水の番人
「何だ……?」
最初声を出したのはギアだった。
俺は彼に応じようとして――突如、前方の水面が山型にせり上がるのを見て声を失い、水を注視した。
水はどんどんと上方へ膨らみ、なおかつ中心へ集まり始め、天井にも届こうかという高さとなる。それらはやがて渦を巻き始め、形を成す。
「これは……」
呻きつつ警戒を始める。粘土をこねくりまわすような動きを見せた後、生み出されたのは人間の腕――
「勇者様!」
リミナの声が飛んだ――同時に、俺は左へ向かって地を蹴った。直後、巨大な水の腕は俺の立っていた場所に振り下ろされ、手のひらが床に激突。部屋全体を軋ませる轟音と震動が生まれた。
「っ……!?」
もし直撃したら、ペシャンコだっただろう。俺は背中に冷や汗を感じつつ、剣を構え直す。途端、手が熱を帯び剣先に力が集中する。
すると、巨大な水の腕は反応を示した。ゆっくりと床から離れ、まるで俺を見据えるかのように手のひらを向ける。
そこで察した――どうやらこの腕は、魔力に反応して攻撃する特性があるらしい。だから最初俺が剣を握り……力を込め魔力を生み出したため、動き出した。
「侵入者を迎撃するしもべ、ってところか」
ギアの声。見ると、彼は腕を挟んで俺と反対の位置に立っていた。
「魔力を探知して、攻撃する仕組みだ……それと、かなり高性能だ。リミナさんが明かりを生み出した時反応しなかったからな。敵意を向ける魔力かどうかを察知できるらしい」
「……なるほど」
俺は相槌を打ちながら傍らにいるリミナを一瞥する。彼女はじっと杖を構え、腕を注視していた。
視線を戻す。腕は様子を見ているのか、先ほどのような攻撃は仕掛けてこない。回避の際、剣先の魔力を霧散させたため攻撃を取りやめたのだろう。もし魔力を外部に発露すれば、再び襲ってくるはず。
「で、こいつ……どうやって倒す?」
ギアが訊いてくる。俺は腕を見ながら考えていると、彼はなおも続けた。
「魔力に反応する専守防衛のモンスターだが、倒すなら強力な魔法が必要だろう。俺も一応魔法は使えるが、通用するかわからんし怒涛の攻めを受けて死ぬ気がする」
「ずいぶん悲観的だな」
「アシッドスライムくらいなら集団でもどうにかなるが、こんな化け物が相手だとな……」
なんとも弱気。まあ、見た目相当なものだし仕方ないか。
そこで俺は、アドバイスをもらうべくリミナに話を向ける。
「リミナ、あの敵なんだけど、どう倒そうか?」
「……そうですね」
杖をかざしたまま、彼女は応答した。
「大変感じにくいですが、魔力の塊があります……おそらくそこが核なので、破壊すれば活動が停止するはずです。しかし水の中で動いているのか流動的で、捉えにくい」
「わかった。俺はどうすればいい?」
「凍らせてください」
即答だった。
「ある程度の出力を込めれば、確実に水全体を凍らせることができます。その隙に私が魔法で核を仕留めます」
「……その加減を、上手くできる保証ないけど」
「危ないと判断すれば私がフォローに回ります」
彼女がしっかりと答えるう。俺もそこで覚悟を決め、小さく頷いた。
「頼む」
「はい」
リミナの返答を機に、剣先に力を込め――頭上の腕が動き出す。
「来ます!」
同時に、腕が振り下ろされる。リミナは後方に避け、俺は右へ足を動かした。手のひらが触れる直前攻撃範囲を脱し、またも轟音が広間を振動させる。
紙一重――そして、今が好機。
「はあああっ!」
声を上げ、俺は剣を両手で握る。そして氷の力を剣に宿す。
正直、雷の力が出たらどうしようかと思ったが――どうにか成功した。俺は収束した剣を腕へと一閃する。
剣先が水に触れた直後、凍り始めた。腕は剣を回避しようと即座に元の体勢に戻ろうとしたが――その途中で手のひらが凍りつき、さらには水全体を侵食していく。
「リミナ!」
そして叫び振り向く。当の彼女は詠唱を済ませたか、杖を氷漬けのモンスターにかざしていた。
「炎の槍よ! 一切を消せ!」
杖の先に現れたのは、螺旋状に炎を収束させる一本の槍。大人ほどの腕はあろうかという太さを持ったそれが――モンスターへ向け放たれた。
着弾場所は腕の中央付近。槍はモンスターに触れると大した抵抗も無く貫通し、背後に炎を噴き出した。貫いた場所には大穴ができ、やがて氷が砕け始める。
氷の割れる音と共に、腕が崩れていく。そして地面に触れたものが全て、光の塵となって消失していく。
「やったか」
俺は息をついて剣を鞘に収めた。後方を見ると胸を撫で下ろすリミナ。視線を変えると、歩み寄るギアの姿もあった。
「二人にとっては、この程度のモンスターは朝飯前だったみたいだな」
彼はなんだか陽気に告げ、俺に接近すると肩をバンバンと叩く。
「なんだ、記憶がない割にはきちんと動けるじゃないか」
「あ、ああ……まあね」
対する俺は頬をポリポリとかきつつ応答した。
正直、腕からの攻撃を全て避けられたのは幸運だった。特に最後の一撃は危険だった……けれど出会った直後のような動揺も生まれず、対処できた。
というより、なんとなく理解していた。見た目はギリギリだったが、俺には絶対かわせるという自信があった。安全マージンを、かなりとった上での動きだった――
「けど、前みたいには動いていないはず……次の戦闘も気を付けないと」
「殊勝だなぁ」
ギアはなおも告げたが、俺は肩をすくめるに留め、リミナへ言葉を向けた。
「で、リミナ。とりあえずモンスターは倒したけど……」
「はい。先へ進めるようですよ」
彼女が指で示しながら言った。目を向けるとプールだった場所は水が完全に干上がり、先へ続く通路がぽっかりと顔を覗かせていた。しかもその反対側にはご丁寧に段差を下りる階段まである。
「よし、進むか」
俺は決すると歩き始める。先行して階段を下りると、続いてリミナ、ギアと続く。
「後ろは任せとけ」
と、いきなりギアの発言。さてはいきなり強敵が出現したことで、先頭に立つのが嫌になったな……まあ、俺だってそうしていただろう。彼のおかげでここまで来れたわけだし、何も言わないことにしよう。
俺達はリミナの明かりを頼りに通路に入る。中はやはり大人二人が並んで通れる程度の幅と、低い天井。代わり映えの無い地形だが、先ほどのモンスターのことを考えると、ゴールが近いのでは、と思ってしまう。
「……そういえば」
ふと呟く。気になってくるのが、こうした遺跡の終着点……というか、詳しく訊いていなかった。
「ギア、こういう遺跡って一番奥に行けばゴールなのか?」
「ああ。魔族は自室に強力な道具なんかを置いておくことが多いからな。その部屋を見つけることが、攻略班にとってのゴールだな。一番乗りをしたパーティーが宝を手に入れる……それが暗黙のルールだからな」
「なるほど」
そうした場所は、きっと一目見てわかるだろう。俺は多少なりともゴールに近づきつつある状況から、僅かながら興奮を覚えつつ通路を進み続けた。