到着と宣言
――遠目、やや高い場所で都の外観を一瞥した時、俺は立ち止まり無意識の内に声が漏れた。
「これは……また……」
「予想以上だったみたいね」
フィクハが言う。俺はそれに頷かざるを得なかった。
数日の行程を経て、俺達はとうとうベルファトラスへ辿り着いた。時刻は昼前。予定が狂うこともなかった。
正面には小高い丘の上に建てられている城があり、灰色のような地味な配色のものが見える。中々壮観なのだが……目を見張るのはその右側。城と同じくらいの高さを持った丘の上に、円形の闘技場があった。
「あの丘の上にある闘技場が、統一闘技大会の舞台です」
横に控えるリミナが告げる。そこで俺は城と闘技場を交互に見比べ、どちらかというと闘技場の方が目立っている印象を受ける。
「この街は城と闘技が等しく重要、って感じかな」
小さく呟き、さらに視線を移す。街は丘に面するように形成されており、街を覆うように灰色の城壁が存在している。そして面白いことに、街の中にも円形の闘技場が散見される。
「闘技場って、一つじゃないんだな」
「毎日闘士達は戦っているからね。山の上のあれは、特別なこと以外には使用しないんだよ」
俺の言葉にフィクハが反応。彼女は街をぐるりと見回し、さらに告げる。
「さて、到着したのはいいけれど……寝る所とかはどうするの?」
「そうだな……ひとまず、セシルと会おう。その辺のことを話せば、なんとかしてくれるかもしれない」
「お、そっか。じゃああの人の所に……で、どこにいるの?」
「その辺はフィベウスで別れる前に聞いているよ。ひとまず――」
と、俺は丘の上にある闘技場を指差した。
「目的地はあそこだ。街の中で一番高い所にある闘技場に来てくれと言っていたから」
「なるほど」
フィクハは神妙な顔つきで呟く。何か察した雰囲気なのだが――
「どうした?」
首を傾げ俺は問うと、フィクハは「何でもない」と答えた。
「さて、それじゃあ進みましょう」
彼女は先頭を歩き始める。反応は多少気になったが……リミナ達も歩き出したため、俺は無言となり
合わせるように移動を始めた。
城門を抜けると、中は他の街とは多少違う雰囲気を持っていることがわかった。外観は今までの街とそれほど変わらないのだが、空気が澄んでいる、とでも言えばいいだろうか。リミナがリゾート地と言っていたが、そうしたどこか非日常の空気がここにはある。
大通りは綺麗に舗装された石畳の道で、旅人や商人が行き交っている。けれど武装している人物が結構散見され、闘士であるとなんとなく察しがついた。
武器を持つ闘士がいることでガラが悪いようなイメージを勝手に持っていたのだが、そうではないらしい。
「闘士は街で騒動起こすと出禁ですから」
リミナに言及すると、そういう答えが返ってきた。
「気性の荒い闘士であっても、ベルファトラスではおとなしくしていると言う話です」
「そんな簡単に言うこと聞くのか……?」
「街の方々が良いイメージを保とうと尽力しているのもあるでしょうが……一番はやはり、英雄ナーゲンの威光が大きいでしょうね」
ナーゲン――魔王との戦いに加わった英雄の一人。きっとフロディアのいた村の治安が良かったのと同じ効果なのだろう。
「なら、ここで騒動が起きる可能性はないってことだよな――」
言った傍から、怒号のようなものが聞こえた。慌てて視線を周囲に向けるが、争っている姿は無い。
「……本当に大丈夫か?」
「路地裏一本抜ければ、決闘しているような場所だからね。それだと思う」
ライラからの言葉。決闘――この空気に合わないような言葉だが、ここではその二つが混ざり合っているというわけか。
「きっとどこかで決闘をやっているんだよ。大通りを進めば問題は起きないはず」
「そうか……なら、ひとまずこのまま突き進んで目的地へ向かおう」
というわけで、通りを突き進んでいく。先ほどの怒号がなければ良いイメージを保ったまま闘技場へ行くことができたのだが……ま、仕方ないか。
「ここで、色々と教わることになるんですよね」
ふいにリミナが呟いた。俺は確かにと小さく頷き、
「その辺のことを詳しく訊いていなかったけど……具体的にはどうするんだろうな?」
「セシルさんが話をつけているなら、英雄か、現世代の戦士達に教わる、ということでしょうか」
「私やリミナをどうするか気になるけど」
フィクハが言う。確かに魔法使いである彼女やリミナはどうするのか。
「魔法使いもいるだろうし、問題ないと思うよ」
そこでライラの説明が入る。
「闘士には本職の魔法使いの人もいるし」
「……どうやって剣士と戦うんだ?」
俺は興味を抱き質問。過去、リミナが勇者レンと決闘した時のように戦うのだろうか。
「魔法使いって詠唱しないと戦えないんじゃないのか?」
「魔石に魔力を封じ込めておくとか、後は無詠唱で魔法を使うとか」
「無詠唱……?」
「読んで字のごとく詠唱行為を省略した魔法。ただこれは結構難しいらしいし、習得している人は少ない。けれど、そうした人達は闘士の中でもかなりの実力者って話だから、そういう人達が教えるのかも」
なるほど……リミナやフィクハがどのように強くなるかわからないが、そうした技術を習得することになるのだろうか。
考えつつ、俺達はなだらかな坂を上り始める。周囲は相変わらず盛況だったのだが……やがて、道が二股に分かれている所で店は途切れた。
「城と、闘技場へ行く道か」
呟きつつ、迷わず闘技場への道を行く。そこからは店などもまばらになり旅人や商人の姿も減る。闘技場自体が動いていないためだろう。
そうして俺達は――目的地に到着した。石造りのそれは元の世界、写真か何かで見たコロッセオにそっくりだった。
入り口を見ると、闘士らしき人物が多少出入りしている。とりあえず誰かにセシルのことを聞くか……何も無ければいいけど。
そんな風に思いつつ歩いていると、俺の目に見覚えのある人物が見えた。格好は白生地かつ無地の戦闘服。
「あ、丁度良かった」
フィクハが先んじて呟く。俺も小さく頷き、入口へ歩を進める。
当該の人物は、セシルだった。
「……ん?」
こちらに気付いた彼が目を向ける。そして「ああ」と言い、
「来たのか……事情は聞いているよ。大変だったね」
俺に視線を送りながら彼は告げる。そこで、一つ気付いた。
彼は両腰に剣を一本ずつ差しているのだが……以前のように短い双剣ではなかった。それは俺が使うような、長剣。装備を変えたらしい。
「中にナーゲンさんがいる。まずはあの人の話を聞いて――」
と、セシルは俺達を一瞥して目が止まった。ライラやリミナの装備に気付いたらしい。
「その人は? あと、リミナさんの格好……」
「その辺は後で説明するよ。まずは、英雄に会うわけだな」
「そうだね……と、待った」
彼は腕を組み、俺を真っ直ぐ見る。
「どうした?」
「ここに君達が来た時、ナーゲンさんから言われたことがあったんだ」
「言われたこと?」
「ああ、そうだ」
頷いた後、セシルは決然と述べる。
「レン、君に決闘を申し込む」
「……へ?」
思わず聞き返す俺。けれどセシルは至極真面目に語る。
「ナーゲンさんから言われたんだよ。教えるにしても、まずは自分の目で実力が見たいと」
「……それはわかるが、なぜ俺とセシルが決闘?」
「技量がわかっている弟子と戦わせることで、レンの能力を把握できるから、だそうだ」
と、セシルが待ちわびていたかのように語る。
対する俺はその場で固まる。どうもベルファトラスに到着した直後から、厄介なことが始まってしまうようだった。