戦士の計略
ナックを見た時、俺は彼こそ派遣された戦士なのではと、最初考えた。先ほどルルーナは内情を探るために連絡係の戦士に調査させていたと言っていた。だから、カインも調査のため彼を送ったと思ったわけだ。
「それでは、報告を頼んだ」
けれどライラが言った時、疑問が頭に浮かんだ。
調査し、報告をする人物というのは、多少なりとも信頼における人物のはずだ。例えばルルーナの場合はコレイズなんかが該当するだろうか……カインにとってそれが誰なのかわからないが、あのナックという戦士がそうだというのは、おかしい気がする。
そもそも、彼はフィクハに干渉したせいで問題を起こし処罰を受けているはずだ。彼がカインにとって信頼に置ける人物だとしても、処罰をした人間を派遣するだろうか?
考える間にライラ達は移動を再開する。見ると、ナックと他の戦士達は談笑していた。結構親しげな様子。
疑問を、どうすればいいのか――考えつつ、このままにしておくのもどうかと思ったため、声を上げた。
「あ、ライラ」
「……ん?」
歩き去ろうとした彼女は、こちらの声に振り向く。
「どうした?」
「えっと……少しばかり時間をくれないか? 演習のことで話が」
適当に言ってみると、ライラは「わかった」とあっさり承諾。そして戦士達へ首を向け、
「先に行っていてくれ」
指示を出すと戦士達は応じ、ゆっくりとした足取りで進み始めた。
「で、話とは?」
ライラは俺と向かい合い問う。対するこちらは頭の中を整理し、まずは無難な質問から入る。
「次の演習の内容は? 実は聞いていないんだ」
「同じ状況のものをもう一度やる。とはいえ布陣は変えてくるだろうから、先ほどの戦法は通用しないだろうな」
「そうなのか……あ、ところで」
と、俺は話の矛先を変える。ちょっと無理矢理過ぎかなと思いつつも、声を出した。
「戦士団って、基本仲いいのか?」
森の中を進む戦士達を見ながら言う。
「ん、そうだな。殺伐としたイメージを持っていたか?」
「ああ、まあね……それに」
そこで、俺はナックのことをどう切り出そうか迷う。調査の件についてはライラが知らない可能性もあるので話せない。となると……俺は再度戦士達へ目を向ける。どう言葉にしようかまとめつつ、彼らの姿に注目した。
移動している四人の内、左端にいるナックだけ角刈り。他はボサボサ頭が二人に髪の先端がずいぶん伸びている人物が一人……よし、これでいこう。
「戦士団と言うと、あの角刈りの人みたいな雰囲気を持っている人ばかりなイメージが――」
「は?」
ライラが聞き返した。それにより、俺も言葉が止まる。
「ど、どうした?」
「角刈りなんていないぞ?」
ライラは戦士達を一瞥しそう告げる。え、ちょっと待ってくれ。俺はすぐさまナックに目を向ける。
「い、いないって? ほら、あの左端の人――」
「ダナクのことか? 毛先が立ってはいるが、角刈りというわけではないだろう」
あっさりと返答され――俺は目を丸くした。
毛先が立っている……さらに名前も違う。そして、ライラが嘘をついているようには見えない。
もしかして、俺と彼女達とでは別人に見えているのか? おそらく魔法だと思うが、なぜか俺には本当の姿が見えている……けれどその点については後回しだ。
魔法を使っているとなると、やはり調査……いや、待て。連絡係という名目で色々と潜入していたはずだ。なのに、あれだけ親しげなのは……変だ。
潜入させている可能性もある以上、迂闊に話せば調査の迷惑になる……けれど、おかしいのではと感じているのも事実。
少し考え……彼女になら話しても口止めできるだろうと思い、話そうと決心する。
「……ふむ」
対するライラは口元に手を当て歩き去ろうとしている戦士達を眺める。何か考えているようだ。
「レン殿、あなたにはダナクが角刈りに見えるのか?」
「……あ、ああ。まあ。で、見覚えがある。カインの戦士団の人……名前はナック」
「そうか」
ライラは口を閉ざし、おもむろに戦士達へ歩き出した。それに俺は無言で追随。
俺達が近づくと、戦士達は振り向き――足を止めた。
「ライラ、どうした?」
「ダナク、一つ思い出した」
戦士の言葉を無視し、ライラはナックへ言う。
「数日前にやって欲しいと頼んだ例の件だが、進捗状況はどうだ?」
その問い掛けに――ナックの目が僅かに泳いだ。
「あ、ああ……あの件か?」
「そうだ」
「悪い、まだ手をつけていないんだ」
「そうか。いつぐらいにできそうだ?」
「いやあ、もう少し待ってもらえないか?」
苦笑しつつ返答するナック。他の戦士達は小突いて「さっさとやれ」とはやし立てる。しかし、
「そうか……」
ライラは呟くと、突如剣を抜き切っ先をナックへ向けた。
「お前は、誰だ?」
「……は? おいライラ。何を――」
「カマをかけさせてもらった。私はダナクに頼みごとなどしていない。しかし話を合わせるようにお前は言い、なおかつ冗談のような雰囲気も無かった」
決然と言った彼女の言葉に――戦士達は沈黙する。
「もう一度問おう。お前は、誰だ?」
再度ライラが尋ねる。俺としてはこれが調査と関係しているのかハラハラする感じだったのだが、
「……なぜ、わかった?」
本性を現したか、口調を変えナックが言った。
「レン殿が気付いた」
「そうか……理由はわからないが、この魔法が通用しないというわけか」
最早隠す気はないのか、彼は腕を軽く振った。瞬間、ライラを含め戦士達が瞠目し、距離を取る。どうやら魔法を解除したらしい。
「まあ、どちらにせよ直に始まる。ここでバレても状況は変わらん」
「……何?」
ライラはすぐさま表情を戻し、相手を睨みつける。
「貴様、何が目的だ?」
「悪いが、俺は情報持ってないぜ。ただ擬態の魔法を掛けられてダナクという人間のフリをしろと言われただけなんでね」
笑みを伴いながら話すナック。その雰囲気は、酒場で遭遇したものとは違う……俺達の首筋に食らいついてやろうかという、強い殺気を生み出している。
「……本人はどうした。それと、レン殿から聞いたがお前はカイン殿の戦士団の人間だな? なぜここにいる?」
「ダナク本人については知らんよ。あと、理由は本人に聞け」
ライラの問いに答えると、ナックは剣に手を掛けようとした。
次の瞬間、三人の戦士が剣を抜き放ち、構える。抜こうとすれば斬るという雰囲気であり、ナックは突如両手を上げた。
そこで俺も剣を抜こうとして――訓練用の剣だと気付き、手を止める。
「まあ、今の疑問はすぐにわかることだし、調べる必要もないな」
「だからペラペラと喋るわけか……口ぶりからすると、お前に魔法を掛けた人物はこの演習で何かやるつもりだな」
「そうだな」
ライラの言葉にナックはあっさり同意。さらに余裕の表情を示す。
「で、俺をどうする気だ? 捕まえてボコボコにして、逆さ吊りにでもするか?」
「そうだな……ひとまず、おとなしくなってもらおう」
「そう上手く、いくかな?」
口の端を吊り上げ、ナックは笑う。ひどく不気味だと思った、瞬間――ライラが剣を放った。
ナックはそれを、剣を抜かないまま右腕をかざし防ぐ。ライラは本気。腕が両断されると思った――しかし、
直後ギィン! と、金属音がこだました。衣服の裏に小手でもはめていたのか……そんな風に考えたのは一瞬だった。
「なっ――!?」
ライラは驚く。さらに戦士や、俺も驚く。
彼の腕が、衣服を飲み込んで黒く染まり凝固していた。刹那、俺の頭にイザンのことが思い浮かぶ。これは、まさか。
同時に、遠くから爆発音のようなものが聞こえた。反響してわかりにくかったが――おそらく、本陣からだ。
「来たな――さあ、宴の始まりだ!」
ライラの剣を弾くと同時に、ナックは哄笑し叫ぶ。その顔は、イザンと同様、狂気に満ちていた――