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夢と出立

 ――ふと、気付けば俺は廊下を歩いていた。


 胸中で驚きつつ、視線の見える範囲で状況を確認。藍色の絨毯に、左側は窓。そして右側に部屋に繋がる扉がいくつもあり、屋敷の中というのは理解できた。

 同時に、これは夢だと確信する。そしてずいぶんと意識がはっきりしていることから、あの雨の中思い出した、勇者レンに関する記憶だと断定した。


 夢の中のレンはずんずんと進んでいく。そして一番奥まで到達すると、目線が横に変わる。そこには厨房があり、一人せせこましく動いていた。


「エルザ」


 レンが声を上げる。すると厨房で動いている人物――灰色のローブ姿をしたエルザが、こちらに振り向いた。


「あれ? レン?」

「心配で様子を見に来た」

「何? 私が料理をしていたら危ないって?」


 やや口を尖らせエルザは言う。するとレンは首を縦に振った。


「突然一人で料理するなんて聞いたら、ラキだって同じことをするよ」

「心外ねぇ」


 エルザは不服そうに答えながらミントを身につけ、オーブンから何かを取り出した。


「匂いからすると……アップルパイか?」

「そうよ」


 レンの疑問に、エルザは満面の笑みで応じる。


「収穫したばかりのリンゴを使っているから、絶対美味しいはず」

「エルザって、そういうもの作れたのか?」

「一人で作るのは初めて」

「……味見しといた方がいいんじゃないか?」


 レンが意見すると、エルザは「もちろん」と答え包丁を手に取りパイを切り始めた。


「上手くできていたら、お母様に食べてもらうの」

「ああ……そのために作ったのか」

「これを食べれば、絶対元気になってくれるはず」

「そうだな」


 レンが同意すると、エルザはなおも笑った。同意してくれて喜んでいる様子。


「レンも一つ味見して」

「了解」


 彼女の提案にレンは頷く。そして歩み寄り――


 目が、覚めた。白い天井が見える。


「……朝か」


 呟き、上体を起こす。ベッドにテーブルと椅子しかない小さな個室。それを一度ぐるりと見回し息をつき……今日、何をするか思い出す。


「出発だったな……準備しないと」


 俺はベッドから起き上がり、支度を始める。同時に開け放たれている窓の外から、訓練しているような戦士か兵士の声が聞こえてきた。






 現在、俺は演習の後赴いた砦の中で過ごしている。今日で十日目だ。ルルーナは五日と言っていたが、今日まで伸びたというわけだ。


 そしてその間俺とライラはルルーナ達から地獄――じゃなかった。色々と指導を受けた。これほどさっさと終わってくれと思った訓練もなかった。というか、もう思い出したくない。

 もしリミナ達と合流して何をしたのか訊かれたら、黙秘するつもりだった。詳細を語ることもやりたくない……で、今日ようやく解放――じゃなかった。ルルーナ達が動き出すため、俺もこの砦を離れることになった。


 準備を済ませ、歩を進める。目的地は、フロディア達と会議を行った一室。最後の打ち合わせのためだ。

 道中、俺は先ほどの夢を思い返す。演習以後、時折勇者レンの記憶を夢で見るようになった。年齢は最初に見た夢とほぼ変わらない。先の戦いが呼び水となって思い出しているようなのだが……ひどく断片的で、有用な情報はあまりない。


「けど、今日は一つわかったことがあるな」


 呟き、収穫があったと断じる。それはエルザ――彼女の母親の存在だ。

 別の夢で、エルザが英雄アレスに対し「お父様」と呼んでいた。だから彼女が英雄の娘であるのは間違いない。そして数回夢を見ていたのだが、母親の姿を見ることはなかった。


 もしかして夢の時点で故人だったのか……などと考えていたのだが、そうではなかったようだ。ただエルザが「元気になって」という風に言っていたので、病床に臥せっているのかもしれない。

 現在は、どうしているのだろうか……なんとなく気にしつつ目的地に辿り着いた。俺は思考を中断し、ノックをしてから扉を開ける。


「おはようございます」


 挨拶をしつつ中へと入り、扉を閉める。部屋には扉と向かい合うルルーナと、右方向にカインがいた。ちなみに、双方とも戦士としての格好だ。


「おはよう……眠れたか?」


 こちらの声にルルーナが反応する。


「それはもう、ぐっすり」

「訓練をもうやらなくても良いからか?」


 問い掛けられたが、沈黙。すると彼女は小さく笑う。


「まあいい……以前話し合った通り、私達はこれから行動を開始する。そして、貴殿には――」


 言葉と同時に彼女は優しく微笑んだ。


「――ライラのこと、頼む」

「……はい」


 しかと頷く。

 これが一番大きなことなのだが……ライラが俺達の旅に同行することになった。目的はベルファトラスへ赴き訓練を重ねるため。ルルーナ達は目を向けることができなくなるため、今回の措置と相成った。


「私達はこれから国と協議した相手に剣を教えることになる。コレイズも隊をまとめる必要があるため余裕はない……ライラはそれほどかからず壁を超えることができはずだから、そのまま放置したくない」

「俺もそう思います」

「というわけで、ベルファトラスまで頼むぞ。既に砦の入口で待っているはずだ。頑張ってくれ」

「はい」


 返事をして、俺は頭を下げた。そして二人と目を合わせ、


「それでは、これで」

「ああ……近いうちに会うかもしれないが、その時はよろしく」

「はい」

「頑張ってくれ」


 最後にカインの声。俺はそれに頷いて応じると、部屋を退出した。


「さて、行くか」


 閉めた後、外へ向けて歩き出す。途中、訓練を行う人の声が聞こえる。兵士に紛れて戦士も訓練しているはずだが……直に戦士団もこの砦を離れるだろう。

 そこでふと、今後の戦いについて考える。ルルーナ達の参戦は非常にありがたく思う。けど敵もまた戦力を増やし、事態は混迷の一途を辿っている。


 だからこそフロディアを始め英雄や戦士が動く。対する俺はもっと訓練をしなければならない……歯がゆい気持ちを抱きながら、冷静になるよう努める。色々と胸につっかえるものはあるが、今はただ前を向いて進むしかない。


 やがて、外へと出る。そこでライラが入口付近にいるのを発見した。

 そちらに目を送りながら近づいていく。すると足音に気付いたのかライラは首を向け、


「……おはよう」


 ひどく憂鬱な声を上げた。途端に俺は苦笑する。旅に同行することが決まってから、万事この調子だ。


「いや、大丈夫だって」

「保証できないじゃん……」


 砕けた口調でライラは零す。この十日間共に訓練を受けたことで、フランクに話せるくらいにはなった――地獄に等しい訓練を一緒に受けたことで仲間意識が生まれたわけだ。


「やだよ、私」

「いやいや。単に旅に同行するだけじゃないか」


 言ってみたが、表情は変わらない。そればかりか、ちょっとだけ肩を震わせている。


 ――こんな風になったのは、全てフィクハが仲間にいるためだ。トラウマが見事に掘り起こされてしまったらしく、怯えきっている。

 一応ルルーナにその辺の事情を話したのだが……私情を持ちこむような余裕はないと一蹴だった。当然と言えるが。


「ひとまず俺が全力でフォローするから。信用してくれ」


 そう言ってなだめる俺。対するライラはなおも難しい顔をして俺を見る……が、決定に逆らえないとでも思ったのか、小さく頷いた。


「わかった……お願い」

「よし、では行こう」


 というわけで移動開始。目的地はベルファトラスへ続く街道にある宿場町。予定としては、徒歩で二日程の距離だ。


 俺とライラは並んで歩き始める。いつもならリミナが突き従っていたのだが、今回は違う。なんとなく不思議な感じがしつつ、俺は彼女と共に砦から続く街道を進んだ。

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