全てを一つに
「まず教える技法というのは……一口に言えば、魔王や高位の魔族に対抗するための力だ」
その言葉の瞬間、両脇にいる二人が僅かに声を上げた。驚いているらしい。
「平和な世の中になりつつあるが、魔族が出現しないとも限らないからな……俺としては、この技を使わず一生を終えて欲しいと思っているが」
言って、笑みを見せる。それはどこか悲しげなもので、使った時のことを想定して憂いているように見えた。
まあ、これを使うイコール魔族と戦うということなので、当然とも言えるが。
「その技法の中で……とても重要なことがある。これは問題にしよう。何だと思う?」
「毎日の鍛錬?」
言ったのは俺。するとアレスは小さく頷いたが、
「それはもちろん重要なことだが、もっと本質的なことだ」
「本質、的?」
聞き返し、沈黙する。他の二人は皆目見当がつかないのか、無言を貫く。
結果、アレスは答えを提示した。
「答えは、信じることだ」
発したのは、ずいぶんと抽象的な言葉だった。
「まず、この技は魔力が洗練されていないと使えない……より正確に言えば、効果が発揮されにくい。なぜかというと、魔力を放出する行為は体調や気分によって流れが大きく変わってしまう。そのことが大きく関係している」
解説するとアレスは俺達を一瞥し、続ける。
「戦う時、体調が万全でない時もあるだろう。怪我をしていたり、あるいは怒りといった感情を伴い、力任せに戦う時もあるだろう……けれどこの技を使うには体調や感情に左右されず、学んだように力を発揮しないといけない」
「つまり、冷静になれってこと?」
問うのはラキ。対するアレスは首を左右に振る。
「心を落ち着かせるというのはあくまで手段の一つであり、正解とは少し違うな」
そう述べたアレスは、あごに手をやりさらに話す。
「あって欲しくないが、高位の魔族と戦うことがあるかもしれない。そうした場合どうすべきか……まずは、教えを受けた通りに技法を使えると信じること。そこから始まる。理屈はもちろん存在するが……専門的な話だからな。今は信じるということだけ憶えておけばいい」
「思い込みってこと?」
今度はエルザの問い掛け。同じことを俺も思いつつ言葉を待つ。
「そういう言い方をすると悪く聞こえるかもしれないが……この気持ちの入れかたが、この技法を使う上で一番重要だ。もし技法を学んだ後思うように使えなければ……今私が言ったことを思い出すこと。それができれば、結果は必ずついてくる。そこは私を信用してくれ」
アレスは語ると再度俺達を見回した。そして、念を押すように告げる。
「高位の魔族は本来、手に負える相手ではない。初めて戦うのなら苦戦は免れないだろう……その時、私の言ったことを思い出せ。これまでに学んだ成果を引き出し、自分を信じて相手に一撃を叩き込んでやれ――」
「……う」
――ふいに、目を開ける。どうやらうつ伏せに倒れているらしく、地面が視界に入った。
周囲はややうす暗く、日の出前か日の入り直後くらいにも思え……そこで、意識が覚醒した。
「そうだ……俺は攻撃を受けて……」
上体を起こす。全身から痛みを感じるが、鈍痛だけで出血なんかをしている雰囲気は無い。威力が低かったのか、それとも結界で防いだのかわからないが……とりあえず、動けそうだ。
確認した直後、雷鳴が聞こえた。空は黒い雲に覆われている。直に雨が降り出すのは間違いなさそうだった。
周囲を観察すると、マティアスの攻撃は終わっており、まだ爆煙が収まっていない状況。気絶していたのは長くて数分といったところか。
「……さっきの、夢は」
呟き、思い返す。あの夢は、勇者レンの体に眠っていた記憶なのだろう。正直、ああした夢を見ることができたというのが信じられない。経験は戦いの中で思い出していたが、勇者レンの記憶なんて今まで無かった。
けれどここで一つ蘇った。これは窮地に立たされたからそうなったのか、あるいは誰かからの作為的なものなのか――
「いや、考えるのは後にしよう」
とにかく今は目先のことだけを考えるべき――断じた瞬間、前方の煙が少しずつ晴れてくる。
俺は呼吸を整え、先ほどの記憶を頭の中で反芻する。自分の力を信じること――
まず、腕輪が破壊されてしまったが技法の感覚は多少なりとも残っている。そして英雄アレスから教えを受けた以上、壁を超える技術に関する訓練もある程度は行っているはず。
だから現時点で技も使える……はずだ。俺自身の経験ではないため確証を持てないのだが、演習で経験したことやこの世界で戦ってきたことを思い出し、信じるしかない。
考える間に煙が晴れる。前方からはマティアスが現れ、俺に笑みを浮かべていた。
「食らったみたいだけど、平気な顔をしているね」
「おかげさまで……結局、お前は何がしたかったんだ?」
「場を混乱させろとの指示があってね」
「それに乗じて何やら仕掛けると?」
「さあ?」
肩をすくめるマティアス。命令以外のことは聞いていない様子。
「言っておくけど、僕から情報を引き出そうとしても無駄だよ。あくまで指示を受けているだけだからね」
「お前は首謀者にとって駒に過ぎない、というわけか」
皮肉っぽく告げてみたのだが……マティアスは当然だとばかりに頷いた。
「だろうね」
「……なぜそう思っていながら、彼らに従う?」
「さっきも言ったけど、問答する気はないよ。ただ……付け加えるとしたら、僕の行動理由は力を与えてくれた人に対する恩返しと、命令を巡視し信用を得るためかな」
「従っていて、信用してもらえるなんてわからないぞ」
「させてみせる」
強い口調で、マティアスは言う。なぜそこまで駆り立てるのか――
「さて、そろそろ話はおしまいにしよう……で、僕は信用を得るために実績を残さないといけない。この戦いの場合、君を殺すことが何よりの成果だろうね」
言いながら、剣を構えた。それに俺は応じざるを得ず、剣を彼に向ける。
現状、力が発揮できないなどと言い訳することはできない。先ほどのアレスの言葉を信じ戦う他無い。そしてもし成功しなければ、俺は間違いなく死ぬだろう。
恐怖はある。けど、英雄の言葉を聞いて落ちついたのは確か。
「これで、終わりだよ!」
マティアスは叫び、走る。俺は一度大きく息を吸い、駆けた。
そして刀身に魔力を注ぐ。あの腕輪の感覚を思い起こしながら――自分を信じ魔力を込める。もし迷えば、それだけで魔力が揺らぐと思ったから。
「――おおおっ!」
叫び、一閃する。マティアスも迎え撃つべく右腕を差し向ける。その顔には、酷薄な笑みが張り付いていた。
僕には効かない……そう顔には書いてあった。けれど俺は構わず薙ぐ。ただひたすらに自身に眠る経験を信じるだけ――
刹那、先ほど見た夢の光景を思い出す。英雄アレスにラキと……エルザ。アレスは亡くなり、ラキは敵となった。
その記憶が改めて体中を駆け巡った瞬間、刀身に今までとは異なる力が湧き上がった気がした。勇者レンとしての経験が呼応しているのかもしれない。
同時に、今度は俺自身の記憶が浮かぶ。その中で特にリミナは、俺にラキを止めることができると信じているだろう。
なら、俺自身が自分を信じないで何になるというのか――
直後、右腕に集まる魔力が鳴動した。勇者レンと俺自身……二つの記憶と経験。そして決意が合わさり、一つとなる。
俺の剣とマティアスの右腕が衝突――剣戟が腕を両断し、彼の体に斬撃がしかと刻みこまれた。