戦士の攻防
木製の柵が炎により軋んだ音を立てる中、周囲にいる悪魔が咆哮を上げる。
「想像以上にまずい状況だな……」
ライラは目前の状況を見て呟く。俺も内心賛同しつつ、彼女へ提案を行う。
「ひとまず、周囲の悪魔を倒そう」
「そうだな」
――彼女が応じた直後、悪魔達が襲い掛かってきた。即座に迎撃を開始する。
迫る悪魔に対し、魔力を剣に込め薙ぎ払う。先ほどと同様あっさりと両断でき、苦もなく倒せる。
烏合の衆……とはいえ空にいる悪魔の数を考えれば楽観できない。中には強力なものもいるかもしれない。
考えている間に、さらに悪魔が来る。見た目も変わらず、先ほどと同様に一撃で倒せるはず……俺は一気に倒すべく足を前に出そうとした。
けれど次の瞬間、悪魔が右手をかざす。その指に爪が無かった。今までと違う――
思った直後、悪魔の手のひらから魔力が生じる。
「――っ!?」
驚くと同時に魔力が収束。それが火球となり、撃ち出されようとする。
けれどほんの少しだけ間があり――俺は退くか攻撃するかを判断し、剣を振った。
腕狙いの横薙ぎ。結果、火球が放たれる前に右手を斬ることに成功。悪魔は断末魔を上げ、
刹那、放出寸前だった火球が爆発した。
「ぐっ!」
前方に粉塵が生じ、さらに熱波を感じたまらず後退。
「レン殿!」
後方からライラの声が聞こえるが……俺は無視し粉塵が舞う場所を注視。倒したと思うが、煙の中から別の悪魔が来てもおかしくない。
ひとます、呼吸を落ち着かせる。爆発した時びっくりしてしまい鼓動が大きく跳ねた。
「魔法を使う悪魔か……」
今回悪魔を生み出した人物は、攻撃方法が異なる存在を作ることができるらしい。けれど爪があるのとないのとで見分けはつく。ここから先は相手の手を見て判断しよう。
「大丈夫か?」
ライラが近寄り来て尋ねる。俺は小さく頷きつつ、煙が晴れつつある前方を観察。
火球を放った悪魔の姿は当然ながら消えていた。さらに他の悪魔達も姿を消している。ある程度倒したことに加え、残りは移動したようだ。
反対側も確認。ライラが倒したか移動したかでいない。
どうにか追い払った……思った直後、本陣方向でザアッ――という雨音みたいなものが聞こえた。目を向けると柵の上から光が漏れ、それらが矢のようになると上空の悪魔へ襲い掛かる光景。
「団長の技だな」
ライラが言った後――光が悪魔を貫き、大半が消滅。打ち漏らしたのは数体だけで、それらは獲物を見つけたか本陣内へ飛来していく。
「団長が中で戦っているようだな……このまま本陣へ入るぞ」
ライラはさらに言うと、おもむろに燃え上がる木の柵へ足を向ける。
「ライラ? 入口に行かないのか?」
「火で柵がもろくなっている。剣で破壊すれば突破できるだろう」
何て無茶な……まあ、遠回りするよりはその方がよさそうだが。
「私が斬り払って中に入るぞ――」
彼女が告げたと同時に、とうとう柵が限界に達したか一本地面に倒れる。その奥で、中の様子が僅かに見えた。位置からしてルルーナが使用していたテントがあるはずなのだが、破壊されたらしく潰れていた。
「行くぞ!」
ライラは叫ぶと、走る。俺は無言で後を追い、彼女は柵へ向かって一閃する。
剣戟が直撃すると、柵の下部が破砕される。それにより上部も吹き飛び、本陣へ落下。俺達は隙間を縫って中に入り込んだ。
正面には潰れたテント。他のテントも破壊されているか燃えているかのどちらかで、無事な物はない。
そして真正面――距離はあったが、入口近くでルルーナが悪魔に対し斬撃を繰り出している姿が見えた。
「団長!」
ライラは叫び、テントを避けるように走り始める。俺も彼女に従い燃え上がる本陣の中を駆けた。
視界の先でルルーナが悪魔を両断。周囲には三体の悪魔がいたのだが、攻撃が放たれる前に全て迎撃。当然ながら、敵ではないようだ。
「……ん?」
悪魔がいなくなり、彼女は足音に気付いたようで振り返った。
「レン殿とライラか……裏手を破壊してやってきたのか。他の者達は?」
「一人が負傷し、二人が付き添いです」
「そうか。どちらにせよ入口には大量の悪魔がいたため入れなかったはずだ。今頃他の戦士達と共に移動しているところだろう」
「移動、ですか?」
ライラが聞き返す。ルルーナは深く頷き、
「コレイズに厳命し、状況を見て銀の獅子団と合流するよう言い渡してある」
「とすると、本陣は……」
「捨てる。この調子だとカインもやられているだろうから、向こうの本陣に行っても結果は同じだろうが……まあ、草原を移動途中で合流というのが関の山だろう。合流した後は、協力して反撃に転じるよう言ってある」
語るとルルーナは肩を軽く回す。
「最初の攻撃で被害も出た……犯人を見つけ出して叩き潰す」
声音の端々に怒りが混じる。そこで俺はナックのことについて口を開く。
「ルルーナさん。一つお伝えしたいことが」
「何だ?」
――ものの数分で簡潔に説明を行う。途端、ルルーナの顔は一気に険しくなった。
「なるほど……先手を取られたということか」
「先手?」
「敵は私達の動きを察知し、先に仕掛けたのかもしれん。これほどの悪魔を生み出すにはそれなりに準備もいるはずだが……ともあれ、寸前に気付いていたにも関わらず奇襲を受けたことは、私の失態だ。悔やんでも悔やみきれん」
本陣に戻り上空を見上げていたのは悪魔が潜んでいたためか……おそらく空の色に溶け込む魔法でも使って姿を隠していたのだろう。
「しかし、一体誰が……」
今度はライラが意見。それにルルーナは肩をすくめる。
「断定的なことは言えないが、私の目を騙す擬態魔法を使用できる相手だ。かなりの強敵だろう。ちなみにレン殿、そちらはなぜ理解できたのだ?」
「その理由は……わかりません」
首を左右に振ると、ルルーナは「わかった」と応じた。
「その辺りの話は後にしよう。今は戦士達と合流し、少しでも早く敵を撃滅する」
「態勢を整えるのは難しそうですが……混乱しているのは間違いないでしょうし」
「しかし、あまり時間を掛けられない」
対するルルーナはそう返答し、前方の上空を指差した。釣られて前を見ると、
「雨雲?」
思わず呟いた。距離はあったが、重く黒い雲が存在していた。朝は無かったはずだが、近づいているのだろうか。
「こちらに向かって来ているのは間違いない。今の季節この地方では、短時間に大雨が降ったりする……あの雲がそうだろう。怪我人の中にはひどい者もいたからな。治療のため最低限、雨を防げる場所は確保しなければならない」
彼女は述べると、俺とライラを交互に見る。
「それにはまず、安全を確保する必要がある。本陣を狙い魔法を叩き込むような相手だ。怪我人がいるとわかれば間違いなく狙うだろう。空を飛んでいる以上、私でもカバーしきれない……だからせん滅する必要がある」
「わかりました。では団長、私達はどうすれば?」
「そうだな……私は一人でも十分だから、まずはコレイズ達と合流してくれ。指示はあいつから受ければ――」
突然ルルーナは言葉を止める。ライラが聞き返そうとした時、俺は本陣入口に人影を認めた。
「悪魔かと思ったが、違うな」
警戒を込め、ルルーナは剣を構える。俺もそちらに注視し、相手を確認。それは――
「おや、また会ったね」
こちらを見て、相手は言う――声を聞くまでもなく、一目見て誰なのかわかった。
現れた人物は、黒装束姿のラキだった。