銀の矢
ライラが戻ってきたのは、それから五分程経過した時。
「逃げられた」
端的に述べられた声は、非常に悔しそうだった。
「おそらく森から出るまでに待ち構えているはずだが……」
「俺達を阻むために?」
問い掛けると、彼女は即座に頷いた。
「倒すのではなく時間稼ぎに回るつもりなのだろう。最悪、多少の犠牲を顧みず強行突破するのも一つだな」
そう断じたライラは、進行方向を指差した。
「では、進むぞ」
「ライラ、頼むぞー」
やられた戦士が呑気に言う。その傍らにはカイン側の戦士が談笑していた。
それを一目見たライラは、小さく息をつき苦言を呈する。
「もう少し緊張感を持て」
「わかっていますよ……けど、演習は始まったばかりですし、ずっと肩緊張させていたら、もたないでしょう?」
「……まったく」
ライラは嘆息したが……それ以上追及はせず、俺達に視線を送る。
「それでは先に進むぞ。ロノ、私の真後ろに」
「あ、はい」
頷いたロノは彼女の後ろに立つ。
「それとレン殿、マティアスを倒してくれて助かった」
「あ、はい。どうも」
「それと、きちんと指示通りやっているようで何より」
と、彼女は含みを持たせた笑みを向ける。あ、やはり指示通り動かないと駄目そうだ。
「演習ですから、従いますよ」
「そうだな……では、行くぞ」
ライラは再度呼び掛け、移動を開始。こちらは残り六人。対する相手は三人。倍の人数である以上、何かしら作戦を立てるはず……俺は気合を入れ直し、最後尾でライラの後に続いた。
変化が起きたのは、移動を開始してから三十分くらいした後。
「来るようだな」
ライラが発言。そこで意識を集中させると――前方から、ほんの少しだが魔力を感じ取ることができた。
「敵はできる限りこちらの戦力を削ごうとするはずだ……ロノの護衛をする二人、絶対に守れ」
その言葉に戦士は頷く。彼女は満足したか一度大きく頷き、
「よし。ではレン殿」
「はい」
「あなたは私に従ってくれ」
「わかりました」
承諾してライラの後ろに立つ。そして、
「敵も戦闘態勢に入ったようだな。さて、どう来るか――」
彼女が発言した直後に、それは起こった。
突如、頭上から魔力を感じ取る。それは、天井が丸ごと落ちてくるような感覚――
「矢の雨だな」
ライラは極めて冷静に呟くと顔を上げる。俺も合わせて首を向けると、
銀色の矢が、俺達に降り注ごうとしていた。
「頭上の攻撃に備えろ!」
ライラの指示が飛んだ。そこへ、
「守れ――!」
ロノの魔法が発動。すると彼と両脇を固めていた戦士達がドーム状の結界に包まれる。しかし俺やライラまで届くことは無い。
つまり、俺を含めた残り三人は自力で回避しなければいけないということだ。
どうするか……一瞬考えたが、体は反射的に右腕に魔力を収束させ、迫りくる矢へ斬撃を放った。
向かってくる一本の矢に剣戟が当たる――直後、矢は俺の魔力に飲み込まれ、さらに間近にあった他の矢も数本消滅し、回避することができた。
視線を転じる。ライラ他、ロノの結界外の戦士もどうにか回避できた様子。
「おそらくまだ来るぞ!」
ライラが叫ぶ。同時に、進行方向から俺達へ矢が飛来する。
「回避!」
ライラは号令を掛けると同時に横に逃れる。合わせて俺や戦士が続き、ロノ達が立つ目の前で地面に着弾した。
これで終わりか――などと思ったが、さらに攻撃は続く。再び矢が正面から来る。今度は複数。パッと見、二、三十本だろうか。
「やけに張り切っているな……!」
ライラは苦笑を伴いつつ迎え撃つ構えを見せる。俺もまた剣に力を込め準備を整える。
そして矢が到来する。数は多いが見切れない程ではなく、飛来する数が少ない場所に移動し、間近にやってきた矢を打ち払い事なきを得る。ライラや他の戦士も同じで、どうにか防ぎきった――
「うおっ――!?」
いや、ライラの傍にいた戦士が驚愕の声を上げた。見ると彼の胸に矢が突き刺さっていた。
大丈夫なのか――そう思ったが彼は苦痛で顔を歪めたりはせず、肩を落としただけだった。
演習用ということで威力はないらしい。俺は安堵しつつ視線を戻す。矢の射出は終わり、静寂が訪れた。
「進むぞ」
ライラが告げる。しかし彼女の横にいた戦士は座り込んだ。
「俺はやられたので、休憩してから後方にいる面々と合流します」
「わかった」
戦士の声と共にライラは俺達を一瞥。状況を確認し、
「レン殿、援護してもらえるか?」
「俺が?」
「ああ。ロノ達は周囲に注意を払いじっくり進んでくれ。アリックの他に戦士もいるからな。警戒は怠るな」
「はい」
ロノが返事をすると、彼女は次に俺に目を向ける。
「走るぞ」
一言。加えて俺が頷くより前に、駆け出した。
それに俺は無言で続く。茂みであるため多少走り辛かったが、転倒するようなことはなかった。
「アリックの魔力量は多少ながら理解している。あれだけ溜め込んだ矢を放出した以上、次が来るまでは時間がある。その間に接近する」
走りながらライラは解説。その中で溜め込む、という点に首を傾げた。
「溜めるって?」
「今レン殿は魔力を流す訓練をしているだろう? その流れを意識的にせき止め、魔力を集中させる。これは、レン殿も魔力を収束させる際いつもやっていることだ」
あ、そうか。刀身に魔力を注ぎ、それを維持する。これが溜めるという行為か。
「先ほどの攻撃は、収束規模を大きくし、一挙に放ったわけだ。当然それだけの魔力を溜めるためには時間も必要であり……見えたぞ!」
説明の途中で彼女が叫ぶ。方角は正面。その木の上に、彼は立っていた。
「思ったよりも早いな――!」
アリックは苛立つように告げると弓を構える。その中、ライラは叫んだ。
「レン殿、私が木を叩き切る! 彼を仕留めてくれ!」
「――わかった!」
指示を受け、右腕に魔力を集める。矢が到来してから連続で使用しているため、右腕全体が痛む。けれど、作戦を成功させるために泣き言は言っていられない。
アリックから矢が来る。それを先行していたライラが弾く。それでも執拗に矢は来るのだが、彼女は全て弾き飛ばし、アリックの立つ木へ到達した。
刹那、ライラは木へ一閃。刃が木に当たると、一気に振り抜く。
結果、紙でも切るように木が両断された。同時に上にいるアリックの舌打ちが聞こえ、隣に木へ飛び移ろうとする。
「させん!」
ライラも走る。その先は、アリックが飛び移ろうとしていた右隣の木。それに接近するとまたも剣を振り、両断した。
「うおっ!」
アリックが叫ぶ。木を移ったはいいが、ライラが両断したことによりバランスを崩した。よって別の木に移るようなこともできず、
彼は地面に降り立つべくジャンプした。同時に俺は着地地点を見計らい走る。
落下途中、最後の抵抗と言わんばかりに彼が俺に向け矢を放つ。けれどこちらは易々と弾き、着地した瞬間剣を彼の首筋にかざした。
「これで、終わりだな」
「……の、ようだな」
アリックは観念したか弓を下ろす。
「ルルーナ殿の妹と勇者を相手にするのは、荷が重かったようだ」
「残りの戦士はどうした?」
「合流しないようロノ達を食い止めるよう指示したんだが……この調子だとやられているだろう。報告の為に戻すべきだったな」
深いため息をつくアリック。森の中の戦いは、俺達の勝利に終わったようだった。