通路の先は
通路をしばらく進むと、Y字の形をした分岐が出てきた。
「隠し通路で、分かれ道か」
先頭に立つギアは顎に手をやり、何事か思案し始めた。
「隠し通路である以上、外れの道を作るはずもない……もしそうだとしても、二手にするだけじゃあ意味が無い」
「とすると、どちらも正解の道?」
俺が尋ねると、ギアは頷きつつ解説を加える。
「迷宮が入り組んでいるため、要所要所に近道を作っているのかもしれない」
「なるほど、そうかもな」
賛同しつつ二手に分かれた道を眺める。
リミナの明かりによって照らされた通路は、あの広間の道と同様曲がり角があり、先がどのようになっているか不明。ただ一つだけわかるのは、左手の道が坂ではなく平坦なものに変わり、右手はなおも勾配が続いている。
仲間が沈黙している中、俺はその点に言及する。
「……安直に考えれば、右手の道が下方向だから、迷宮奥に到達するのはそっちのような気もするけど」
「確かにそうだが……」
ギアは右を見ながらなおも考え込む。
「下に行けばゴールかというと……その可能性は高いが、絶対の保証はない」
「前に、それで痛い目あったとか?」
「迷宮中央がゴールだったことがあったな」
このダンジョンがどういうケースなのかで状況が変わるようだ。そこで俺はリミナに意見を聞こうと首を向ける。
彼女はそれぞれの道を交互に見やり、ギアと同じく何か考えている様子だった。
「リミナ、どうしたの?」
「魔力を探っているのですが……左の道からは僅かですが、感じ取れます」
「すると、左が正解?」
尋ねてみる。だがリミナは首を左右に振った。
「断定できません……と、今魔力が消えました」
どういうことなのか――ギアの顔を窺うと、神妙な顔つきでリミナを見ていた。
「リミナさん、それって感じられたり感じられなかったりしているのか?」
「え? はい、そうですが――」
途中で言葉を止めた。何か気付いた様子――そして、俺もまた察せられ、声を上げる。
「つまり、戦闘中であったのが今まさに終わったというわけだな?」
ギアに訊くと、はっきりと頷いた。
「そうだ……戦闘が行われ、リミナさんは気付いた」
「そう考えると、左手は他の人達がいるわけだ」
「ああ。残るは、右しかないな」
ギアは向き直り右の道を手で示す。
「こっちでいいよな?」
「俺はいいよ。リミナは?」
「私も構いません」
ということで、右を選択。さらに下に進んでいく。
足元は隣にいるリミナが照らすため、不自由は無い。けれど奥へ歩むにつれて少しずつ不安が頭をもたげてくる。後方を見ると、明かりの先は漆黒。それが根源的な恐怖を呼び起こす。
「勇者様」
その時、リミナが声を上げた。
「大丈夫です」
さらに微笑んだ。どうやら顔から心情が察せられたらしい。俺は苦笑しつつ「わかった」とだけ告げ、足を動かすことだけに専念する。
やがて、坂が途切れ平坦な通路となる。そこから程なくして、俺達は壁に到達した。
「さて」
ギアは呟くと、壁を触り始める。開けるためのスイッチを探し始めた。俺も参加しようと足を一歩踏み出した時――ギアが見事に壁の一端を押し込んだ。
「おっ!」
瞬間、音を立てて壁に隙間が生まれる。
「リミナさん」
そして彼が指示を出す。リミナは頷くと杖の先端にある明かりを壁に向けた。
「ゆっくり開ける。もしモンスターがいたら」
「わかった」
俺は答え、剣を抜く。
ギアが隙間に手を掛けて静かにスライドさせ始める。壁の奥にある場所は一面暗闇。リミナの明かりで通路周辺が見える程度。
通路の先は、同じように石造りの通路だったが、かなり広いようだった。もしかすると、最初の広間くらいはあるかもしれない――
俺は剣を構えたままじっと真正面を見据える。もしモンスターが来れば一閃しようと思っていたが、ギアが完全に開いても現れなかった。
「気配は、ありません」
リミナが言う。俺は小さく息をついた後、静かに構えを解く。一応、警戒のため剣は握ったままにする。
「ここが終着点、というわけではなさそうだな」
ギアは言うと、先行して広間らしき場所に足を踏み入れる。後方を俺とリミナが続く。一歩進むと、カツン――と、靴音が反響した。やはり広い空間のようだ。
「ギアさん」
そこへ、リミナの小声。彼が立ち止まると、彼女は明かりの出力を上げた。
「ふっ!」
そして僅かな掛け声と共に、杖を振って明かりを上空へ。彼女の身長分くらいの高さで止まると、俺達の立つ周囲をしっかりと照らし始める。
「ありがとう」
俺は礼を告げ、改めて広間を見る。天井はよく見えないが、この分だときっとドーム状だろう。入口と同じように石造りの床が広がり――視界真正面に、見慣れないものあった。
「……湖?」
波紋一つしない、水面があった。透き通っていて、明かりによって石床の底が見える。結構深い。少なくとも二メートルはありそうだ。
「湖、というよりは人工的なため池という感じだな」
ギアが評した。確かに言われてみれば一切揺れることのない水は、人工的に作られたものに違いない。俺はなんとなくプールを想像しつつ、疑問を口にする。
「非常用の水、というわけではないだろうな。何でこんなところに?」
じっと水面を眺める。一切身じろぎしない水は、暗闇も相まってなんだか不気味だ。
「無意味にあるわけじゃないだろう。水中にモンスターがいるかもしれないな」
ギアは提言しつつ、視線を周囲の暗闇へ向けた。
「さて、続く道を探すか」
「わかった」
俺は同意し、リミナと共に歩き始める。彼女が歩く度に、頭上の光は追随する。
歩きながら、部屋の全容を理解する。広間はやはりドーム状で、その中央にプールの様なものがある。俺達はそれを避けるようにぐるりと歩いてみたのだが――
「……何もないな」
一周した後俺は言った。見た目上本当に何もない。もしかして、また隠し通路なのか。
「怪しいのは、真ん中のこれくらいか」
俺は水面に目をやりながら呟く。
「ギア、何か心当たりとかある?」
「いや、ないな」
彼は首を振りつつ、水面に視線を送っていた――のだが、
「……ちょっと待て。もしかすると」
途端、リミナへ首をやった。
「リミナさん、水面の上に明かりとか作れるか?」
「できますよ」
彼女はあっさり言ってのけると、小さい声の後手のひらに光を生み出した。それを水面向かって投げると――水中の全容が浮かび上がる。
「これは……」
俺は注視し、水を湛えた壁面に通路があるのを認める。どうやらこの先は、水中を進まなければいけないらしい。
「水中に通路、というパターンは仲間から聞いたことがあった。今回はそれだったらしいな」
またもギアの知識。俺は彼に感謝しつつ、リミナに問い掛ける。
「リミナ、どうするこれ?」
「水中で行動できる魔法はありますが……通路の距離がわからない以上、途中で効果が切れるかもしれません」
もし効果が切れたら、俺達は全滅だ。さすがにその手は取りたくない。
「おい、レン。氷の技があっただろ? それでどうにかできないか?」
今度はギアから意見。俺は水面を見ながら呟く。
「凍らせる、か……確かに水中を進むよりはましかな」
握ったままの剣に力を込める。水を凍らせるくらいなら、きっとできるだろう。
そう思い水を見据え――波紋が出ているのに気付く。
「え?」
驚き声を発した。直後、水面から魔力を感じ取った――