説得すると言い……ラキはなぜそうなったかの理由を探し、判断すると言っていた」
アレスは憂いを感じさせる表情を見せる。二人の答えに、不満があるのだろうか。
ならばレンの答えはどうだったのだろう……考える間に、彼はさらに話す。
「止める、か……場合によっては、殺めてしまうかもしれない……その覚悟はあるのか?」
「それは……」
レンは返答に窮する。当然だろう。突然敵となり殺す必要が出てくる……などと質問されても、即答できるわけがない。
「……すまない」
そこでレンの態度を見てか、アレスは謝った。
「唐突過ぎたな……だがレンは、そうなったとしても戦うつもりなんだな」
「……うん」
明確に頷くレン。それにより、アレスはレンに向き直った。
「レン、手を出してくれ」
「……え?」
「いいから」
言われるがまま、レンはおずおずと右手を差し出す。するとアレスは握手をする要領でレンの手を握り、
ふいに、右手が暖かくなった――気がした。
「っ……!?」
夢の中のレンは驚く。もしかして、アレスは魔力を手に流している?
「まだ、詳しく教えるつもりはない。けれど、この魔力の感触を覚えておいてくれ」
語るアレスの表情は、笑み……けれど、やはりどこか悲しげなものだった。
なぜ、そんな顔をするのか――夢を見る俺は限りない疑問を抱きながら意識が遠ざかり、柔らかいベッドの上で目を覚ました。