戦士と魔法使い
「今日一日、よろしくお願いする」
と、昨日の口調とは打って変わったライラからそう告げられる。俺は小さく頷き無言で彼女に応えて見せた。
時間は夜明け前。空はいよいよ赤みが差し、陽が昇ろうとしている時刻。俺を含め戦士団の人達は、既に装備を整えていた。
「さて、準備はできたか?」
やや遠くからルルーナの声が聞こえる。前方からであり、彼女は戦士を率い先頭に立っている……はず。申し訳ないが身長のせいでまったく見えない。コレイズがいるため、あの辺にいるのだという認識くらいだ。
既に書状はもらっている。ついでにライラへ提案したことを話すと「いいんじゃないか」と言っていた。ただライラに従えとも言っていたので、俺はそれに頷いた。
「では、出発する!」
視界には見えないが、ルルーナが言い放つ。澄んだ空気にひどく似合う張りつめた声。戦士達は士気を高めるためか口々に応答し、歩み始めた。
その最後尾で俺やライラも移動を開始。今回ルルーナ達とは別行動となるわけだが、隊を組む他の面々は別に野営している人員から引っ張るらしく、合流するのはもう少し後になるとのことだった。
そして本陣には数人の見張りが残り――彼らに見送られて、俺達は門を出た。
演習は夜明けと共に開始されるということで、戦士団は早朝間もない時間行軍を開始。途中、本陣を守るように存在しているテントからさらに人々がやって来る。
見張りなどの人数を差し引いたら、打って出るのは百人から百十人くらいだろうか……軍隊の人数としてはそれほど規模の大きいものではないが、ルルーナやコレイズを先頭にして草原へと進む戦士達は、後方から見て中々壮観だった。
「よし、来たようだな」
途中、ライラが発言する。横を見ると、合流した戦士数人が俺達に近づいていた。
人数は五人。一人を除いて俺より身長が高く、なおかつ短い髪を持つ体育会系の面々。
「俺達を含め、七人?」
「そう。七人で森に入り奇襲を仕掛ける」
多いのか少ないのか……思考していると、ライラから解説が入った。
「奇襲を仕掛けるにはしては心もとない人数ではある。けれど、もし成功すれば相手を大きくかく乱できる……ロノ、来てくれ」
彼女が名を呼ぶと、五人の内一番身長の低い男性が彼女の隣に現れた。
茶褐色の外套に身を包んだ人物。見た目は十代後半といったところだが、滲み出る気配は見た目とは裏腹に強いので、童顔なのだろうと勝手に見当をつけた。そして肩にかかる程度の茶髪は手入れをしているのか、風を受けてサラサラと流れている。
「紹介しておく。彼の名はロノ。戦士団で少ない魔法攻撃要員だ」
「魔法攻撃?」
「遠距離で攻撃する要員だな。側面から攻撃する以上、迷いなく火力を振るうことができる」
「それ、大丈夫なのか? 下手すると犠牲者とか出ないか?」
「訓練である以上加減はするさ……ロノ、普段はあまり活躍できないが、今回ばかりはいけるかもしれないな」
「ですね」
やや線の細いロノの声。その会話に対し、俺は首を傾げライラへ問う。
「普段は活躍できない? どういうことだ?」
「通常、大規模な魔法は周囲に被害を及ぼすからあまり使えない。討伐という名目で仕事はするが、大多数の人から見れば私達は国の領地に踏み込んだ武装集団だ。山火事でも起こしてしまうと、仕事の話は来なくなる」
「……なるほど」
納得できた。確かに下手な魔法は使えないな。
「だから彼のような人は少ないと?」
「それもあるが、そもそも魔法技術的な問題で壁を超えにくい故、少ないというのもあるな」
「技術?」
ライラの言葉に聞き返す俺。壁、という単語が出て来た以上新世代の壁に関わる部分だと思うが。
「ああ、その辺りの説明もしておかなければならなかったな」
ライラは少し申し訳なさそうな表情を示した後、話し始めた。
「壁を超える技術、というのは戦士と魔法使いではやり方が異なる。そして、魔法使いは戦士に対し劣ってしまうケースが多い」
「なぜ?」
「戦士は直接攻撃メインであるため、技術により学んだ魔力を維持し攻撃を行う。反面、魔法使いは遠距離主体で、技術を魔法に乗せて放つ。例えば戦士が持つ武器なら常に魔力を流し続け一撃を加えられる。だが魔法使いはそうはいかない。放出した魔法に魔力を加えることは不可能。よって、使用した魔法にどれだけ技術を組み込めるかが勝負となる」
「へえ……で、魔力をずっと入れ続けることができない魔法使いのやり方は威力が劣ると?」
「そうだ。無論、シュウ殿のように例外も存在するが」
なるほど、これは勉強になる。
「となると、技術を学んでいくことで氷や雷の魔法は使わなくなっていくのかな」
「氷と、雷? レン殿は魔法使いのような魔法も使えるのか?」
「ああ、そうだ――」
答えた所で、正面から声が。内容は聞き取れなかったが、女性の声だったのでルルーナだと見当はついた。
途端、空気がさらに硬質なものへと転じる――戦場が近いことを頭で理解する。
「そろそろのようだな……では、作戦地点へ向かおう」
そこでライラが言う。別働隊である俺達も同時に動き出すようだ。
まず彼女から先んじて列から脱する。移動方向は左。そちらに首を向けると、距離はあったが森が見えた。
あの場所に入り、川を掠めて森を抜ける――頭の中で作戦を思い出しつつ、俺は彼女の後を追随した。
ロノを含めた五人も同様に動き始める。目標は森。作戦が始まるということで体に自然と力が入る。
これまで経験してきた戦いとは趣の異なるもの……それが原因だろう。
「大丈夫ですか?」
そこへ、ロノが近寄って来て問い掛ける。俺は小さく頷きつつ、気を紛らわすために問い掛けた。
「戦士団に、あなたのような魔法使いは少ないんですか?」
「ゼロというわけではないですよ。ただ、私達や相手の戦士団については少ないですね」
と、ロノは小さく笑った。
「結局、壁を越えるために試行錯誤すると、魔法使いは離れて行ってしまうんですよ。戦士と比べても技術習得に時間が掛かりますから」
時間……フィクハやリミナもまた魔法使いとしての技術習得を選んだはず。となると、苦労しているかもしれない。
そう思うのと同時に、目の前の彼について多少気になった。
「……ロノさんは壁を超えているんですか?」
「私は超えていない人間です。あともう少しといったところでしょうか」
そう言って彼は両手を前に突き出す。魔法を使う時の仕草だろうか。
「ロノは少ない魔法使いの中で、壁を超えそうな人物というわけだ」
今度は前を歩くライラから説明がやってきた。
「そうした優れた魔法使いだからこそ、今回作戦に選ばれた」
「優れているわけではないと思いますけどね……」
苦笑し、謙遜するロノ。けれどどこか誇らしげな雰囲気も併せ持っていた。認められ、自信を持っているのだろう。
「それでロノ、一応確認するが、いけるか?」
「問題ありません。ライラさん、お願いします」
「わかった。それでは作戦について一度おさらいをしておこう」
ライラは前置きし、俺達に説明を始める。
「森を抜け、私達は銀の獅子団に側面から攻撃を行う。だが相手も森に部隊を進めていることだろう。十中八九戦闘になる。そこで、この作戦の肝であるロノ……彼を守ることを優先とする」
彼女の言に、全員が無言のまま頷く。
「もし強敵と出会ったら……作戦遂行を優先としよう。勝てない勝負をして全滅するのだけは避けたいからな――」
そこまで言った時、俺達の眼前に森が。
「では――行くぞ!」
ライラが宣言する。同時に、俺達は茂みに足を踏み入れた。