秘密の会話
「いたたた……」
――夜、俺はあてがわれたテントの一つで右の拳を閉じたり開いたりしていた。腕全体もそうだが、特に魔力を多大に収束させた拳が痛い。
コレイズに魔力を入れられ、激痛の中どうにか記憶した後、ルルーナは「後は頑張れ」と言い彼と共に立ち去った。そこからライラに、技術の引き出し方を教わり……夜まで訓練した。といってもやることは魔力に慣れるための素振りくらいで、技術を実戦で活用するのは明日以降になりそうだ。
そして、魔力の質を変える技術の方は見た目何も変わらなかった。それを使うことでいきなり力が上昇するわけでもない。なんだか拍子抜けだが……本来、質を変える技術というのはこのくらい地味だそうだ。
また、訓練中ライラが付き添い――解説によると、四肢のどこかで扱い方を習得すれば他の部位でも使えるようになるらしい。だから一番戦う時に使う右腕を採用したわけだが……これがひたすら痛かった。
「訓練の最後ら辺なんて、まともに右腕の感覚が無かったからな」
ボヤきつつ、今度は左手で右腕全体をほぐすように揉み始める。気休め程度にしかならないが、何もしないよりはマシだ。
ちなみにライラから聞いた話によると、本来は痛みを伴わないよう徐々に訓練していくらしい。俺の場合は他人から無理矢理使い方を教わり、それを反復しているような状況。相当無理をしているのだが、悠長なことをしていられない以上これでどうにかやるしかない。
顔をしかめつつ右腕のマッサージを続け……周囲で、ガハハハという笑い声が聞こえた。視線を転じると、テント入口付近で戦士が酒を飲みながら談笑していた。
あてがわれた、といってもあくまでテントの一スペースを借り受けているだけで、他の戦士と雑魚寝になるようだ。ルルーナが気を遣って色々と言ってくれたおかげで、別段絡まれることなく済んでいるので、俺としては構わなかった。
……というか、演習間近だというのに酒なんか飲んで大丈夫なのだろうか? そんな風に思いつつじっと彼らを観察していると、入口にコレイズが現れた。
彼はテントを見回し……その間に戦士の一人に呼び掛けられる。そして話をして――ふいに、こちらに首を向けた。
どうやら俺に用があるらしい。なので、静かに立ち上がり入口へと歩み始める。
「どうしました?」
近づきコレイズへ問う。
「団長がお呼びです」
簡潔な言葉。俺は「わかりました」と答えると彼がテントから出た。続いて外に出ると、彼は俺にかまわずどんどんと突き進んでいく。
それを追いながら、辺りを見回す。かがり火が所々にあるため歩く分には困らないくらいの明かりはある。けれどテントの外は静寂に包まれ、俺達の足音がずいぶんと耳につく。
それから少しして、ルルーナのいる一番奥のテントに到着。
「コレイズです。お連れしました」
「入れ」
彼女の言葉が聞こえた後、コレイズは俺を招き入れるようにテントを開けた。見えた先に魔法の明かりによって照らされた室内と、木製の四角いテーブルに手を掛け立っているルルーナの姿があった。
「ご苦労だったな。コレイズ、下がってくれ」
「はい」
俺を中に入れた後コレイズは指示に従いテントを閉め、規則正しい足音が遠ざかっていく。
「夜にすまない。とはいえ、やっておかなければならないからな」
ルルーナが言う。そこで俺は歩み寄り、テーブル越しに彼女と対峙する。
「演習のことですか?」
「そうだ。色々と話しておきたいことがある」
言うと、彼女は俺の右腕に視線をやった。
「調子はどうだ?」
「無茶苦茶痛いです」
「当然だ。本来なら長い時間をかけて行う訓練を無理矢理しているのだから」
ルルーナは返答し、俺に対し威厳のある笑みを向ける。
「痛みが引き、魔力の流れを習得できたならば訓練終了だ。明日の演習で戦い、そこをしっかり体に覚えさせろ」
「はい、わかりました」
「それと、貴殿が身に着けている腕輪には、二つの技術が記憶されている。引き出し方はライラから教わったはずだが……その二つを同時に使えば、アクアや私にも通用する技を繰り出せる。しかし、一つずつ使うよりも消耗が激しい。連発はするなよ」
「使う必要、あるんですか?」
「カインと戦う場合は必須だろう」
「……俺が戦うんですか?」
不安になって尋ねる。するとルルーナは肯定とも否定とも取れるような満面の笑みを浮かべた。俺はなんだか怖くなり、あえて訊かず話を戻すことにする。
「それで、何をすればいいんですか?」
「いや、その前に一つ訊きたい」
と、彼女はテーブルに置いてある物の一つを手に取った。俺が渡した書状だ。
「これに、暗号が入っていた」
「暗号?」
「演習をする際、書簡などで指示をする場合もある。しかしそれを奪われ相手に計略がバレる可能性があるため、内々で暗号を作っておくのだよ。ちなみにこの戦士団で使っているのは、フロディアが魔王との戦いで利用していた暗号を私が改良したものだ。だから私なら彼の暗号が読める」
「魔王との戦いで……暗号が必要なんですか?」
「魔族の中には人間側に潜入するケースもあったようだからな。作戦がバレないようにする処置だろう」
なるほど……魔王側も色々とやっていたようだ。
「で、だ。暗号には……『英雄シュウが本当の敵となり、他の英雄を殺した。事情は彼に訊いてくれ』と書かれている。これは、どういうことだ? シュウ殿は確か、アークシェイドの計略により操られているはずだな? それに、英雄を殺したとは?」
核心部分が暗号によって書かれていたらしい。フロディアはその辺の事情を俺に話して欲しいようだ。
というより、現世代の戦士なら一連の話を知っていてもおかしくないような気がするけど……戦士団という特異な立ち位置から、国が敬遠したのかもしれない。
「フロディアさんの暗号がそう伝えているのなら、お話します」
「なぜ貴殿は知っている?」
「シュウさんが敵になった一連の事件に、深く関わっているためです」
――そう前置きして、俺は説明を加えた。話した内容はアークシェイド本部の壊滅と、そこからの裏切り。加えてフィベウス王国についての事件と……英雄の死について。
「……そうか」
説明を終えた時、ルルーナはどこか無念そうに目を伏せた。
「厄介な事件のようだ。それに関わる貴殿も大変そうだ……しかし、貴殿の相手はシュウ殿となるわけか……そうであれば壁を超えることは必須だな。私の所に来たのも頷ける」
彼女は呟くように言い、テーブルに目を落とした。
「そして……私は以前、フロディアに一つ相談を持ちかけた案件がある。そのこととシュウ殿の件が関連しているかもしれない、と考えているのだろう」
「案件、ですか」
彼女の言葉を反芻。特に訊こうとは思わなかったのだが、彼女はこちらに視線を送り、口を開いた。
「この戦士団に関わる情報を、どこかに漏らしている者がいる」
はっきりとした声音に……俺は、絶句した。
「人数やメンバーの名前はもちろんのこと、そのメンバーに関する詳細事項等も調べられている。魔族討伐をした折、旧友の貴族から話を聞いた時は、愕然としたよ」
「一体、なぜそんなことを……?」
「私達を潰そうとして情報を集めているのは間違いない」
そう言って、ルルーナは俺をまっすぐ見ながら決然と告げた。
「今回、カインとその辺りのことを調査するために演習をすると伝えてある……レン殿には、その辺りのことを協力してもらいたい」
「……はい」
俺は頷きながら答える。どうやらこの場所でも、シュウ達に関して一騒動ありそうだった。