戦いの概要
「では、演習の説明に入ろう」
俺が承諾した後、ルルーナは語り出した。
「期間は三日。一日ごとにシチュエーションが異なる形で戦うことになるのだが、貴殿にやってもらいたいのは一日目の野戦想定における戦いだ。その途中で、カインにこれを渡してもらいたい」
と、彼女は懐から書状を一つ取り出した。
「ここには先も言った情報を漏らす……内通者に関する情報がカインに向け記されている。無論、暗号を使ってだ」
「それを戦いの時にカインに渡すと? でも――」
「言いたいことはわかる。貴殿はシュウ殿に対し面が割れている。だからここに来たという情報も既に伝わっており、警戒されるのでは――と、言いたいのだろう?」
彼女の言葉に、俺は頷く。
「無論、その辺りも考慮している。もし相手がシュウ殿であれば、何かしら妨害してくる可能性が高い。対して何事も無ければ関係ない案件である可能性が高くなる」
「確かめるわけですか……結構リスク高いですね」
でも、その点は白黒はっきりさせるべきだと思うので、否定はしない。
「改めて訊くが、引き受けてもらえるか?」
「はい」
力強く頷いて見せた後、俺は質問する。
「それで、渡すというのはどうやって?」
「野戦であればカインと直接会うこともできるだろう。ただ接触できる機会がいつ訪れるかは、戦ってみなければわからない」
そう語った後、ルルーナは唐突に背を向けた。見守っていると彼女は横に歩を進め、テントの端――武器が固まっている場所に手を伸ばし、長剣を一本掴んだ。
「ほら」
そして俺に剣を投げる。キャッチすると、彼女からさらに解説が加えられた。
「さすがに貴殿の剣を使うわけにはいかないからな。演習中はそれを使ってくれ」
「この剣、何か仕掛けが?」
「柄の部分に魔石がはめられているだろう? それは剣自体を膜のように包み、切れ味をほとんど失くす力を持っている。例え貴殿が訓練している技術であっても、この剣ならば相手に傷を負わせることは無い。演習なので相手に剣を突き付ければ勝ちだ。もし敗れたなら合図があるまで待機し、それから本陣に戻ること。このルールは絶対なので、破らないように」
「わかりました」
「それと、今腰に差してある剣に対してはストレージカードを渡しておく。使い方はわかるな?」
「はい」
「よし、では書状については明日渡す。朝起きたら私の所へ――」
そこまで語った時、背後から足音が聞こえた。コレイズのような規則正しいものではなく、ゆっくりかつ穏やかな足取り。
「む、ライラだな」
音で察することができたらしい。何か用なのかと思い俺はなんとなく振り返り、
「お姉ちゃーん、まだ寝ないの?」
昼とは恐ろしい程異なる少女っぽい声と共に、彼女が現れた。
「あ……」
「……え」
さらに目が合い、双方沈黙する。姿は特に変わっていなかった。異なることがあるとすれば、装飾品を入れるような小さい四角い箱を胸に抱きかかえている点だ。
「ああ、一応私の補佐をやる時もあるからな。普段は猫をかぶり私の口調を真似している」
そうした中で、ルルーナから説明が入った。
「丁度よかった、ライラ。明日の作戦について少しばかり話したかったところだ。あ、それと宝石箱はテーブルの上に置いてくれ」
「あ、は、はい……」
ライラはこちらを一瞥しつつ、どこか誤魔化すように背筋を伸ばし大股で俺の隣まで来る。さらに指示通り胸に抱いている箱――宝石箱をテーブルの上に置くと、
「そ、それで何用ですか?」
「……ライラ、別にいいんじゃないか?」
ルルーナからの言。するとライラは口ごもる。
「それに、だ。明日はレン殿と共に行動してもらう予定だ。重要な作戦だから、少しばかり踏み込んで会話をしても良いだろう」
「俺が、彼女と?」
そこは初耳だったので聞き返す。対するルルーナは「そうだ」と明瞭に応じながら、テーブルの端に置いてあった筒状の物を手に取った。
おそらく地図だろう――考えているとルルーナは封を解き、テーブルの上にそれを広げた。
「レン殿、これが今回戦う場所の地形だ」
そう言われ、目を落とす。縦に長い長方形の地図で、俺から見て左下と右上にペケマークがいくつもつけられている。
「貴殿から見て左下が、私達の拠点だ」
ルルーナからの説明。そちらに目を移すと、四角い枠を設けてペケマークがつけられている箇所一つと、枠が無いまま記された場所がいくつもある。
「この四角い枠が、ここですか?」
「そうだ。他の印はこの本陣を守るように展開している、野営場所だ」
「……印の数、結構多いですね。そういえば、戦士団の人数って何人ですか?」
「こちらが百三十一人。相手が百四十二人だ」
百を超えていたのか……少しばかり驚きながら、同時に明日の演習が大規模なものになるだろうと想像がつくいた
続いて今度は地形を確認。中央付近は草原。そして本陣背後から右下にかけて森が広がり、さらに左上も森。けれど左上は森の中に川が通っている。
「見てわかると思うが、この中央に存在する草原が主戦場となる。しかし、野戦形式の明日は睨み合ったまま動かなくなるのは必定だ。ポイントとなるのは、草原の両脇にある二つの森だ」
ルルーナは言うと、左上にある森を指差した。
「ライラをリーダーとして隊を組む。そしてこの森に入り川を掠めるように進軍。森を抜けて敵が布陣している側面を攻撃してもらいたい。とはいえ、この程度の計略はカインも考えているだろう。必ず、奴も人を森に振り分ける」
「つまり、森の中で確実に戦闘があるというわけですね」
俺が意見するとルルーナは「然り」と答えた。
「両軍の本隊が突撃を開始するのは、森から仕掛ける部隊が攻撃に出た時だろう。その片方をライラに任せる。レン殿は、援護してくれ」
「わかりました」
「よし。では戦いの概要はこの辺りにしよう……ああ、それとレン殿。戦う場合一つ条件がある」
「条件?」
聞き返した瞬間、ルルーナは笑った。
「演習中、今日習得した技法以外での攻撃を禁止する」
「……はい?」
まさかの条件。俺は驚き彼女を見返す。
「当然だろう。やり続けなければ力は習得できない。しかも貴殿の場合は短期間……かなり無理をしなければ」
「え、えっと。ですが、いきなり――」
「ライラ、彼と共に行動し、よく監視しておくように」
退路を塞がれた。これはまずい。
「はい、わかりました」
「……ライラ、普段通りでいいと言っているのだが」
「そうはいきません」
頑ななライラ。俺がいるためだと思うが……バレている以上、無駄な気もする。
「では、話はこのくらいにしよう。私もさっさと休むか」
「……では、俺はこれで失礼します」
話が終わったので小さく頭を下げ退出しようとする。その時、
「レン殿」
と、今度はライラから声が。
「少し話が」
……口止めとか、そういうのだろうか。俺は「わかりました」と答えつつ、ふとルルーナに視線を向ける。
口元に手を当てて笑っていた。俺と同じような見解を抱いたのだろう。
「えっと、場所はどこにしますか?」
「外で」
端的に答えたライラは先んじてテントを出る。続いて俺も出ようとして、
「レン殿」
背後からルルーナ。振り向くと、彼女は優しげな笑みを向けつつ、
「ライラのことをよろしく頼む」
「……はい」
彼女の要望に返事をした後、俺は改めてテントから出た。