戦士との交戦
後方で戦士達が攻撃を開始する。合わせてロノが詠唱する声も届く。視界に見えていないので不安しかなかったが……俺はライラ達を信用し、眼前に迫るマティアスと戦うことにする。
「そらっ!」
彼の細剣が放たれる。剣の流れはひどく綺麗で、俺は動きを予測しつつ薙ぎ払った。
斬撃を弾いた瞬間、剣がぐにゃりと曲がる。フェンシングのように形を変える性質を持っているようだ。
マティアスは臆することなく俺へ詰め寄る。弾かれた剣を引き戻すと今度は横へ一閃した。
俺はそれを回避。さらに反撃を試み、相手の胴へ向け剣を繰り出した。
彼の握る剣では受け流すことはできないはず……予想通り彼は剣で受けるようなことはせず、茂みにも関わらず素早く後方へ跳び退いた。
「使わないのかい?」
そこへマティアスからの言葉。俺は眉をひそめ、聞き返す。
「何?」
「右手首にある腕輪……魔力の収束方法を記憶させた道具だろう? それは使わないのかい?」
お見通しというわけか……ならば、やるしかないな。
「……わかったよ」
俺は彼の言葉を受け、腕輪に力を収束させる。それにより発生した力により、右腕に痛みが走る。昨日よりはマシだが、やはり痛い……顔に出さないよう気を付けつつ、俺はマティアスへ走る。
彼は迎え撃つ構え。剣で弾けないような状況で、どのように戦うのか――考えつつ、横に薙いだ。
マティアスは俺の剣戟へ視線を移す――同時に、
視界から姿が消えた。
「――っ!?」
何が起こったのか一瞬わからなかった。しかし左方向から殺気を感じ取り、即座に首を向ける。
そこには攻撃しようとするマティアスの姿。俺と目が合うと、彼は多少驚いたのか目を僅かに見開いた。
「反応できるのか――」
感嘆に近い声を出しながら彼は右腕を突き出し刺突。俺は剣で弾くと同時に一歩後退し間合いから脱した。
「やるじゃないか」
マティアスはさらに告げると笑みを浮かべる。俺は相手を見据えつつ、警戒の度合いを強めた。
瞬間的に移動し俺の横から攻撃した……というのはわかる。アークシェイド本部で戦った悪魔と比べれば遅いかもしれないが、追い切れなかったのは事実。もし殺気を感じ取ることができなかったら、危なかっただろう。
「けど、次はそうもいかないよ」
マティアスはさらに告げると、攻勢に出る。そこで俺は意識を集中させ、さらに痛みを堪えつつ迎撃の体勢を取った。
視界から、彼の姿が消える。やはり追い切れない――と同時に、剣戟を向ける僅かな殺気を感じ、右斜め下へ視線を移した。
そこには屈みながらも直線に切り込んでくる彼の姿。
「くっ!」
俺は剣を横に振り払い彼を遠ざけようとする。対するマティアスはこちらが気付いたためか無理をせず、足を止め大きく跳び退いた。
「おっと、対応できたか。時間は掛けられないようだね」
あくまで余裕を伴い彼は呟く。その時、横からズドン、という重い音が聞こえた。
マティアスが視線を移す。そこで仕掛けても良かったのだが、俺もまた目を向けた。両腕を木の上へかざすロノと、枝が折れ落下しつつあるアリックの姿が見えた。
さらに見えたのは、ライラ達が優勢だということ――そこまで確認し再度マティアスを見ると、
彼は既に駆け出していた。
「っ!」
俺は後退。体勢を整えるため彼の間合いから脱しようとした。けれどマティアスは追いすがる。とはいえ先ほどとは異なり消えない。目で追える。
「逃げてばかりじゃ話にならないよ!」
挑発するように言うマティアス。わかっていると心の中で断じつつ呼吸を整え、立ち止まって剣を強く握りしめ、同時に意識を集中。
そこでマティアスが動く……先ほど同じく視界から消える――けれど、意識を大いに集中させた結果、今度は追えた。
次に見えたのは、彼の体が俺から見て右に傾き、沈み込む姿。
そうか、視線の死角に入るように動いていたのか。無論その速さも並ではなく、高い反応速度が無ければ対抗できなかったかもしれない。
けれど今回は応じることができる――断じると同時に剣に力を収束させた。これで二回目だが、早くも腕全体が痺れてきた。乱発や乱用はできなさそうだ。
マティアスは戸惑った瞳を見せる。反応していることに驚いている様子。そして、一度退くかこのまま一気に迫るか迷い――彼は、足を前に出した。決めにかかるつもりらしい。俺は彼に応じるべく、動きを追いながら前に出た。刹那、彼の剣が俺へと近づく。
剣を正面から受け、すぐさま押し返し……マティアスはまたも退こうとした。
今度は俺が攻勢に出る。一歩で間合いを詰めると勢いよく剣を振る。
魔力を収束させた斬撃がマティアスへ迫る。しかし彼は予測の範囲内だったのか表情を変えず回避に転じる。動きは素早く、間合いを詰めているにも関わらず避け切った。
けれどここで決めたいと思った俺は多少無理をして追撃を行う。マティアスはそれに僅かに目を細め、カウンター狙いなのか剣を握り直した。
一歩間違えばこちらが――そう思ったが迷わなかった。剣を横に振り――ついでに剣速も上げた。
マティアスの顔に動揺が走る。よけられない――そういう直感をしたのだと思った。
彼はそれでも回避に転じたが、剣戟の到達が早かった。俺の剣が彼の胴を薙ぎ、吹き飛ぶ。
「っ!?」
それを見て、驚き固まる俺。思った以上に衝撃が大きかったのか……思わず叫びそうになる中、彼は地面に倒れ込んだ。
「――大丈夫か?」
不安になって声を掛ける。そこへ、
「退却!」
アリックの声が響いた。確認すると、戦士二人を連れ森の奥へ逃げる彼の姿が。残り二人は倒したらしく、地面に座り込んでいる。
「追うぞ!」
ライラがすかさず号令を掛け、戦士一人が後に続く。一人は倒れ込んでおり、やられたのだとわかる。
そしてロノだが、無事だ。両脇に控える戦士も無事で、被害としては相手の方が多いようだった。
「……やれやれ、こちらの完敗か」
と、マティアスの声。首を向けると、上体を起こし頭をかく姿があった。
「こっちの被害は僕を含め三人。で、君達は一人か」
言いながらマティアスはゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫か?」
「わざと飛んで威力を殺したからね。ま、その剣だし傷はないよ」
良かった……安堵していると、マティアスがこちらに口を開く。
「しかし、勇者がルルーナ殿を訪れるとは少し驚いたよ」
「とある人の紹介だよ」
「ふうん、そうか。ま、どちらにせよ本人が教えているわけだから……気に入られているのかもしれないね」
……フロディアの紹介状ありだから彼女が教えているのだと思うが、そこを指摘すると話がややこしくなるので黙っておく。
「それじゃあ、僕は負けたし待機だな。負けてしまった以上仕方ないね」
彼はそう呟き、座り込んだ。どうやら戦いが終わるまでとどまるというのがルールらしい。実際、他の戦士も同じように座り込んで休憩している。
「健闘を祈っているよ」
最後にマティアスはそう言った。やけにあっさりとした終わり方……まあ演習途中だし仕方ないか。
俺は息をつき剣を鞘に収める。初戦は勝った……が、結構ヒヤッとさせる場面もあった。気を付けないといけないだろう。
「はぐれるのもまずいですし、ライラさん達が戻るのを待ちましょう」
そこでロノが発言。俺は「はい」と返事をして、彼女達の帰りを待つことにした。