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彼女と勇者

 ルルーナのいるテントから横に逸れ、最初に発言したのはライラだった。


「……先に言っておくが」

「喋るつもりはないよ」


 対する俺の答えは決まっていたのでそう話す。しかし、彼女は不審な顔をした。


「何でそんな顔を?」

「……それは」


 質問に彼女はそっぽを向いてしまった。何だろうか、これ。

 ここで沈黙が生じる。俺は「話も無いようなのでこれで」と言っても良かったのだが、会話に続きがあるようなのでこの場に佇む。


「……勇者だからな。警戒しないといけない」


 少ししてライラからの言葉。それに俺は首を傾げた。


「勇者、だから?」

「あなたにも勇者の知り合いがいるだろう? あなたが話すとは思えないが……」


 つまり、勇者に対し何かしら嫌疑を抱いていて一切の油断も見せたくない、ということか。


「……話さないから大丈夫だよ」


 俺はそう言って、踵を返し戻ろうとする。


「待て」


 しかし、袖を掴まれた。


「本当か?」

「……ずいぶん警戒しているみたいだけど、何かあるの?」

「……別に」


 そこは話さないのか。まあ、何か勇者と因縁があるのだと想像はつくが――


「大丈夫だって。それに勇者といってもほとんど出会わないし」


 と、そこまで言ってフィクハのことが思い浮かんだ。


「……一人、同じ仕事をするため一緒に旅をする勇者はいるけど。別に話すつもりは――」

「その勇者は、誰だ」


 さらに警戒を込めライラは問う。ずいぶんと気にするんだな。


「ナナジア王国の勇者フィクハだよ。もしかしたら会ったことがあるかもしれないけど、彼女に対してだって話す気もないし……って、どうした?」


 話している間に顔が青くなり始めたぞ、彼女。


「様子からだと、最も警戒しなければならない相手ってところ?」


 なんとなく水を向けてみる。すると、彼女は唐突に膝から崩れ落ちた。


「え? ちょっと――」

「……お、終わった」


 さらに両手を地面につき、嘆くように呟いた。いやいや、待て。動揺しすぎだろ。


「フィクハと知り合いなのか?」

「……答えたくない」


 そこで声音が中性的なものから少女っぽくなる。その姿が変に気になり、俺としてはどうしようか悩む。

 というか、世間って狭いな。勇者と戦士という間柄で知り合い同士とは……いや、フィクハはフロディアなんかと関わりがあったし、何よりシュウの弟子なのだから当然なのかもしれない。


「えっと……もう一度言うけど、話すようなことはないから安心してくれ」


 俺はがっくりとうなだれるライラになおも言う。その時、彼女は顔を上げ。


「……任務」

「え?」

「任務に行っていて、私と会わなかったということにしといて」


 どこまで嫌いなんだろうか。こうなると逆に興味を抱き訊きたくなってくるのだが――


「お願いします! どうか! どうか!」

「え? え? ま、待てって! 地面に頭こすりつけなくてもいいから! 喋らないから! 言う通りにするから!」


 なんだか泣きそうな表情で懇願する彼女に対し、俺は狼狽えながら対応せざるを得なかった――






 それから落ち着きを取り戻したのは三十分くらい経過した後。騒ぎ(という程のものでもないが)に気付いたルルーナが「これでも飲んで落ちつけ」と水筒を二本くれた。そして木の柵にもたれかかり二人して座りこんでいるのが現在。


「……確認だけど、フィクハと知り合いなのか?」


 左隣にいるライラに問い掛ける。対する彼女は年貢の納め時とでも思ったのか、先ほどの強情さとは一変し話し始めた。


「何度か会ったことがある……お姉ちゃんに連れられて屋敷に行ったこともある」


 答える彼女の声は完全に少女のそれ。隠し通すきもなくなったらしい。

 というか、話し方がひどく子供っぽい……見た目は俺より上のように見えるのだが、もしかすると同い年か年下かもしれない。


「そこで、フィクハさんと出会って、いじめられた」

「いじめ……?」


 フィクハがそんなことをするとは思えないのだが……ん、もしかすると実験と称してライラに色々やらせたのかもしれない。で、それがものの見事にトラウマになっていると。


「で、それからは一度として会っていないけど……きっとあの人のことだから、出会えばまた同じように……しかも、この口調がバレたら――」


 と、肩を震わせる彼女。フィクハ、結構面倒なことしでかしたな。


「……理由はわかったよ。さっきライラが言った通りにするから心配しないで」


 子供をあやすように俺は告げる。けれど彼女はそれだけでは足りないらしく、


「本当に?」

「……疑っているようだけど、どうすれば信用してもらえる?」


 逆に問い掛けてみた。すると、


「ど、どうすれば……」


 視線が揺らぎ始めた。疑心暗鬼になっているが、解決法は思い浮かばないらしい。


 これはまた厄介だな……ここである程度信用を持ってもらわないと、明日の作戦に関わるかもしれない。

 なので、少し思案を始める。


「うーん、そうだな……どういう風にやったとしてもライラが信頼するのは難しいよな」


 そう告げた瞬間、ライラの肩がピクリと動いた。


「信頼?」

「え? ああ……ほら、明日一緒に戦うというのに、信頼ないままだと駄目じゃないか? もし要望があれば、従うよ」


 思ったことを口に出してみる。すると、ライラは目をまん丸とさせた。


「信頼……」

「出会って一日も経っていないのに、こんなこと言うのもあれだけど……」


 実際の所、カインと出会うには多少ながら彼女の力も必要だろう。言い方は悪いがここで信用してもらえれば、作戦成功率が上がる。


「……そっか」


 ライラは答えると水筒に口をつけ、コクコクと飲み始める。その横顔は、なぜか先ほどと比べ明るくなっていた。

 少しして彼女は水筒から口を離し、俺に言う。


「フロディアさんの紹介状を持って来たのなら、私は心配していないよ」

「そうか。ありがとう」


 言って笑い掛けると、ライラは再度確認を行う。


「……絶対、喋らない?」

「君のことは言わないし、知らんふりをする」

「よし、わかった」


 どこか嬉しそうに彼女は言った。先ほどの会話で、こちらの態度を信用に足ると思ったのかもしれない。

 ……個人的には下心アリなので、ちょっとばかり胸が痛む。


「それで、森を突破する計略についてだけど」


 彼女は話の軸を明日の演習に移す。俺はそこで――閃いた。


「ライラ、頼みが一つあるんだけど」

「頼み?」

「俺の個人的な要望だから、無視してもらってもいいけど」


 そう前置きしたのだが、彼女は聞く気になったらしくこちらと目を合わせる。


「もしカインと間近に遭遇したら、戦いたいんだ」

「カインさんと?」

「ああ。別に勝てるとは思っていないよ。手合せをしたいだけだ」


 ――こういう約束を取り付けておけば、どこかで遭遇した時カインに書状を渡せるチャンスが広がる。


「無いとは思うけど、森の中で遭遇したとしたら……俺が時間を稼いで、その間に作戦を成功させる、とかすればいい」

「そう……確かにその案はいいかも」


 口に手を当てライラは言う。好感触だ。


「戦いがどんな風に推移していくかわからないから断定的なことは言えないけど……考慮はしておく」

「よし、頼んだ」


 俺は小さく頭を下げる。それにライラはどこかおどけた様子で「了解しました」と応じた。

 なんというか、最初出会った時と印象が違いすぎる……きっと無理をしているんだろうなと思いつつ、水筒を飲み干そうと首を上に向けた。


 中身が喉を通りつつ、自然と空を見上げ――たくさんの星の光が俺達に降り注いでいるのが見えた。

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