イメージチェンジ
目的地への道のりで、問題は特に発生しなかった。
けれど旅の途中で驚いたことが一つ。ライラが宿の手配なんかをしていたのだが……ずいぶんとテキパキと処理をする。彼女曰く、事務的なことをかなりやっていたそうなので、得意らしい。
俺も少しは手伝おうかと思ったのだが、彼女は首を横に振った。おそらくだが、仕事をしてフィクハと会う件を少しでも忘れたいのかもしれない。
そして歩いている最中は口数も少なく、会話の機会もあまりなかった。その中で俺は、旅に同行する以上記憶喪失の件くらいは話したのだが――
「ふと、思ったんだけど」
街へいよいよ近づく中、ライラがふいに口を開いた。
「経験とか記憶が体の中にあったとしても……急に壁を超えることはできないと思うんだよ」
「それは記憶を失くす前に技術が完成していた……もしくは、完成に近かったんじゃないかな」
その言葉にライラは首を傾げる。どうも納得していない様子。ちなみに夢の件についても一応話した……が、わからないという結論になりあまり話題にならなかった。
「結局、ラキという人は何がしたいんだろう」
「……さあ、な」
俺もまた首を傾げる。そこでふと、直接戦った時のことを思い出した。
特に注目すべきなのは、あの魔石だろうか……カインに奪われ激昂したのを見て、大切な物であったことは理解できる。それが英雄アレスやエルザと関係することなのだろうか。ラキは何かしら思う所があったようだし――
とはいえ、ラキは現在英雄アレスを殺したシュウと関わっている。師匠を死なせた相手と共に行動しているというのは、どうにもおかしい気がする。
けれど真相に迫ったわけではないし……俺はひとまず置いておこうとした。けれど、
「ねえ、記憶というのは何かのきっかけで蘇ってくるのかな?」
ライラが問う。俺は「たぶん」と言いつつ頷いた。
「じゃあレンの過去を知っている人から色々訊いたら、もっと思い出すかもしれないよ」
「……過去、ねえ」
一番身近にいるのはリミナなのだが……彼女だって勇者レンのことを詳しく知っているわけではないし。
いや、待てよ。そういえばリミナが従士となった件について詳しく訊いていなかったな。その辺の詳細を聞けば、もしかすると――
「……見えてきた」
ライラが声を出す。前を見ると宿場町が。規模はそれなりで、交易の中継地点の役割を果たしているようだ。
「ようやくか……ライラ、そんな顔をしない」
露骨に行きたくないという顔をしていたので注意する。
「ほら、行くぞ」
「……うん」
結局、最後までこんな調子だった。再開したらどうなるか――不安ばかり残るが、俺は進み続けた。
町は門などもなく容易に入ることができた。通りは旅人や馬車が往来し、露店もそれなりにある。
「さて、集まる場所は……」
俺は周囲を見回し始める。場所はアクアが手配した宿屋と連絡を受けていた。
人ごみを進みつつ、俺はひたすら探す――そこから少し。街の中を走る十字路まで到達した時、当該の場所が見つかった。
そのまま歩を進める俺達。ちなみにライラは不安で仕方ない様子だったが、とりあえず黙殺した。
そして宿屋に入る。するとそこには――
「お、来たね」
いきなりフィクハの姿が見えた。格好は革鎧で以前と変わっていない……って、十日くらいなんだから当然か。
途端にライラが入口の影に隠れる。けれど俺はひとまず無視し、彼女に問う。
「そっちは着いてどのくらいになる?」
「私達も朝来たばかりだから、ほとんど待っていないよ。今はお昼でも食べようかと思い出ようとしただけ」
「そうか。で、リミナは?」
「外を見回っているよ」
言うと、フィクハはほくそ笑んだ。その様子に俺は眉をひそめる。
「どうした?」
「いや、ちょっとね」
なおも笑うフィクハ。気にはなったが、とりあえず話を進めるべくライラのことを切り出す。
「えっと……事情により戦士団から一人連れてきた。ベルファトラスまで同行する予定になっている」
「誰?」
「ルルーナさんの妹、ライラ」
「……へ?」
フィクハは目を丸くした。
「ライラ、が来てるの?」
「ああ……ライラ」
外に呼び掛ける。すると、そっと扉の影からライラが顔をのぞかせた。
「……久しぶりだ」
ルルーナを真似るように作った声でライラが言う。すると、フィクハが破顔した。
「おおー! 久しぶり、ライラ」
「あ、ああ」
「まさか一緒に旅をすることになるとは思わなかったよ」
彼女そう言って、嬉しそうにライラへと歩み寄る。
「これからよろしく」
と、フィクハはすぐさま右手を差し出した。親しげな対応なのでこれなら大丈夫と思った……のだが、
反面ライラは右手を見て固まった。握手をしたら殺されるとでも考えている雰囲気。
「ライラ?」
様子がおかしいためか、フィクハが問う――直後、突然ライラは踵を返し逃げた。
「えっ――!?」
驚いたのはフィクハ。彼女はそこで開かれたままの扉から外に出て、
「ね、ねえ! 待ってよ! 何で逃げるの!?」
続いて走り出した。よって、俺の視界から二人が消える。
正直、フィクハが追うと逆効果な気がする。俺はどうすべきか逡巡し……これから旅をする以上、ずっと避け続けるわけにもいかないだろうと断じる。
ライラには申し訳ないが、フィクハと無理矢理接触させるという荒療治といこう……決して追うのが面倒というわけではない。
で、俺はどうしようか迷う。リミナもいないなら少し散策でもしようか。それともロビーで待とうか……考えつつ扉に背を向け室内を見渡した。その時、
「……勇者様?」
ひどく聞き慣れた声が、背後の入口から聞こえた。リミナだ。
「ああ、リミナ――」
俺は振り返り、声を掛けようとする。そこで、
目が点になった。
「……は?」
彼女を注視し、間の抜けた声を上げてしまう。
「どうも……」
彼女もその反応は予想できたらしく、なんだか恥ずかしそうに俯き、俺に応じた。
そこで改めて観察する。以前と格好が変わりローブ姿ではなくなっていた……よくよく見ると、白銀の具足なんてものを身につけている。
衣装の色合いは以前と同様白。そして金属的な装備は具足以外にはない。下半身はベルトを腰に差し、スカート状のような物で足首手前くらいまでを覆っている。そして上半身は長袖の衣装。攻撃を防御するためか普通の衣服と比べややぶ厚そうな感じで、所々に銀縁の装飾が施されている。結構高そうだ。
そして極めつけは、右手に握る物。それを見て俺は先ほど驚いた。先端部分に鞘が付いている……間違いなく、槍だ。
――また思い切ったイメージチェンジをしたな。アクアの差し金だろうか。
「……えっと」
反応しようにも、どう言えばいいかわからなかった。するとリミナは小さく「すいません」と零す。
「協議した結果、ドラゴンの力を活用することになり……さらに前線に立たずとも護身くらいはできるようになれと」
「で、その装備?」
「はい」
「アクアさん辺りが言ったのか?」
「はい」
頷くリミナを見て、俺は「わかった」と答える。
「戦い方自体は以前と変わらないんだろ?」
「一応は」
「なら、装備が変わっただけだな。いいんじゃないかな、それで」
「……それで、勇者様」
「ん、何?」
「……似合っていますか?」
結構気にしているらしい。彼女は自身の格好を見ながら続ける。
「こういうのを着たことがなかったので、正直戸惑っているんですが」
「……まあ、着られている感じも多少あるけど、その内慣れると思うよ」
俺はそうまとめると、違和感ある中で話を進めるべく口を開く。
「えっと、ここにアクアさんはいるのか?」
「いえ、手配だけはしてくれたんですが用があると」
「フロディアさんも行動し始めたようだし、色々と仕事があるのかもしれないな」
「はい……あの、フィクハさんが出て行きませんでした?」
リミナが尋ねる。俺は小さく頷きつつ、彼女に提案を行った。
「そのうち戻ってくる。それから話し合いといこう。情報共有はしないといけないしな」