大切な物
ラキの突撃を俺は剣で受け流し避ける。速度はそれほど変わっていない……が、一撃が先ほど以上に重く、力を少しでも抜けば吹き飛ばされそうな勢いがあった。
「右手の甲を怪我したから、少しやりにくいな」
ラキは呟いたが、俺にはそう感じられなかった。
なおも彼の攻勢は続く。今度は反撃する暇がなかった。
「くっ!」
小さく呻きながら、俺は必死に剣を叩き落とす。出力――彼は魔力量をある程度セーブして戦っていたのだと悟る。壁を超えたといってもラキのいる地点はまだ先だと思っていたが……こう見せつけるように力を上げてくるというのは、ずいぶん嫌なやり方だ。
さらに斬撃が降り注ぐ。俺は全能力を傾け防ぐが、いずれ破綻するのはわかっていた。ラキにはまだ余裕がある。対するこっちはギリギリだ。
どうにか突破口はないか……考えた時、彼の剣戟が俺の体を掠めた。衣服は傷一つつかない。効かないのか?
そう僅かに気を逸らせた、刹那――彼の剣が俺の体に吸い込まれるように食い込んだ。
「ぐっ!?」
声を漏らす……が、痛みは皆無に近かった。けれど衝撃が全身を襲い、俺の体は後方へ飛ばされ、バランスを崩す。あやうく倒れそうになるが、どうにか堪えラキの間合いから脱する。
けれど次の瞬間、体から急速に力が抜けた。片膝立ちとなり、さらに倒れそうになったため、剣を杖代わりにして体を支える。
そして、自由に動く首を向けてラキを見た。
「今、のは……」
「僕の中にも、まだ良心があるのかも」
雨の中、ラキの声がひどく明瞭に聞こえた。
「例え戦うことになるとしても……友人の君を殺めるのは、忍びない」
「情けを、かけたつもりか?」
「違うよ。僕のわがままみたいなものさ」
語り、笑うラキ――今まで遭遇してきたものとは異なり、どこか悲しげな雰囲気を帯びている。
「なぜ……? なぜ、そんな顔を――」
「悪いけど、そこは答えられないんだ」
言うと、ラキは口の中で何事か呟く。そして左手で軽く右の甲を撫でた。俺からは上手く見えないが、治癒魔法だろう。
「これでよし」
彼は言った後、背を向けた。
「少しの間動けないだろうから、そこで戦士団の終焉を眺めているといい」
「ま、待て――」
俺はラキへ追いすがろうと足に力を入れる。しかし、気持ちとは裏腹にビクともしない。
どうにかしなければ。現状ラキを止められる戦士はルルーナやカインくらいだ。二人が交戦中となれば、ラキを阻む者は何もない。
好きにさせるわけにはいかない――俺は断じると共に気を奮い立たせ、獣のような咆哮と共に立ち上がった。
それに気付いたのか、ラキが首だけ振り向く。大粒の雨の中でその瞳がしっかりと俺を射抜き……けれど、踵を返し歩き去ろうとした。
俺は声を上げようとした……直前、横を黒い影が通り過ぎた。何事か――考えた時、その影がラキへ迫る。
彼もまた黒い影に気付いたか、振り向き握った剣をかざす。
結果、甲高い金属音が生じた。
「……おや、戦っていたはずだけど」
ラキの声が僅かに聞こえた。その人物は――カインだった。
エンスはどうしたのかと考えていると、ラキが押し返す。カインは後方に跳び、俺の真正面まで後退した。
「私と相対していた……エンスという人物は引き上げた。多少傷を負わせたからな」
勝ったということか。内心安堵していると、ラキの嘆息する姿が目に入る。
「そっか。さすがにエンスじゃあ荷が重かったのか――」
雷鳴。それと同時にカインが走る。地面の草や土は雨を吸い動きにくいことこの上ないはずだが、彼は影響を一切受けていないような動き。
ラキは迎撃の構え――直後カインの姿が消え、ラキの背後に回った。俺は瞠目し、剣戟が放たれるのを見た。
しかし斬撃にラキはあっさり反応。素早く体を反転させると剣を受け、立ち位置を反転させる。
「さすが、現世代最高クラスの戦士――」
声と共にラキは魔力を放出する。さらに、出力が上がるというのか。
「なるほど、強いな」
カインは淡々と応じると、剣を放つ。今度は背後に回るようなことはせず、正面から打ち合う。
対するラキは迫る剣戟を容易に叩き落とす。そして反撃に転じるとカインもまた同様に弾く。俺はそうした姿を見ながら、カインはルルーナと違い連撃主体の剣技を使う人物であると理解した。
戦いは、俺の目から見て互角。雨の中二人は速度を変えることなく……いや、打ち合うごとにさらに鋭くなり、金属音の響きが増していく。
果たして――突如カインが一歩踏み込んだ。ラキはすぐさま応じるべく右足を前に出した。両者の体が接近し、鍔迫り合いの様相を見せ、
先に動いたのはラキだった。さらに魔力を噴出すると、カインを弾き飛ばすべく振り抜いた。
カインはそれによりあっさりと退き、間合いから外れる。
そこでラキは立ち止まり、疑問を呈した。
「ずいぶんと、猪突猛進な戦い方だね。情報とはずいぶん違う」
「情報が渡っていると知った以上、戦法を変えるのは定石だろう」
「器用な人だね」
端的にラキは感想を述べ、剣を構え直す。
「けれど、戦士ルルーナよりは剣も軽い……手数勝負に持ち込めば勝てると思っている? それとも、何か隠し玉が?」
ラキが茶化すように問う。するとカインは空いているはずの左手を掲げた。
「戦いに集中しすぎたな」
言ったのと同時に俺の視界に入る。彼の左手には、ペンダントが一つ。
「――っ!」
途端に、ラキが呻く。立ち位置が変わり俺に背を向けている状況なので表情まではわからないが、驚愕したことだけは理解できた。
態度から、ラキが所持していた物なのか……もしや、さっきの攻防で抜き取ったのか?
俺はじっとカインの握るペンダントを注視する。わかったのは紫色の宝石がはめこまれていること。何か大切な品なのか、それとも魔石の類なのか。
カインはペンダントを握り動かない。そしてラキは――一呼吸置いた後、悪寒が背中を駆け抜ける程の膨大な魔力を生み出した。
今までとは違う、怒りを大いに含んだ魔力。体が強張り絶句した俺は、立つすくむ中ラキが突撃する様を眺めるしかない。
彼が横に一閃する。その斬撃は凄まじい魔力を備えているのか、剣先に触れた雨が瞬間的に消滅。さらに薙いだことによる剣風が雨を押しのけカインを巻き込もうとする。
瞬間、カインが動いた。突然ペンダントを離したかと思うと消える。俺が瞬きをした時、彼は移動し俺の目の前に出現した。
ペンダントが地面に落ちる。ラキの剣戟は空振り、すぐさまカインへ振り返る。
「それが、全力か」
カインが声を発する。ラキは眉を吊り上げた。
「力の底を把握するために、魔石を奪ったってことかい?」
「懐にしまってある物なら大切だろうと思い、試してみただけだ。まさかこうまで乗ってくれるとは思わなかった」
カインは至極冷淡に述べる。ラキとしてはしてやられたという感じなのか、先ほどとは一転、苦笑し落ちたペンダントを拾い上げた。
「現世代戦士の、したたかな策といったところかな。まあ、僕も熱くなってしまったのは反省すべきだね」
ラキはペンダントを大事そうにしまうと、カインと目を合わせつつ、口を開く。
「……そろそろ、失礼させてもらおうかな。作戦は成功と言い難いけどエンスが逃げたなら直に悪魔もやられるだろう」
「ロノは……どうした?」
俺が問う。それにラキは「逃がしたよ」と答えた。
彼の言葉と同時に――雨足が、緩やかになっていく。気付けば太陽の光が遠くの森を照らし、天候が回復しつつあるのがわかった。
「レン、戦う意思は受け取った。僕もとやかく言うのをやめるよ」
そしてラキは言うと、地面を軽く蹴った。直後足元に魔法陣が出現し、光が彼を包む。
俺は何か声を発しようとしたが、出なかった――その時、
「ああ、一つだけ」
消えていく中、ラキは俺に予言を残した。
「近い内に、また僕らと戦うことになるよ……その時は、よろしく」