雨上がりの終結
「……動けるか?」
ラキが去った後、俺に向き直ってカインが問う。こちらはどうにか動こうとするが……思うようにできない。
「わかった。無理はしなくていい。どちらにせよ、後は悪魔の殲滅だけだろう。レンはしばし休憩してもらい――」
そう言った時、視界の端に光が見えた。見ると、上空の悪魔へ無数の矢が突き刺さっている光景が。
「ルルーナだな。こちらに来たようだ」
カインは断定すると共に、静かに息をつき――ふいに、戦士が四人近寄ってきた。
「団長!」
どうやらカイン側の戦士らしい。事の推移を見守っていると、彼らは俺を一瞥した後カインへ問う。
「大丈夫ですか?」
「ああ……被害はどうだ?」
「今まとめている最中ですが……」
戦士の一人が難しい顔をする。人数の多寡はわからないが、被害が出たのは間違いなさそうだ。
カインもそれは理解したのか僅かに目を落とし――それから、空を見上げた。
「思ったよりも早く雨が上がったのは幸いだな……よし、怪我人をまとめ、救援が駆けつけた時すぐ対応できるよう準備をしろ。それと、二人ここに残り彼の護衛を」
「はっ!」
戦士達は一礼すると、素早く行動に移す。その中で、俺は一点だけカインに尋ねた。
「……救援?」
「そうだ。最初の襲撃直後、観戦に来た騎士を逃がし救援を呼ぶよう依頼しておいたそれほど遠くないため、直に来るだろう」
「騎士に、ですか」
「雨が降る上、空を飛ぶ相手だ。苦戦するのは免れないと思い、援護を頼んだわけだ」
――戦士団が騎士に救援というのは、傍から見て良いことのようには思えない。場合によっては権威が失墜するのでは。
「死者を生み出す可能性を考えれば、背に腹は代えられない……しかし、交戦より犠牲者は出てしまった」
辛そうな表情を見せるカイン。けれど瞳だけは、静かに怒りを発しているように見えた。
「……まあいい。ともかく戦いは終盤だ。レンは休んでいてくれ」
気を取り直してカインは述べ俺に背を向けた。
戦士二人が傍らにやって来て、護るように立つ。そこで、俺は体の力を抜いた。すると尻もちをつき座りこむ。同時にずぶ濡れになった衣服が肌に張り付いているのを自覚し、嫌な感触を覚えた。
それを紛らわすように、ふと空を見上げる。飛んでいる悪魔はいよいよ数を少なくし、さらに周囲から断末魔も聞こえ始める。ラキやエンスが退却したため統制がとれなくなったのか、それとも魔法を発動させたロノがいなくなったため、増えなくなったのか――
考えつつ、俺は座ったまま大きく深呼吸をした。そして少しでも早く回復できるよう、体を落ち着かせるよう努めた。
ラキが退却した後一時間程で悪魔がいなくなった。俺はその間にどうにか歩けるくらいにはなり、ルルーナと会うべく戦場を歩く。
既に救援の騎士団は到着し、怪我人を収容し始めている。雨と戦闘により応急処置ができなかった人もいたらしく、既に駄目という人も……半ば無意識の内に、唇を噛み締める。
そんな中、俺はルルーナを見つけた。彼女は数人の戦士に指示を送り、彼らが去った後俺に気付き声を掛けた。
「レン殿、無事だったか」
「一撃もらったせいで体がまともに動かないですけどね……とりあえず、傷とかはありません」
「それは何より。しかし、ひどい姿だな」
ずぶ濡れの俺を見てルルーナは評する。とはいえ、彼女も似たようなもの。髪が肌に張り付き、泥が鎧の至る所についている。
「この場にいる誰もが人のこといえませんけど」
「確かに、そうだな……やれやれ、鎧のメンテをするのが面倒だ」
愚痴のように零すルルーナに、俺は苦笑。その後、話題を変える。
「それで、ライラは? 怪我したと聞いたんですけど……」
「足と腕を少しだけだ。命に別状は無い」
良かった……安堵していると、今度はルルーナが口を開いた。
「すまないな。巻き込んでしまって」
「いえ、これは俺に関わる件ですし」
「そうか」
彼女は短く答えると、視線を泳がせ……そこで、気付いた。
「腕輪はどうした?」
「破壊されました。銀の獅子団にいた……マティアスという人に」
「彼も裏切り者だったのか……勝てたのか? 報告によると、裏切り者は壁を超えた力を持っていたようだが」
「はい。記憶させた感触を思い出しながらなんとか」
答えると、ルルーナは興味深そうに俺を見る。
「感覚だけで力を引き出したのか……? ふむ、技術習得も終わりに近かったのかもしれないな」
「終わりに……?」
「ああ。壁を超える技術というのは、実の所シュウが編み出した技術を模倣することだ。その訓練が貴殿の中でかなり済んでいたんだろう」
「模倣?」
聞き返すと、ルルーナは「然り」と言って頷いた。
「シュウが魔王との戦いの時、魔族に対抗するべく生み出したのが壁を超える技術……より具体的に言えば、意識的に魔力の質をシュウの解析した通りに変化させるというものだ。体の内に眠る魔力の質そのものを変える、などという所業は適当にやっていてはいくら時間があっても無理だ。だから貴殿にやり方を覚え込ませ、それを意識的に引き出せるよう訓練させていくつもりだったのだが……」
そこまで語ると、彼女は俺を上から下へと見る。
「貴殿の場合、そうした基礎がしっかりと成されていたため、今回の戦いをきっかけに使えたということだろうな。フロディアの書状には貴殿が英雄アレスの弟子であることが書いてあったし、不思議でないと言うこともできるか」
そう語ると、ルルーナは微笑んだ。
「ともあれ感覚的に掴んだのであれば、忘れるようなことはほとんどない。順序が逆になってしまったが、ここからはひたすら通常の剣技の習得に励むべきだな」
「……そうですか」
激痛の日々が始めるようだ――ちょっとばかり憂鬱になると、態度で気付いたらしくルルーナは笑った。
「多少慣れただろうし、それほど痛みもないだろう」
「でも、多少はあるんですね……」
そんな風に零した時、ルルーナの近くに戦士が駆け寄ってきた。
「団長、お会いしたいという方が」
「会いたい? 騎士か?」
「それが……」
言葉を濁す戦士。その時、横手から歩み寄る人影に気付いた。最初杖を肩で担いでいるのが目に入り、さらにその人物だけは一切濡れていないのがわかった。雨が上がった後訪れたのは明白で――
「フロディアさん!?」
驚き、声を上げた。そう、村で別れたはずのフロディアだった。
「どうしたんですか?」
「君の様子を見に来てみたんだが……予想外の状況に戸惑っているよ」
フロディアは周囲を目を向け、やや険しい顔をしながら俺に答える。
「すまない、ルルーナ。近くの町まで来て雨宿りをしていたため、気付くことができなかった」
「こんな事態になっているなどわかるはずもないからな。致し方ない話だろう」
ルルーナは肩をすくめて応じると、彼に提案を行う。
「しかし、丁度よかった。これからどうするかを色々検討しようとしていたところだ。フロディア、大変申し訳ないが、救援に来た騎士団と私達の仲介をしてもらえないだろうか?」
「何をするんだい?」
「怪我人をお願いする事と、今後に関する話し合いだ」
「ふむ……わかった。いいだろう」
「感謝する」
彼女は頭を下げ、続いて俺に視線を向けた。
「レン殿もおそらく関わることになるだろうから、話は聞いて欲しい……が、さすがにこの状況ではまずいな。ある程度結論が出次第、話に参加してもらおう」
「わかりました」
俺は小さく頭を下げる。それと同時に、疲労感を抱く。
時刻はおそらく昼前くらい。けれど、体は一昼夜戦ったように重くなっていた――