戦士の力
カインの登場に驚きはしたが……体勢だけはすぐに整え、剣を構える。
相手の容姿は前と同様俺と似たような衣服で、外套はなく金属的な物は身に着けていない。そして右手にだらりとぶら下げる剣が、ひどく威圧感を持っていた。
「ん、腕輪か……ルルーナに稽古をつけてもらっているのか?」
彼はめざとく右手首にある腕輪を見つける。それに対し俺は小さく頷き、
「実は、フロディアさんにルルーナさんとカインへ紹介状を……」
「こちらにも、か」
彼は呟くと一度素振りをした。銀の刀身が太陽光に反射して、まぶしいきらめきが俺の目に入る。
「なるほど、魂胆はわかった。基礎的な部分は私とルルーナ両方から教わり、それぞれの得意分野を融合させる腹か」
彼の中ではフロディアが何をしようとしているのか理解した様子……俺は問おうとしたのだが、
「いいだろう、せっかく出会えたのだから、私もここで協力しよう」
「え? あの――」
何か口を開こうとして――カインが動く。
まばたきをした直後、彼が目の前にいた。ラキと戦った時を彷彿とさせる光景――って、悠長に解説している場合じゃない。
「っ!」
カインの繰り出した斬撃を、どうにか受ける。それほど重くない。速度に一瞬ついていけなかったが、防げた。
そして俺とカインは最接近――そこで、ルルーナの書状を思い出す。
「あ、あの。ルルーナさんから書状を預かっていて」
「ほう、そうか」
反応はそれだけ。今の会話でわかったのが不安に思いつつ、俺は彼を押し返した。
カインはあっさりと後退。ここからどうやって書状を渡すかが問題だ。
「懐か?」
ふいにカインが問う。一瞬何のことかわからなかったが、書状のありかだと悟り小さく頷く。
「そうか……なら」
カインが動く。俺はそれに反応しようと意識を集中させ、
――気付いたら、刃が間近にあった。
「え――」
呻いた直後剣が左肩から縦に一閃される。痛みは無い。けれど衝撃は多少あり数歩後退した。
「入ったが、浅かったな。今の攻撃で倒したことにはならなそうだ」
カインの呟きが聞こえる。俺は反射的に左手を斬られた場所に置く。演習ということで加減はしているようだが……って、あれ? 懐にしまっていたはずの書状の感触が無い。
「受け取ったよ」
端的に言うカイン。もしかして、今の攻防で書状を抜きとったのか?
「さて、それでは改めて始めるとしよう」
呆然とする中で、カインはさらに続ける。俺はそこで我に返りつつ、改めて目の前の戦士が強いことを認識する。
「まず、君は非常に良い反応速度を持っているようだ。私の動きに一瞬遅れているが、それでもある程度ついていける」
「……どうも」
褒められているようだが、先ほどの攻防を経験しているのでまったく嬉しくない。
「そして、敵と相対した場合魔力を集中させ、探知能力をさらに向上させているようだが……まだまだ甘いな」
「……魔力?」
オウム返しに俺は言う。その時、戦士達の動きが活発になる。特に味方側の動きが激しい。どうやら、決めにかかるつもりらしい。
「その反応からすると、無意識の内にやっているようだな。魔力というのは身体強化に使えるが、頭部に力を集中させると反応速度など感覚的な能力が向上する。とはいえ、どういう部位にどう魔力を注ぐかは訓練しないとわからないため、時間を要する」
つまり俺が意識を集中させる行為とは、魔力を頭部に集めることというわけか。なるほど。
「君の場合はそうした一連の動作ができている……ならば、応用にいっても大丈夫だろう」
「応用?」
「現在は腕に力を注いでいるだろう? それを足などに流すことで、速力などを強化できる。さらに、魔力を単に流すだけではなく、溜めに溜めて発動させれば――」
そう言って、彼は俺にもわかるくらいの魔力を、足に込め始めた。突撃するらしい――思いながらさらに意識を集中させ、なおかつ魔力を込める。自覚したことによってさらに感覚が鋭敏化し、これなら先ほどの動きにも対応できそう……そう思ったのだが、
「行くぞ」
カインは低い声音で告げ、足を前に出した。
来る――そう認識し迎え撃とうとしたのだが、
気付けば、やはり眼前に刃があった。
「っ――!」
知覚できた直後、剣戟が体に当たる。そしてこらえる暇もなく後方へすっ飛ばされた。
通用していない――いや、この場合は俺の魔力収束により強化した反応速度を、カインが上回ったというべきか……頭の中でどこか冷静になりながら、俺は背中から地面に倒れ込んだ。
痛みはほとんどない。なので、すぐさま起き上がろうとして……目の前にカインの剣がかざされた。
「こんな風に、驚異的な速度が出せる」
先ほどの発言の続きを、カインは話す。
俺としては、完敗と言う他ない。
「さて、解説はこの辺りで終わりだ。後は自助努力でどうにかしてくれ」
彼が言った――同時に、前方に狼煙が見えた。
「あれ……?」
「ん?」
カインは視線に気付いたか、振り返る。
「ああ、終わったようだな」
「終わった……?」
「ルールを聞いていないのか?」
ルール……とすると、あれが何かの合図なのか。周囲を見回すと、狼煙を見て戦士達が武器を収め始めていた。どうやらあれは戦闘終了の合図らしい。
「最初の戦闘は私達の負けだな。だが、次はこうはいかない」
カインは言うと踵を返す。
「ルルーナに伝えておいてくれ。次の戦いは昼からだと」
「……わかった」
頷きながら答えると、彼は颯爽と陣地へ戻って行った。それを見送り――俺は息をつきながら静かに立ち上がる。
そして剣を鞘に収め、改めて周囲を観察する。
狼煙を見た戦士達は一様に撤収作業に入っている。さらに視線を転じ、今度は味方側へと視線を送る。
そこで、こちらへ歩み寄るライラを見つけた。
「大丈夫か?」
「ああ……カインには見事やられてしまったけど」
「当然だろう」
俺の言葉にライラはあっさりと答える。
「団長と同様、現世代の戦士の中で優れた人物だからな」
「……まだまだ目標は遠そうだな」
嘆息しつつ零した後、俺はライラへ尋ねる。
「で、確認だけどあの狼煙は?」
「本陣に乗り込んだことを証明するものだ。あれを上げた時点で勝利となる」
「全滅とかじゃないのか」
「総力戦なんてやった日には、一日かけても終わらない。特に、団長とカイン殿が」
「……まさしく雌雄を決する戦いになりそうだな」
見てみたい気もするが……近寄りたくない気もする。
「それで、俺はこの後どうすれば? 相手から戦いは昼だと言われているんだけど……」
「それならまず団長へ報告しに行って欲しい。団長は本陣へ帰っている途中だろうし、一度戻ることにしよう」
「わかった……ロノ達は?」
「彼らにも狼煙は見えているはずだから、各々戻るだろう」
「で、ライラも一緒に?」
「ああ。私も作戦の結果を伝えなければならないからな」
ライラは俺に告げると、僅かに笑みを示す。
「レン殿がいて助かった。おそらく、あなたがいなければ作戦は成功しなかっただろう」
「そう……なのか?」
「森の中で戦っていたのは結構な実力者だったからな。非常に危なかった」
「そっか……次の戦いも頑張るよ」
「その調子だ……そういえば、カイン殿と戦ってどうだった?」
「どうだったも何も、手も足も出なかった」
返答しつつ先ほどの戦いを振り返る。全開で戦っていたとしても、あの速度に反応できない以上結果は同じだろう。
「課題は山積みだな……と、話が逸れたな。戻ろう」
「ああ」
俺の言葉にライラは答え、二人並んで歩き始めた。