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彼女の要求

 ――翌日、リミナはひとまず安静ということで村の空き家を借りて休むことになった。


 正確に言えば、押し込められたと言った方が正しい。リミナが怪我をしている旨をレンが話すと、村人達は大騒ぎした挙句急ぎ医者を連れて来たのだ。

 狼狽えぶりに見てリミナは、怪我をしているにも関わらず驚き過ぎだと思った。実際の所痛みの割に怪我は浅く、翌日ともなればベッドから上がり、通常通り過ごすことができた。


 そして、レンはというと――ちょっとばかり頭を抱えつつ、リミナの家までやってきた。テーブル越しにリミナと向かい合って座り、用件を切り出す。


「えっと……リミナさん、だっけ? できれば村の人達に誤魔化して欲しいんだけど……」

「自分が勇者レンではないと?」

「ああ」


 困った顔で頷くレン。


 ――彼は現在、勇者レンとして祭り上げられ、盛大な歓待まで受け村の滞在を余儀なくされていた。どうやら翌日には村を出るつもりだったらしく、リミナとしてはしてやったという心境になった。


 なぜそうなったかというと、リミナが勇者レンだと密かに言いふらしたためだ。レンが別所で話をしている時、リミナは見舞いにやってきた村人にあることないこと喋った。結果レンは村人に歓迎され、さらに風の噂が一夜にして広がり、色んな場所から人が来ている。


「でも、勇者レンというのは事実でしょう?」


 自分で淹れた紅茶を飲みつつリミナは問う。左手でカップを動かしても、痛みはない。


「いや、俺は違うって言ったじゃないか……」

「あれほどの技量を持っている以上、私は確信しているけど」


 肩をすくめるリミナ。そこでレンは押し黙り……ふと、訝しげな視線をリミナへ向けた。

 もしかして、彼女が――そんな風に考えているとリミナは認識する。


「何か?」


 バレてもいいという心境でリミナが問う。すると、レンは大きくため息をついた。


「……あのさ、俺は君に何かしたか?」

「いえ、何も」

「それじゃあなぜ村人に広めたんだよ?」


 あっさりと看破――予想できるレベルであったので、リミナはさして驚かない。


「君は、俺が嘘をついているとすぐにわかった。けど、なぜそれを話したんだ?」


 問い掛けに、リミナは視線を逸らした。答えたくなった。

 嫌な沈黙が室内を包む。しかしそれはほんの一瞬で、すぐさまレンが声を発した。


「俺は、何をすればいいんだ?」

「……何を?」


 目を戻し、聞き返す。


「その、君が俺に対して苛立っているというのは雰囲気でわかるよ。で、今回の件は俺として思う所もあるけど、波風立てたくないから何も言わない。けど、これ以上干渉するのだけはやめて欲しいんだ。それで――」

「ああ、なるほど」


 リミナは理解し、声を上げた。


 彼の頭の中では、リミナを放っておけばさらに厄介事に巻き込まれるかもしれない――そう考え、何か要求を飲むから黙っていてくれと言いたいわけだ。

 彼にしてみれば、自分は厄介者か――リミナは思いながら心のどこかで満足していた。


「……そうね」


 リミナは低姿勢のレンと目を合わせ、考える。彼は決して怒らない。全ては目立たないために――変な話だが、事情ありきの勇者や傭兵なんていくらでもいる。

 どうすればいいのか――思案した結果、リミナは悪魔との戦いを思い出す。


 悪魔は既にいない。けれど自分はあの悪魔を倒せたはず。なら、それを証明するにはどうしたらいいか――


「……勝負して」


 要求を、口にする。レンはその言葉に、眉をひそめた。


「勝負?」

「私と決闘」


 端的な物言い――結果、レンは目を見開く。


「決闘、って……」

「あなたと私、どちらが強いか」

「……よほど、俺に助けられたのが癪に障ったらしいな」


 確信部分に触れると、リミナの顔が険しくなる。それにレンは即座に反応し、手で制した。


「いや、ごめん。わかった。それで喋らなくなるのなら、従うことにするよ」


 あっさりと了承――ここまで素直だと、なぜ広めたくないのか気になってくる。

 とはいえ、訊いても答えないだろうと思い、リミナは話を進めるべく続きを話す。


「それじゃあ明日、早速だけど」

「そっちは大丈夫なのか?」

「平気よ。それに、こういうのは早い方が良いでしょ?」

「……どうだかな」


 呟きつつ、レンは「わかった」と改めて了承した。


「それじゃあ、明日……時間は?」

「お昼過ぎで」

「了解。それまでに、厄介事は片づけておくよ」

「厄介事?」


 聞き返したリミナに、レンは憮然とした面持ちで言った。


「ああ。誰かさんのせいで勇者として色々依頼を請けてしまったからな」

「ご愁傷様」

「……まったく」


 笑みを浮かべるリミナに対し、レンはため息混じりに呟いた。


「関わらなければよかった」

「それはお互いさまね」


 リミナの言葉にレンはむっとなったが――言葉は出さずそのまま家を出て行った。


「……さて、と」


 リミナは一人となった空間で、呟く。


「さすがに剣士相手でこのままはまずいよね」


 言いつつ、近くに置いてあったザックを手に取る。中を漁り、ある物を取り出す。

 それを見ながら、リミナは笑みを浮かべた。今度こそ――そんな風に思い、明日の戦いへ向け準備を始めた。






 舞台として用意されたのは、村から出た先にある草原。暇をしていた村人など、それなりにギャラリーがいたりする。


「やめておけば良かったかもしれない……」

「承諾した以上、あきらめなよ」


 嘆くレンに対し、リミナは杖を構える。


「一本勝負だけど、いい?」

「……ああ、いいよ」


 レンはギャラリーに目を向けつつ、リミナの言葉に同意。そして、


「あのさ、一つ言っておきたいことが」

「ええ、何?」

「君はその、魔法使いだろ? 決闘ということは普通に戦う……その、魔法使いと剣士とでは――」

「お気遣いなく」


 ぴしゃりとリミナは告げる。それにより、レンの口が止まった。

 言われなくともわかっている。剣士は詠唱を必要としない手段で魔法を使用する。対する魔法使い――リミナは、詠唱がなければ基本的に魔法を使用することはできない。


「言っておくけど、手加減したら承知しないから」

「……わかったよ」


 レンはどこかあきらめた様子で呟くと、剣を抜いた。


「この際だから言うけど、君は俺に勝てないと思うよ」

「戦ってもないのに、ずいぶんな自信ね」


 リミナは目つきを変え、窺うような色を見せる。


「目立とうとしないのに、自信だけはあるのね」


 ――言葉の直後、ほんの僅かだがレンの瞳が揺らいだ。それをめざとく見つけたリミナは、少し目を細める。

 今のはまるで、自信を持っていなければならないとでも決意しているような――


「始めていいか?」


 そこでレンが表情を戻し確認。それにリミナは気を取り直して「いいよ」と答えた。

 目の前に、悪魔を倒した勇者。リミナの目には、彼の姿と昨日の悪魔が重なる。


 ずいぶんと、執着している――どこか自嘲的な心境を抱きつつ、相手の動向を窺う。

 その時、傷が疼いた気がした。けれど痛みではない。だからリミナはあえて無視し、


 戦闘が――始まった。

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