これからの事
戦いの後、俺達は騎士団が駐屯する砦へと向かった。
道すがら報告を聞いたところによると、双方の騎士団で死者が二十人前後。負傷者も同数程度という結果であり、ルルーナ達から言わせれば相当の被害だった――それが知れ渡ると、戦士団は悲哀の空気に包まれ……やがて砦に入り一泊した。
そして翌日。俺は朝食をとった後ルルーナ達へ呼ばれ、会議室を訪れた。ちなみに服は今から洗うとのことで、今日は兵士が着るような灰色の簡素な物。
「待っていた」
正方形の無骨な部屋の中。中央の四角いテーブルを挟んで扉と向かい合うルルーナがこちらを見て口を開く。
そして俺から見て右側に杖を持たないフロディア。左にカインが立っている。それを確認した後扉を閉め、ルルーナと向かい合うように立った。
ルルーナとカインもまた俺と同じような格好。身長的な意味でルルーナの服なんかよくあったなと思う。
「貴殿にも関わる件だ。よく聞いて欲しい」
ルルーナが前置きをする。こちらは小さく頷き、彼女の言葉を待つ構えをとる。
「まず、私達の方針について。怪我人などは無理をお願いして国に任せた。それと引き換えに、私達もまたシュウを追うこととなった」
「引き換えに、ですか?」
「その辺りはフロディアが上手く交渉してくれたよ。権威的なダメージがゼロというわけではないが、被害は少なかった」
どうやら現在の立場は確保されたようだ……戦士団からすれば、不幸中の幸いか。
「そして、本題はここからだ。私達もまたシュウを追うと言ったが、その中で戦士団は先頭切って戦うことになるだろう」
そう来たか。だとすると、彼らはこれから大変かもしれない。
「戦う上で一番重要なのは、壁を超える技術を所持する人間の確保だ。敵に英雄シュウがいて、なおかつ悪魔の力を応用し壁を超える技術を戦士に与えている……この事実は非常に重い。だからこちらも対抗できる人数を増やさなければならない」
「そうはいっても、すぐに習得できるものではないんでしょう?」
「だから、私達がフォローする」
ルルーナは述べると左右を見回した。するとカインとフロディアが同時に頷く。つまり、この三人で壁を超える技術を戦士達に教えるというわけか。
「正直、先陣に立って戦うといっても戦士のほとんどはあまり戦力にならない……それは昨日の戦いを振り返れば明瞭。だから技量に優れた者を見つけ、教え込んでいくべきという結論になった」
「ただし、大々的に教えることはしない」
ルルーナに続きフロディアが言う。
「現在、公表している事実と真実は食い違っている……例え壁を超える可能性があっても、シュウを支持している人間なら敵になる可能性がある。よって大丈夫な人を探さなければいけないわけで、見つけるためには探す人数を多くするべき。というわけで、私達三人が協力して動く」
「そう、ですか……あ、それなら最初から事情を知っている人もいますよ。フィベウス王国で共に戦った人達ですけど」
「誰だ?」
カインが問う。俺はそちらに視線を送り、答える。
「闘技大会覇者のセシルと、騎士オルバン。後は、俺と共に旅をしている人も該当するかな」
「両者とも名のある人物だな」
「ただセシルは、既に訓練しようと動いているけど」
「彼の師は、ナーゲンだったな。ならば大丈夫だろう」
今度はルルーナが口を開く。
「選定については、国と協議の必要もあるから後にしよう……ともかく、私とカインは色々と動くことになった。戦士団は当面副団長達が取りまとめることになる」
「大丈夫なんですか?」
「私も不安はあるが、状況が状況だからな……どうにかしていくしかない。まあ、なんとかなる」
――酒場で絡まれた経験から、不安が胸に広がる。けどまあ、信用するしかないか。
「その辺りは貴殿が心配しなくてもいい……で、次だ」
「まだ何か?」
「カインから聞いた。近いうちにまた戦うことになると、君の友人が言っていたそうだな?」
そこか……俺は小さく頷いた。
「はい。その辺りの詳細とかは……」
「私達には何の情報も入っていない。けれどその予言に従い戦闘準備だけは整えておくことに決めた」
「わかりました」
もし戦闘を行う場合、ルルーナ達がいてくれれば非常に心強い。
「具体的なことはわからない以上、国を跨ぐ場合もある。そうなる時、自由に動ける戦士団の真価が発揮される」
「……結構、大変ですね」
「仕方ないさ」
と、次にフロディアが肩をすくめた。
「それで、君に訊きたいことがある。こちらとしては敵の情報が圧倒的に少ない。さらに英雄シュウを筆頭に強力な人物もいる……君は彼らに詳しそうだから、事情を教えて欲しんだ」
「はい」
「できれば友人に関する詳細を知りたいな」
そこでルルーナが要望……そういえば、この人達に記憶喪失云々のことは話していなかったな。
「持っている情報はお話します……が、一点だけ注意が」
そう言うと、俺は記憶喪失に関する説明を行う。
「――なので、ラキに関しての情報は俺が知りたいくらいなんです。わかっているのは俺と同じように英雄アレスを師に持っていることくらい」
「そうか……なら、貴殿には記憶を思い出してもらって調査して欲しいな。無論、訓練が完了次第になるが」
ルルーナが提言。俺もそこは知りたいと思っているので、深く頷いた。
「とはいえ、情報源もないので……」
「手配書を見せて聞き込みするくらいしかないだろうが、それでもかなりの時間を取られるな……後回しでも構わないだろう」
「今は強くなる方を優先としよう」
最後にフロディアが締め……俺は「はい」と返事をして、
「では、これまでの経緯をお話します」
話を始めた。エンスの件について話そうか一瞬迷ったが……この三人なら大丈夫だろうと思い、伝えた。
そこからシュウの助手であるミーシャについても話す。俺がわかるのはこのくらいだ。
「……と、こんなところですけど」
「わかった。この調子でいくとシュウの助手も壁を超える技術を持っていそうだな」
俺の言葉にルルーナが反応し、視線をカインへ向ける。
「カイン、エンスという人物と戦ったはずだが、感触としてはどうだった?」
「壁を超え、なおかつかなりの実力であったことは間違いない。そして、懸念が一つある」
「それは?」
「エンスやラキからは、悪魔の気配を感じられなかった。表に出ないだけで力を持っているのかもしれないが……もし持っていないのなら、さらに強くなるだろう」
「彼らが悪魔の力を手にすることを危惧しているわけだな?」
ルルーナが確認すると、カインは頷いた。
「わかった……その辺りのことも今後検討だな。フロディア、カイン。他に話したいことはあるか?」
ルルーナが問うと、両者は首を左右に振る。
「よし。では、最後だ……レン殿。訓練に関して一つ」
「あ、はい」
「私やカインが動くとは言っても、今日すぐという話ではない。国側ともう少し協議しなければならないし、怪我人のこともあるため……少なくとも五日くらいは空きがある」
「はい」
「で、その間に貴殿の面倒を見ようということになった」
「……え」
嫌な予感がする。呻くと同時に、ルルーナは笑みを浮かべた。
「いつ動けと言われるかわからない以上、今すぐにでも教え込むべきだという結論に至り、私とカインで徹底的にやろうということになった」
……おいおい、これはかなりヤバいのでは?
「無論、貴殿だけではない。ライラも魔法により完治しているし、訓練を受けさせることに決めている。というわけで――」
と、ルルーナは一拍置いて告げた。
「今から、ビシバシいくからな」
「……はい」
何もしていないのに疲労感を覚える……俺はこれから始まるであろう訓練を想像しつつ、ちょっとだけ憂鬱に返事をした。