飛龍と――『彼』
マジックゴーレムは、俺が魔力を消したことで動きを止める。そこでリミナは小さく詠唱しながらじっと敵を窺い、互いが睨み合う形となる。
俺は彼女の横でなおも息を整える。もしマジックゴーレムが迫れば、すぐにでも迎撃できるような体勢を維持する。
リミナの聞き取れない程度の声量だけが、広い空間に響く。どうやら詠唱している間は魔力が発露しないらしく、マジックゴーレムも目立った動きを見せない。だが顔らしき部位は、俺とリミナを見定めるようにしきりに動いている。
「……勇者様」
やがてリミナが声を掛ける。準備を終えたらしい。
「魔法が発動し、拘束をした直後に攻撃を」
「ああ」
応じると、リミナは杖を両手で握り、マジックゴーレムへ向ける。
瞬間、ゴーレムが動いた。ここに至り魔力に反応――しかし、リミナの攻撃の方が早かった。
「精霊よ、邪悪なる者を縛れ!」
直後、杖から白い帯状の光が幾重にも生まれる。それは一瞬でゴーレムの体を取り巻き、腕や足を封じにかかった。
その最中、マジックゴーレムはリミナへ右手を伸ばそうとした。だが光によって身動きが取れなくなったか、腕を伸ばした体勢で硬直する。
俺は床を蹴った。同時に剣に力を込め、雷の力を引き出し始める。マジックゴーレムは反応したか僅かに身じろぎしたが――挙動はそれだけだった。
攻撃は来ない――断ずると、力を解放する。駆け抜ける力が雷だと確信しつつ、飛龍のイメージを頭に浮かべ、剣を強く握りしめる。
全身の魔力が剣に向かい、外部に解放される――直後、剣から巨大な雷の柱が生まれた。
「――おおおおおっ!」
雄叫びを上げ、それをゴーレムへ放つ。それが形を成し、東洋竜を想起させる胴の長いドラゴンへ変化していき――ゴーレムに直撃した。
閃光と轟音が周囲を包む。さらに凄まじい魔力が眼前で爆発した。俺は退避するように後退し、リミナの横に辿り着く。
光はなおも続く。さらに雷の弾ける音が通路を満たし、呼吸すら忘れさせる。とても自分でやったとは思えなかったが――これが、紛れもない勇者の力なのだろう。
やがて、飛龍は姿を小さくし――光が収まった。後に残ったのは焼け焦げた絨毯だけ。マジックゴーレムの姿は見受けられない。先ほどの一撃によって、消滅してしまったらしい。
「……すげえ」
感嘆の声が、後方からやってきた。振り向くと呆然と佇むギアの姿。
「お前の強さは理解していたつもりだが……それにしても、すげえな」
「……正直、自分でも驚いているくらいだよ」
返答した後、今度はリミナに首をやる。
「とりあえず、倒せたみたいだ」
「ですね」
彼女は俺に微笑んだ後、マジックゴーレムの立っていた場所を見据える。
「ですが、余波が大きかったように思います。それに、ずいぶんと魔力も拡散していたようですし」
「拡散?」
「魔力というのは、放出するとバラバラになる特性があります。それらを収束させることで強い魔法になるのですが……先ほどの一撃は、ずいぶんと魔力がバラバラだった上、制御も甘かった」
「記憶を失くす前には、程遠いってことか」
「はい」
俺の呟きにリミナは首肯する。
まだまだ訓練の余地があるらしい――思いながら気を取り直し、俺は二人に呼び掛ける。
「先に進もう」
「わかりました」
「そうだな」
――そこから黒焦げの絨毯を抜け、ゴーレムの守っていた両開きの扉に赴く。
「これ、開くのか?」
疑問がよぎる。リミナを窺うと、じっとドアノブを見つめていた。
「閉ざされていても、開錠の魔法を使えば良いような気がします」
「罠とかはなさそう?」
「魔力は感じられません」
「物理的な仕掛けもなさそうだぞ」
続いてギアが言う。俺はならばと声を上げた。
「よし、試してみよう」
ドアノブに触れる。ゆっくりと回し、押してみた。すると扉は俺の動きに合わせ開いていく。
いよいよ……俺はつばを飲み込みつつ、ドアの隙間から部屋を覗き込み――
「っ!?」
真紅のマントを身に着けた男性と思しき人物の背中が、正面にあるのを認めた。
「先、越されたか」
ギアが言う。そこで男性は気付いたのか、背中を向けたまま声を上げる。
「ずいぶんと、派手な音だったね」
線の細い、中性的な声。俺は答えなかった――なぜなら、目の前にいる男性がどういう存在なのか、わからなかったためだ。
マジックゴーレムというモンスターがいたにも関わらず、彼は部屋の中にいる。さらに俺達が隠し通路から出た時、通路は真っ暗だった。この二つから考えて、彼がいるのはどう考えてもおかしい。
「ま、結構強力なゴーレムだったからね。致し方ないか」
彼が振り向く。そして、俺と目が合った。
初見の感想としては、かなりの美男子だと思った。声に準ずるような中性的な顔立ちに柔和な笑み。だが、俺は恐怖を抱いた。笑顔の奥に、底知れない何かを感じる。
髪色は紫――それも、かなり深い紫だ。瞳の色は真紅で、どこか不気味とさえ思える。さらに衣装はマント同様赤一色。腰にある剣の柄や鞘さえも真紅。唯一具足が白銀で、衣装とあまり似合っていないように感じられた。
「警戒しているね。まあ、当然か」
男性は言うと、笑みを消した。そして俺の顔を見て――小さく嘆息し、
「……久しぶりだね、レン」
俺にとって想定外の一言が、相手から発せられた。
「まさかこんな所で会うなんて、思ってもみなかったよ……しかも、僕がここに来たタイミングでのご登場だ。ここで出会うのは、運命だったのかもしれないね」
俺は相手を見返すことしかできない。当たり前だが、目の前の相手が誰かなんてわからない。けれど相手は俺を知っている――
「あの時以来だね。けど僕は君のことを多少なりとも聞き及んでいるよ。勇者レン……功績はしかと耳に入っている」
「そいつは……どうも」
受け答えると、男性はすぐさま苦笑した。
「ずいぶんと険悪だね……まあ、当然か」
彼は言いながらも、どこか楽しそうに話し続ける。
「そして、お二人はレンの仲間だね……ふむ、ここで再会できたのは君達のおかげでもあるだろう。礼を述べさせて頂くよ」
そう告げ、にこりと微笑む。リミナとギアは応じなかった。二人も何か察しているのかもしれない――彼の、異様な雰囲気に。
「それで、レン……ここに僕がいる理由、わかるかな?」
問われるが、何一つ理解できない。彼はすぐさま察したらしく、肩をすくめた。
「上手く飲み込めていないみたいだね。まあ、僕も立場が相当変わっているから、当たり前かな」
言いながら、彼はどこか嬉しそうだった。一体、こいつは――
「まあその辺りは、レンも気にしていないかもしれないね……で、どうする? ここで、決着をつけるかい?」
――彼の質問の直後、俺は背筋が凍った。
なぜそんな風になったのか、一瞬わからなかった。殺気や、魔力は一切感じられない。彼は剣の柄に手を掛けてすらない。
けれど遅れて、理由を察した。根拠は無い。しかし、本能と呼べる何かが警告する。
――俺は、絶対に勝てない。例え記憶があって全ての力を使えたとしても、戦えば絶対に負ける。
「……ここで殺し合うのは、無しみたいだね?」
笑顔を張り付かせたまま、彼が質問する。無言でいると、肯定と受け取ったらしい彼は、右手を軽く振った。
「では、次会う日まで」
言葉の直後、彼の足元に魔方陣が生まれ光が生じ――消えた。
「……転移術」
リミナがポツリと零す。声を聞きながら、俺は静かに息を吐いた。
後に残るのは暗然とした心情。さらに胸に不快感を抱きながら、しばらく彼の立っていた場所を眺め続けた――