勇者対魔法使い
先手はレン。一気に間合いを詰め――リミナは、彼が短期決戦の構えなのだと理解する。
そうはいかない――リミナは後退しつつ、簡単に詠唱した後杖をレンへとかざした。
「光よ!」
声と共に、前方から光の剣が出現。けれどレンは構わず突撃し、
「ふっ!」
僅かな呼吸と共に横に薙ぐ。結果、剣はあっさりと消滅する。しかし大きく動きを鈍らせ、リミナは距離を取る余裕ができた。
しかし、なおもレンは食い下がろうとする。それにより、リミナは口を動かさないままさらに後方へ。
そこでリミナはレンの心理を読む。詠唱を行っていない自分を見て、魔法は来ないと判断するはず。ならばこのまま突撃してくるだろう。
果たして――レンはリミナの想定通りに一気に踏み込んだ。無表情に近い顔つきで迫り、終わりにするべく接近する。
刹那、リミナは杖をかざす。その動きにレンが少しだけ反応した直後、
「光よ!」
杖先から光弾が生まれ、レンへ放たれた。
これには彼も驚き、身を逸らし避けた。リミナとしては当たると思っていたのだが――身体能力は予想以上に高い。
「――風よ!」
ならばと、さらに攻勢は続く。今度は風の刃。至近距離で放たれたため、レンは呻き後方に防戦に回らざるを得なくなる。
レンは刃を剣で受け、風は消える。リミナはさらに追い打ちを掛けるか思案したが――レンが厳しい顔をしたため、杖をかざし止まった。
「……魔石か」
やがて、レンが呟く。リミナは何も答えなかったが、正解だった。
昨日、リミナは持っていた魔石に自身の魔力を込めた。これは保存技術の一つであり、服越しでもいいので体に触れていると、そこから魔力を引き出し封じ込めた魔法を行使することができる。
とはいえ、これには大きな問題がある。込められる魔力は魔石の品質に依存するため、一般的に売られているような物では使い物にならない。リミナが持っていた物はそれなりに純度が高く、値段も張っている。だからこそ、簡単な魔法を込めることができる。
悪魔に対しては何の効果も無いので今まで使わなかった戦法――しかし、人間相手ならば十二分に通用する。
「魔石使うとは……予想外もいいところだな」
レンが呟く。意表を突けたことはリミナも満足したが、これで終わりではない。相手を倒さなければ意味がない。
「けど、戦法がわかった以上同じ手は通用しないぞ」
「なら、来てみれば?」
挑発するようにリミナは言う。声音から何かを感じ取ったか、レンは無言となった。
出方を窺っている――リミナが認識すると両者は沈黙し、やがて周囲のギャラリーも黙る。次第に周囲は静けさが広がり、風の音くらいしか聞こえるものがなくなる。
その間、リミナはじっと佇む。自ら仕掛ける気はなかった。基本戦術は、相手が来た所にカウンターを放つというやり方だ。専守防衛を基本として、踏み込む好機を与えないように心掛けている。
けれど、さすがに小手先の攻撃で彼は倒れてくれないだろう――リミナは考え、タイミング的に早い気もしたが、次向かってきた時仕掛けると決意する。
「……さすがに、そっちから攻撃はしないか」
やがてレンが言う。どうやら戦法を理解できたようだ。
反面、リミナはなおも沈黙。すると彼は苦笑し、
「わかったよ……なら、乗ってやる」
告げると同時にレンは走った。刀身に魔力を注ぎ――リミナは魔石に封じ込めた魔法で弾くことのできない量だと悟る。
「――風よ!」
しかしリミナは構わず魔法を発動させた。同時に後退し杖の先から風の刃を生じさせる。
レンは剣で容易に弾く。それを見て――リミナはかかったと思った。
彼はさらに前進。リミナは詠唱していない上、魔石の魔法を放っても通用しないのは間違いない。このままいけば彼の勝利になる。しかし、
今度は彼の足元から、突風が生じた。
「っ!?」
これはさすがに予想外だったらしく、レンは驚き体勢を崩す。
「よし――」
リミナは呟くと、次の手順を頭に浮かべる。
――使用したのは時限型の魔法。魔石にそうした魔力を込め、地面に魔石を落とせば時間差で発動する。先ほど風の刃を放った瞬間、どさくさに紛れて地面に落としたのだった。
奇襲に際し重宝する魔法なのだが、あいにくこれも魔石の純度が高くなければ使い物にならない――リミナも所持している中で一番純度の高い魔石を用い、結果として突風程度だ。
しかし、今のリミナにとっては十分。次の攻撃に移る時間を稼ぐことができた。
「――炎よ!」
続けざまに生みだしたのは、火球。それも一つではなく複数。いくつもの魔石を用い、一気に生み出した結果だ。
レンは体勢を立て直し、剣を構える。同時に、リミナの火球が放たれた。
「くっ!」
レンは即座に横に逃れようと動く。しかし火球達は追随し、彼のいる場所に見事着弾した。
爆音と粉塵が周囲を覆う。リミナは踵を返し、全速力でレンの立つ場所から離れる。
さらに詠唱も開始する。ある程度の所で止まると粉塵舞う場所へ体を向け、魔法を完成させるべく唱え続ける。
そして魔法が組み上がって来ると、内なる魔力が体の中心で集まり始め、全身が熱を帯びる。そしてギャラリーからはこう感じたかもしれない――空気が、変わったと。
やがて、煙が晴れてくる。リミナはその奥を注視。少しして服についた砂埃を払いながら出現するレンを捉えた。
「容赦がないな……まったく」
彼が呟いた時、詠唱が終わった。リミナは杖をかざし、魔法を撃つ体勢を取る。
「……雰囲気からすると、相当強力な魔法みたいだな」
「ええ」
にべもなくリミナは答える。唱えた魔法は、リミナの最強魔法――あの悪魔に浴びせた、不死鳥の炎。
「なるほど、魔石に封じ込めた魔法でかく乱し、強力な魔法を収束させる時間稼ぎをしたわけか」
彼は言うと、軽く素振りをしてから剣を構え直した。
「ここからはなんとなく想像できるよ。つまり、力勝負をしたいんだろ?」
「なんだ、わかっているじゃない」
リミナは感心したように声を上げ、杖の先をレンへしかと向ける。
「悪魔を倒した、あの技が欲しいんだけど」
「……わかったよ」
告げたと同時に、彼の魔力が胎動する――途端、変化が起こる。肌がチリつくような、乾いた空気。
「ちなみに押し負けたら……避けろよ。食らって死ぬのは勘弁してくれよ」
「こっちのセリフ」
リミナは返すと、一度ゆっくりと呼吸をした。それが呼び水となり、レンの切っ先が振り上げられ、リミナの杖が突き出された。
これで決まる――リミナは自分が勝つと思いながら、魔法発動の最後の言葉を叫ぼうとした。口を開きかけ相手の姿が見える。剣を掲げながら、彼はリミナに視線を送っていた。
そして、声が出そうになる――刹那、突然体に痛みが走った。
「っ――!?」
わけもわからずリミナは顔をしかめる。そして痛みにより声が出ず、魔力が霧散する。
レンはそれに気付いたらしく、技発動寸前で剣を止めた。
「……おい?」
レンの声が聞こえた。しかしリミナは答えられず――突如、うつ伏せに倒れこんだ。
「おい!?」
レンが駆け寄る足音が聞こえる。対するリミナは何一つできず、ただ痛みに耐えるしかない。
突如針山にでも叩き落とされたような、刺す痛みが全身から生じていた。リミナはそれを堪えどうにか上体だけでも起こそうと、腕に力を入れて顔を上げる。
「……かはっ」
瞬間、咳が出た。そしてほんの僅かではあったが――血が地面に落ちる。
「ど、どうしたんだ!?」
駆け寄ったレンがそれを見て問い掛ける。けれどリミナは答えられない。本人も、なぜこうなったか原因がわからない。
「――医者だ! まだ村にいたはずだ! 医者を連れて来てくれ!」
最後にレンの声が聞こえた。その叫びを耳にしながら、リミナの意識は暗転した。