裏切者
「縁を切る、などと言ったのに出会うのはなぜだろうね」
ルルーナを無視するように、ラキは俺に言う。表情は笑顔。本陣が燃える中でひどく、不気味だ。
「運命という言葉は正直嫌いなんだけど……まあ、そんなことはどうでもいいか」
「お前が首謀者か?」
ルルーナが問うと、ラキは彼女が向ける剣の切っ先を見ながら答える。
「正確に言うと、計画したのは僕じゃない」
「だが、事の詳細を知っているのだな?」
「ええ、一応」
答えた瞬間、ルルーナが消えた。いや――違う。驚異的な速度で彼に迫った。
「おっ、と……!」
対するラキは反応し、素早く腰に差した剣を抜くと防御した。ルルーナの剣戟は縦に放たれ、真正面からそれを受ける。
彼女が放つ斬撃は、それこそラキを押し潰すような勢いを持っていた。しかし顔をしかめる程の金属音が耳に響いた後に見えたのは、剣を噛み合わせた二人。
「……ほう、貴様」
「どうも」
強い警戒を示すルルーナと、どこか陽気なラキ。正反対と言っていい二人に、俺とライラはただ視線を送るしかない。
「年齢的には、新世代だな?」
「そうだね」
「驚きだな。壁を超えているとは……私は初めて見た」
改めて、ルルーナの口から事実が漏れる。やはり。彼は――
「そういうことか。先ほどの会話といい、お前がレン殿の友人か」
「多少なりとも事情は聞いているようだね」
ラキは余裕の笑みを崩さないまま、剣を押し返す。ルルーナはその反動に任せ大きく後退すると、
「レン殿、ライラ」
俺達の名を呼んだ。
「先ほどの指示通り動いてくれ」
「……団長は?」
「こいつは面倒そうだからな。レン殿には悪いが、私が直々に倒しておく」
「やられるつもりはないよ」
ラキは横槍を入れ、視線をライラへ向ける。
「やれやれ、失敗したみたいだから尻拭いはしなきゃいけないな……レンを巻き込んでしまうのは心苦しいけど、仕方ないよね」
彼の言葉に、今度はライラが眉をひそめた。
「失敗……?」
「ほら、君に襲い掛かって来た人物がいただろう? 彼が君を殺す予定だったんだ」
説明に――ライラの表情が強張る。予測していたが、改めて言われ反応を示した。
「プランとしては君の首を戦士ルルーナの前に出し、動揺したところをとか思っていたんだけど……ま、計画はどうあれ殺すつもりだ」
「ここに来たのは、戦士団を壊滅させるため、というわけか?」
ルルーナが問う。ラキは無邪気に頷き「うん」と答えた。
「計画の障害になるだろうと思ってね。実際、根無し草の君達戦士団は厄介なんだよ。早めに潰しておこうと思った……他にも理由はあるけれど」
「そのために情報を奪い、周到な準備を施して仕掛けたというわけか」
ルルーナが断じた――その時ラキは声を上げ、おかしそうに笑った。
「半分正解で半分外れだね。情報を集めていたのは事実だよ。だから色々と工作して戦士を味方を引き入れた。けれど、今回の奇襲で周到な準備なんてしてないよ」
「何?」
「もしかしてあなたは、悪魔達が大量に出現したことに対し周到、と表現したのかな? それは誤解だよ。もっとシンプルな方法で、この悪魔は召還されている」
……どういうことだ? シンプルな方法?
「あなたが演習の時指示したことを振り返れば、答えは出ると思うけど」
ラキはさらに言う――直後、
「……まさか」
ルルーナが呻く。同時に、ラキは会心の笑みを俺達へ見せた。
「そういうことさ……来なよ!」
彼は後方へ向かって叫ぶと、入口付近から新たな人影が現れた。最初どんな人物かわからなかった……が、
「な――」
ライラが呻く。同時に、俺は顔を確認し絶句する。
先ほどの演習で同行した――魔法使い、ロノだった。
「団長、このような形の挨拶となってしまい、申し訳ありません」
近づいてきたロノは淡々と、定型句の挨拶を行う。
「そして今日をもって退団とさせて頂きます。誠に勝手ですが……」
「なぜ、裏切った?」
ルルーナの返答は直接的なもの。それにロノは表情を変えず、
「彼らがやろうとしていることに、賛同したからです」
「ロクでもない理由だろうな……残念だ」
ルルーナは言うと、ロノへ足を向けようとする。しかしラキが進路を塞ぎ、彼女は動くのをやめる。
「彼を迎えに来た、というのも理由の一つだよ。そして彼が持つ土地に干渉するの魔法を用いて悪魔を生み出し、かく乱するという戦法を取らさせてもらったというわけ」
ラキが解説を行う。対するルルーナはロノへ向かいたいようだが――ラキは牽制的に剣をかざしながら解説を続ける。
「後は、彼が土地に魔法を使用する作戦を待った……演習が続けば一度は使用すると思っていたから、分の悪い賭けじゃなかった。実際は最初にそれを実行し、見事奇襲は成功した」
「私達は、お前達の手のひらの上だとでも言いたいのか?」
苛立たしげにルルーナが訊くと、ラキは「まさか」と答え肩をすくめた。
「あなたの妹が健在であることを見れば、完全に策がはまっているとは言い難い……ロノ」
と、ラキは彼に声を掛ける。
「ここからは予定通りにいこう。頼むよ」
「お任せ下さい」
ロノは小さく頭を下げると、踵を返し走り出す。
「逃がすか!」
ルルーナが駆ける。しかし、それをラキが阻む。
「あなたの相手は僕だ」
「ちっ……ライラ、追え!」
「はい!」
ライラはルルーナから名を呼ばれ、走る。合わせて俺もまた走る。悔しいが、ここはルルーナに任せるしかない。
一気にラキの横を通り過ぎる。一瞬攻撃が来るかもと警戒したのだが、ルルーナと剣を打ちあい始めたため、来なかった。
「残念だけど、彼を追うことはできないよ」
けれど声だけは飛んできた。その瞬間、入口周辺の地面が発光する。
「何……!?」
ライラは驚き立ち止まる。俺もブレーキをかけ何事かと注視すると、光が形を成し、先ほどの悪魔が生まれた。しかも数が多い。入口を塞ぐように、十を余裕で超える数が眼前に現れる。
「と、いうわけさ。この辺り一帯の土地の魔力は彼が掌握している。悪魔を生むことも容易い」
後方からラキの解説――構わず突っ切ろうとしたのだが、
「いいの? 出てしまって?」
さらにラキからの声――ふいに、直感めいたものが頭をよぎる。
反射的に後方へ視線を送る。そこには剣を交えるルルーナとラキ。そして本陣奥や横に、悪魔が。どうやら先ほどの光により、本陣全体に悪魔が出現してしまったらしい。
「そういうわけさ。ロノの作り出した悪魔は戦士ルルーナにとっては驚異的じゃない。けれど一斉に襲い掛かれば、隙を作ることはできる」
「――舐められたものだな!」
ルルーナは叫ぶと同時に大振りの一撃をラキへ加えた。もし俺が受けたなら全力で相対しても吹き飛んでいただろう……そんな風に感じた剣戟は、ラキの剣と衝突して、止まる。
「舐めてはいないさ。あなたの力量を見て言っているだけだ」
ラキはすぐさま押し返す。そして、俺が知覚できない速度の剣を、ルルーナへ放った。
次の瞬間彼女が大きく吹き飛ぶ。バランスを崩したりはしなかったが、あの一が……インパクトは十分だった。
「――お姉ちゃん!」
たまらずライラが地声で叫ぶ。ルルーナはやや難しい顔をして、ラキ越しに俺達を一瞥。
「考えているようだね。でも、あなたの相手は僕だ」
ラキの宣告。俺はどうすれば――逡巡し始めた時、
「……これしかないか」
ルルーナから声が聞こえた。
「ライラ、お前はここに残って悪魔を倒せ。そしてレン殿は――」
ラキが今度は攻勢に出る。同時に悪魔が咆哮を上げる。
「――ロノを追え。頼んだぞ!」
しかし、ルルーナの指示だけは明確に聞き取ることができた。