表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/596

従士となる宣言

 以後、リミナの意識は毒によってもうろうとし始めた。


 自分が今起きているのか夢を見ているのかさえわからない。気付けば木目の天井が見え、かと思えばあの悪魔と戦っている。郷里に帰る光景が目に入ったかと思えば、激痛と共に漆黒の闇に放り込まれる。

 次第に全てが混ざり合い、木目の天井の奥に悪魔が見え出しリミナに迫ろうとする。必死に体を動かし回避しようとした時、今度はレンが目の前に現れ剣を向けてくる。


 心の中でもう嫌だと呟くこともあれば、全てを受け入れ死を待つような感情を抱く時もあった。やがてそれも混ざり合い、夢の中で意味のない叫びを上げる。そして悪夢から抜け出したいと思う。

 そうした夢と現実が混在する光景は、永遠とも呼べるほど長く続いた――気がした。


 けれど次第にそれが落ち着きを取り戻し、ふいに目を開けた時、見慣れた天井が正常に見えた。

 リミナはそれを黙って眺める。天井を突き破って悪魔が来ないとも限らなかったのだが、しばらくしても変化が起きないため、意識が正常に戻ったと悟った。


「……私、は」


 首を動かす。部屋の中には誰もいない。加えて太陽の光が窓から注いでいる。傾き具合から見て、朝方だろうか。

 そこで、はたと気付く。体がほとんど痛くない。首や腕を動かしても、だるさだけで他に何も感じなかった。


「毒が回って、ほんの一時正常に戻ったとか?」


 呟き――口も正常に動いていると気付く。リミナは天井を見ながらこれはどういうことなのか疑問に思う。

 その時、部屋の向こう側から扉の開く音が聞こえた。誰かが家に入ってきたらしい。扉を注視すると、やがてそれも開いた。現れたのは医者。


「……目が覚めたか」


 医者はリミナを一瞥すると安堵の息を漏らした。


「体の方はどうだ?」

「……痛みとかはありませんが」

「そうか。どうやら解毒できたようだな」


 解毒――その一言で、リミナは目を見開いて驚く。


「解毒……したんですか?」

「ああ」


 頷く医者。瞬間、リミナの頭に治療の件が浮かぶ。


「あの……私、お金とかは」

「前払いで支払ってくれる人がいたんだ。それによりどうにかできた」


 医者は答え、リミナは再度驚く。こんな人間に大金を支払う人間なんて――


「……まさか」


 リミナは決闘した勇者を頭に浮かべる。そんな、あり得ない――


「そう、彼だ。勇者レンが君を助けた。純度の高い魔石を所持していて、それを換金して資金を作った」


 医者からは、信じられない言葉が返ってきた。


「なぜそうしたかは私も理由は聞かされていない……当然、話はするだろう?」


 問いにリミナは即座に頷く。


「わかった。それでは少し待っていてくれ」


 彼は言うと、すぐさま踵を返し部屋を出た。






「……俺の、気まぐれだよ」


 ――やってきたレンが、リミナに告げた最初の言葉はそれだった。


「これだけ関わった以上、死ぬのを見るのは忍びなかったということだ」


 理由を語る彼だったが――リミナは到底信じられなかった。


「そんな馬鹿な話……」

「金額の多さから、君はそう思っているのかもしれないけど」


 リミナの言葉を遮るように、レンは語る。


「俺から見れば、屋敷買えるくらいの金を失うより、目の前で人が死んでしまうのが嫌なだけさ」


 言って、視線を逸らす。リミナはそこで、態度から理由を尋ねても教えてはくれないだろうと思った。


「……そう」


 リミナは答えると共に、小さな息をつく。同時に、彼に対し今までとは異なる感情が湧き上がっていた。

 なぜ自分を助けたのかという興味と、何より恩義――敵意を見せていたにも関わらず、大金を投じて自分の命を助けてくれたという、感謝。


「お礼を、しないと」

「気にしなくていいって」

「しかし……」

「本当に大丈夫」


 レンは肩をすくめ、笑い掛ける。けれど、リミナとしては納得がいかない。

 どうすれば報いることができるだろうか。屋敷を買える大金なんて途方も無い額なので、普通に返せるとは思えない。


 なら――リミナは、一つだけ思い当たることがあった。


「……レンさん」

「ああ、どうした?」

「従士になります」


 端的な言葉。それにより、レンは目を白黒させる。


「は? 従士?」

「命を救って頂いたお金の分だけ、従士として働きます」

「……いやいや、待て。俺は別にそんな――」

「私としてもこのままでは引き下がれません。あなたのために働きます。レンさん……ではなく、勇者様。よろしくお願いします」

「いや、それは……」


 レンは首を振りながら否定しようとする。けれど、言葉が止まった。リミナの強固な瞳に、押し負けたのかもしれない。

 その時リミナは、従士になることしか頭になかった。より正確に言えば、それが彼に報いる唯一の手段だと愚直に思っていた――






「……と、こんなところです」


 一連の話を終え、リミナが締めの一言を告げた。


「ちなみに従士になると決意した後、勇者様はこっそり村を抜けだそうとしたのですが……私が気付いて追いすがる姿を見て、あきらめたようです」

「……無茶苦茶だな、リミナ」


 感想を漏らす。するとリミナも「そうですね」と同意した。


「私、一つこうだと決めたら突っ走ってしまう人間なので」

「それは、俺にも理解できる」

「その時は、従士になることが一番だと思ったんです……振り返ってみれば、ご迷惑だったんでしょうけど」

「でも本当に嫌だったら、面と向かって言ったんじゃないか?」

「かもしれませんね……それで、勇者様」

「ああ」

「話を聞いて、何か思い当たることはありましたか?」


 問われ、俺は腕を組み考える。

 出会いから決闘までは、特に考える必要も無い。あるとすれば、リミナが毒を受け会話の中で反応を示した部分だ。


「……安直だけど、リミナの言葉に何かを思い出したんじゃないかな」

「言葉?」

「毒の診断を受け、会話をした時。そこだけ様子がおかしかったみたいだし」

「例えば?」

「うーん、そうだな……あ、似たようなケースかどうかわからないけど、アレスの奥さんが有力かもしれない」

「奥さん?」


 聞き返すリミナに、俺は頷いた。


「ああ。断片的に夢を見る中で、今の所アレスの奥さんが出て来てない。亡くなっているのかと思ったんだけど、エルザがアップルパイを焼いて母親に食べさせる、という場面があったから、夢の時点で生きているのは間違いない」

「ご病気だったんですか?」

「エルザがこれを食べて元気になるとか言っていたから、健康というわけじゃないだろうな」

「そうですか。でも、病気でしょう? 毒ではなく」


 リミナは納得がいかないのか、首を傾げ俺に問う。


「私が言ったこととその件を重ね合わせているとすれば……罪だとか、自分の身に降りかかったとか、そういう言葉が出てくるはずですよね? 例えご病気でも、そんな言葉が出てくるとは思えませんが」

「……だよな」


 彼女の意見に、俺は同意せざるを得ない。


「母親の件と関係ないのかもしれないし……この辺りは、何か夢で見たら報告するよ」

「わかりました」


 彼女が頷き――会話は終了。


 何かがわかったわけではないが……とりあえず、勇者レンの過去に、生き死にに関することがあるというのはなんとなくわかった。その辺り、ラキも関係しているのかもしれない……今後も現れるであろう夢から、判断するとしよう。


「――ただいまー」


 ふいに、声がして部屋の扉が開いた。見ると袋を抱えたフィクハと、後方にライラ。


「あれ? もう帰って来たのか?」

「もうって……夕方近いけど?」


 言われ、思わず窓の外を確認した。多少ながら光に赤みがあった……そうか、ずいぶん長いこと話していたようだ。


「さて、部屋割りは決まった?」


 そこへ、フィクハが言う。げ、しまった。過去の話に時間を取られ、考えるのを忘れていた。


「ん、表情からすると考えていなかったみたいね……ま、ギリギリまで待ってもいいか。なら早いけど、夕食にする?」

「あ、ああ……そうだな」


 俺は頷きつつ、先ほどの話を思い返す――同時に、一つだけ結論を出した。彼が何かしら理由を抱え、リミナの命を助けたことだけは間違いなさそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ