怯える理由と犯人
俺とリミナは一度部屋へと赴き、十五分程してフィクハとライラがやってきた。俺が窓際で外を眺め、テーブルに備えられている椅子の一つにリミナが座っている時だ。
「……なんかすごい取り乱しようだったんだけど、私何かしたっけ?」
フィクハは苦笑を交え俺に問う。そこでライラを見ると、俯いて重い空気を放っているのがわかった。
「フィクハ、何か心当たりはないのか?」
「ん? 心当たり……?」
首を傾げる彼女。しらばっくれている様子は無いので、忘れているのかもしれない。
「……うう」
ライラが呻く。うーん、これでは話が進まない。
「とりあえず、本題に入っていいか?」
「あ、ごめん。どうぞ」
フィクハはライラに椅子に座るよう促す。椅子は二つしかないので、必然的に俺とフィクハは立つことに。
「ああ、まずはリミナに紹介しないといけないな」
そこで俺はライラのことをリミナへ切り出す。で、リミナもまたライラに軽く自己紹介をしたのだが、
「……ライラです。よろしく……」
ひどいテンションでライラが自己紹介。しかも地声に戻っている……上手く立ち回れば地なんて見せることもなかったはずなのに、墓穴を掘ったみたいだな。
けどそのことを言及しても仕方ない。というわけで、話を進める。
「えっと、まず俺の方から訊きたいんだけど」
口を開きながら、俺はリミナ達の座る場所に近づいた。
「訓練の方はどんな感じ?」
「私はそれなりにできたよ。一応、結界張ったアクアさんの衣服に傷をつけられた」
答えたのはフィクハ。俺は驚き、彼女に問い返す。
「ずいぶんあっさりとできたんだな」
「といっても相当集中しないと通用しないけどね……ちなみに、私が短期間でできたのはシュウさんの近くにいたからだと思う」
「シュウさんの?」
「弟子をしていた時、私はあの人の魔力に常日頃接していたからね。その魔力を自分なりに思い出して色々やったら、できたというわけ」
「……口で簡単に言っていますけど、アクアさんは驚きっぱなしだったのですごいことなのだと思います」
リミナが補足する。そうなのか。
「で、フィクハはそれなりにできたというわけだな……リミナは?」
「私は魔法使いとしての訓練をベースとしつつ、ドラゴンの力を活用する一環として多少ながら武器の訓練を受けました。けど基礎的な部分だけです。アクアさんは武器の心得もありましたが、専門的に教えるの無理だそうなので。その辺りはベルファトラスで学ぶことになりそうです」
「そうか……正直、槍を持っているとは思わなかったよ」
「私もです。けれど杖の代替なので仕方なく」
「杖の?」
聞き返して――察した。そうか。リミナの持っている槍は切っ先を向け杖のように使うこともできるのか。
「そして、この槍は魔法を制御する役割を持っています」
さらにリミナは続ける。それに俺は首を傾げ、壁に立てかけてある槍に目を向ける。
「制御、というと?」
「私は現在魔法を上手く使えません。制御訓練は毎日行っていますが、いつ何時戦うかもわからない……そこで、武器により魔法の威力を調整することにしたんです」
「俺のブレスレットみたいなものか」
俺は右手首にあるブレスレットに目を落とす。
「……で、その槍ってどこから湧いて出たんだ?」
「アクアさんがどこからか取り寄せたんです。一応代金は払いましたけど」
「いくら?」
「金貨四枚です」
……ドラゴンの力を制御する武器としては、破格のような気もする。まあ、俺の腰にはその槍よりも破格な値段で購入した英雄の剣があるので、大して驚きはしないけど。
「そうか。まあ戦える目処が立ったのは良いことだな」
「はい。それで、勇者様の方は?」
リミナが問う。そこで、俺はライラに首を向けた。
彼女はこちらを見返し、小さく頭を下げる。話してくれという意味だろう。
「……二人は事件があったことは知っているのか?」
「概要は聞いています」
「そうか。なら、詳しく説明するよ」
前置きして、話し始めた。ラキと遭遇したことや裏切者が出たこと。そして俺が壁を超える技術を習得できたことと、夢を見始めたこと。そして予言――
「こんなところかな。何か質問はある?」
「……予言について、わかったことはあるの?」
尋ねたのはフィクハ。俺は首を左右に振る。
「むしろこっちが訊きたいくらいだ」
「そっか。この辺りは情報を集めないと真相究明は無理だろうね」
「だな。この辺りのことは新たに情報を得るまで保留にするしかなさそうだ」
「そうだね……リミナは何かある?」
「私は、特にありません」
「なら、この辺でお開きにしよう。レン、出発は明日ということでいい?」
「俺は構わないよ。今日は何をするんだ?」
フィクハはそこでライラを見た。
「いや、なぜそんなに怯えているのか確かめようと思って」
水を向けられライラの体がビクッとなる。それを見たリミナは俺に視線を移し、
「彼女、フィクハさんと何かあるんですか?」
質問した。対する俺はライラに視線を向ける。
彼女はこちらにすがるような目を向けていた。フォローして欲しいのだろう。
「……フィクハが、何かやらかしたみたいだけど」
「は? 私が?」
心外だ、とでも言う風に彼女は首を左右に振る。
「そんなことをした記憶は無いけど?」
「ライラの口からは、いじめられたとかなんとか」
「してないって」
手をパタパタと振るフィクハ。嘘を言っているようには見えないのだが。
「実験でもしたんじゃないのか?」
「いやいや。私は人にそんなことしないから。やるとすればミーシャかな」
「ミーシャ?」
現在シュウと共にいる助手の名が出てきた。
「彼女って、シュウのことになればムキになるし、時折突拍子もないことをするからね」
「例えば?」
「屋敷の屋根に止まっていた鳥の群れに魔法打ち込んだりとか……本人によると、シュウさんの屋敷敷地に立ち入るものは許さないとかなんとか」
「普通の鳥だろ……?」
「うん、そう。他には、実験ということで変な薬飲まされそうになったことも――」
そこまで言って、フィクハは何かに気付いたのかはっとなる。
「そっか。彼女が、魔法か何かで私に擬態したんだ」
「擬態……?」
「たぶんね。実際ミーシャがそれを使っているところを見たことがあるし。詳細は聞いていないけど、戦士を騙した魔法もそれなのかも」
「なら何で俺には通用しなかったんだ?」
「さあ?」
肩をすくめるフィクハ。俺としては気になった部分なのだが……まあいい。
「えっと、それじゃあライラをどうにかしたのはミーシャなのか?」
「うん、間違いない」
はっきり頷くフィクハ。それを見て、俺はライラへ視線を移す。
「だ、そうだよ。安心して良いんじゃないか?」
「……ほ、本当に?」
確認するライラにフィクハは深く頷き、
「何かあったらレンに言えばいいよ」
そうきっぱりと言い――とりあえず、この話は終了した。
「で、レン。私は外に出るけどいい?」
すぐさまフィクハは話題を変える。こちらは「構わない」と答えると、
「よし、それじゃあライラ。一緒に買い物でもしよう」
「う、うん……」
躊躇いながらもライラは立ち上がり、二人して部屋を出ていこうとする。
「あ、そうそう。レン」
その時、フィクハが言った。
「部屋割り決めといてね」
「は? 部屋割り?」
「うん。二人部屋を二つしかとっていないから、悪いけど誰と一緒の部屋になるか決めといて」
言い残し、彼女はライラと出て行った――おいおい。
それってつまり、三人の内誰かと同じ部屋になるってことか……? 理解すると、また難題が生まれたと心の中で思った。