闘技の都へ
――翌日、俺達はベルファトラスへ向け出発した。
ちなみに部屋割りはリミナに決めたのだが、イベント的なものは皆無。朝起きてフィクハが地団駄踏んでいたのだが……なんというか、その反応にため息しか出なかった。
そういうものを期待してもらっても困るんだが……まあいい、とりあえず無視の方向でいこう。
それで、予定としてはほんの数日。多くの寄り道をしたせいでここまで長かったが、当初の目的地まであと少しだ。
「優先順位を下げているけど、その辺のことを調べた方がいいのかな」
街道を進んでいる時、左を歩くフィクハが俺に言う。朝方はずっと面倒な話題ばかり続いていたが、昼を越えてようやくまともな話題が出た。
「俺の記憶のことか?」
「そう。もしかしたらラキについて弱点とかわかるかも」
「弱点、ねえ……」
ふと、俺はカインに奪われ激昂した魔石の件を思い出す。
「フィクハ、ラキが盗られて怒った魔石のことは話したよな?」
「ん? うん、そうだね」
「それが弱点と言えばそうかもしれない」
「……その辺、夢に何か出て来た?」
「いや、まったく」
ラキと会話をする夢もあるにはあるが、魔石については何もない。
「となると、旅を始めて手に入れた魔石なのかもね」
「そうかもな」
「で、それが魔王復活の鍵かもよ」
「……鍵、か」
そもそもラキ達が本当に魔王復活を狙っているのか……それすらも推測でしかない。
「夢の中でラキの目的がわかる可能性は……低いような気がする」
「どうして?」
「夢の中のラキは、俺と共に英雄アレスから剣の手ほどきを受けている……現時点でわかることはそれだけだ。凶行に至った片鱗は見受けられない。それに……」
俺は演習地で対峙した彼を思い出し、続ける。
「最初遭遇した時は畏怖しか感じなかったけど……ラキにどうにか傷をつけられるようになって、複雑な事情を持っているように感じた」
「複雑な事情ねえ」
フィクハはどこか面倒そうに声を上げた。
「事情があって魔王復活させるとか……無茶苦茶もいい所ね」
「それが目的だと確定しているわけではないけどな……まあ、何かわかったら報告するよ」
「了解」
フィクハが応じ、会話が途切れる。そこで俺は今から向かう場所について質問した。
「あのさ、俺はベルファトラスのことがよくわからないまま行くわけだが……」
「あ、そうですね。詳しく説明していませんでした」
今度は右隣のリミナが声を上げた。
「えっと、ベルファトラスというのは都市名であり、ロベイル王国という国の首都となります」
「国名を知らず、首都名だけ知っているパターンが多いかな」
これはフィクハの言。確かに、今まで国名が出てくることはなかったな。
それを裏付けるようにリミナも「はい」と答え、続きを話す。
「ロベイル王国は元々、観光資源国家で領土はそれほど大きくありません。魔王との戦いが始まる前まではリゾート地として栄えている面も強かったのですが、現在は闘技の比重が大きいですね」
「リゾート?」
「首都から北に向かうと、海が見えるんです。そこが大陸の中でも有数のリゾート地で、魔王との戦いでも残りました」
ほお、海か。これから夏だし、海水浴も良いかもしれない……が、たぶんそんな暇は無いだろうな。
「そして、年に一回闘士の一番を決める大会と、三年に一度大規模な統一闘技大会というのが行われます……そして、今年はその統一闘技大会の年。大会は秋に入ってからですが、街は今から盛り上がっているでしょうね」
「で、レンは出ないの?」
ふいに、後ろを歩くライラから質問が飛んできた。墓穴を掘ったせいか、それとも多少親交があったためか、地声。
「いや……俺は出る予定ないよ」
「壁を超えているし、結構いい所まで行くと思うんだけどなぁ」
そう言われても……今までの経緯から出るフラグが立ちまくっている気がするけど、理由も無いし出ないということを主張しよう。
というか、出ても厄介事にしかならない気がするし。
「ねえライラ。優勝候補は誰か知ってる?」
そこでフィクハが質問。ライラはすぐさま答える。
「目下一番人気は前回統一闘技大会覇者マクロイド。他は、闘士で一番のセシル……名前が出るのはこの辺り」
「ま、予想どおりね……けど、セシルは新世代の戦士で英雄の教えを受けているといっても、マクロイドという人に勝つのは難しいかもしれないね」
「現世代の人と戦うのは、間違いなく不利だろうな」
俺がコメントすると、フィクハが首を向ける。
「既に壁を超えたレンはどう?」
「出ないって」
「出る出ないは別として、実力的にどうか尋ねているのだけど」
言われ、俺はしばし考える。
「うーん……マクロイドという人がどの程度の強さかわからないけど、アクアさんなんかが名前を出した以上、現世代の戦士の中でも相当な使い手だと予想できる。俺は演習でルルーナさんやカインと手合わせしたわけだけど……勝てる気がしなかった。となると、勝つのは難しいんじゃないかな」
「なるほど、ということは今年の大会は現世代が優勝する可能性が高いわけね」
語ると、フィクハはうんうんと頷く。それを見たリミナは、何か察したらしく口を開いた。
「あ、もしかして賭けるんですか?」
「そう。お祭りだし別にいいでしょ?」
――口上から、賭け事なのだと理解する。訊いてはいないけど、普通の試合でも賭けは行われているのだろう。
「私はとやかく言いませんけど……」
「こういうリサーチが後で物を言うのよ。いやー、しかし壁なんて情報を知ってしまったら、見る目が変わるわね」
笑うフィクハ。相当入れ込んでいるようにも見えるな。
「フィクハって、賭け事とか好きなのか?」
「ん? いや、いつもしているわけじゃないよ。けど、闘技大会だけはやることにしている……あ、レン。もし出たら少しくらいは賭けてあげるよ」
「もし出たとしても、大穴だろうな」
「実績はあるんだし、結構お金は集まるんじゃない?」
言葉と共に、含みのある笑みを向ける。出ろとでも言いたげだ。
「……情報ありがとう」
俺は無視して話を切った。途端、フィクハは不服そうに口を尖らせる。
「どうしてそう頑なに出ようとしないの?」
「え? だって厄介事にしかならなそうじゃないか」
「でも、記憶のことを知るには結構効果的だと思うけど」
効果的? どういう意味だ?
「統一闘技大会に出場すれば、当然ニュースとして騒がれる。そうすればレンの姿を一目見に、あなたの知り合いが駆けつけてくるかもしれないじゃない」
ああ、そういう見方もできるのか。確かに一理ある。けど――
「記憶を失くす前は、目立とうとしなかったんだけど」
「目立とうとしない……ねえ」
フィクハは呟くと、唐突に俺の前に立ち左手を掴んだ。そして、リミナやライラと距離を取る。
「……どうした?」
「目立とうとしなかったのは、英雄アレスを探すためよね?」
フィクハの問い。どうやら英雄アレスのことについて話すため、距離を置いたらしい。事情を知らないライラに対する配慮だろう。
「あ、ああ……そうだけど」
「でも、それは嫌な形だけど達成されている」
「……言われてみれば、確かに」
「そしてレンは現在、強くなるためにベルファトラスに向かっている。さらに勇者レンのことも調べないといけない。なら闘技大会に出て強い人と戦う。そして目立てば知り合いに会える可能性が高くなる。一石二鳥だと思わない? 英雄アレスの件も片付いたし、目立とうとしないように活動する必要はないと思うけど?」
――言われて、はたと気付いた。確かに、彼女の言う通り。
無論、英雄アレスを探すことだけが目立とうとしない理由ではないかもしれない――が、一番厄介なことが片付いているので、闘技大会に出るのもありと言えばありかもしれない。
「よし、そういうことで出場決定ね」
「……勝手に決めないでくれるか?」
俺は言ったのだが、フィクハは何も言わずリミナ達の下へ。それを見て、俺は小さくため息をついた。
ベルファトラスに行けば、セシルとも会うだろう。闘技大会の件で一悶着ありそうだ……はっきり思いつつ、俺は移動を再開した。