未知の技法
移動した場所は、ライラ達と戦った森の端。右手に森を見ながらルルーナと対峙し、ライラとコレイズは横に立ち俺達を見守る構え。
「一応確認しておくが、壁は超えていないな?」
まずはルルーナの問い。俺はそれに頷く。
「はい。アクアさんと戦いましたが、歯が立ちませんでした」
「当然だろう。あの技術を習得している者としていない者の差は決定的だ。とはいえ、書状ではその部分だけではなく色々と教えてやって欲しいと書かれていた。その辺も一緒にやる」
語ると同時にルルーナは剣を抜く。俺も合わせて剣を動こうとして、
「いや、抜かなくていい」
彼女からの声。柄に手を掛けた時点で動きを止める。
「それともう一つ訊きたいのだが……貴殿は手数で押すタイプか? それとも一撃で仕留めるタイプか?」
問われ、俺は少し考える。
「……たぶん、後者だと思います」
「そうか……フロディアはカインの紹介状も書いたことから、両方やらせるつもりなのかもしれないな」
両方……? 俺は首を傾げるが、ルルーナは語らず話を進める。
「まず言っておくが、私は貴殿と同じく一撃で仕留めるタイプだ。とはいえ、やり方は大きく異なるはず」
パワータイプってことか……正直そうは見えないけど。
「コレイズ、まずは渡せ」
次に副団長へ指示を送る。彼はすぐさま俺に近寄り、腕輪を一つ差し出した。青い宝石がはめこまれた、銀細工の腕輪。
「それを、剣を握る右腕にはめておけ」
「わかりました……あ、でも」
そこでブレスレットを彼女に見せた。
「魔力制御に関わるやつを着けているんですけど……」
「制御か。ふむ、魔力が大きいためそれを調整するためか?」
「そんなところです」
「では外しておけ」
声に俺は頷き、元々着けていたブレスレットを外し、新しい腕輪を手首にはめる。
「フロディアの書状には、あまり時間を掛けられないと書いてあった。なので、実際に体に叩き込んでやり方を覚えさせる」
「覚えさせる……?」
「その腕輪は魔力の流れを記憶し、魔力を込めるたび、記憶させた通り体が動くようになる。つまり、技法を腕輪に込め、演習の時使用して体に覚えさせる」
なるほど……俺は理解しつつ、彼女からの言葉を待つ。
「では、始めよう……と、その前にもう一つだな。貴殿は魔力の流れが威力を増幅させることを知っているか?」
「流れ?」
「知らないようだな。風の魔法などが良い例だ。四方に拡散するようなものでは威力が出ない。しかし、それらを一つに束ね、流れを等しくすることによって、少量でも時に人を吹き飛ばすことができる」
そう言うとルルーナは森へ視線を向ける。
「魔力にも同じことが言える。大抵の人物は魔力を収束させる際、どうしても拡散する。これは魔力が制御できず流れが四方八方に飛び散っている。しかしその無駄な部分を一つにまとめ上げ剣戟に叩き込めば、魔力の少ない者でも強力な一撃となる」
「……フロディアさんは、魔力の技術について色々と語っていましたけど、それとは違うんですか?」
「技術? どういうものだ?」
彼女は視線をこちらに向けながら問う。俺はフロディアが実演して見せた水の魔法について話す……すると、
「そうした技術の一つだと思えばいい。フロディアが見せたのは技術全般の解説と言えるな。順序はいくつもあるが……まずは魔力の流れから始めることにする」
言うと、彼女は森の入口にある木に近づいた。太さは……目測、直径四十から五十センチはある。
「今からやるのは事例だ。どれだけ違うかということを伝えた方が訓練も効果的だろう」
語った直後、彼女は軽く素振りでもするような感じで剣を木へ向かって振った。すると、刃が食い込み――すぐに止まる。
「今のは、ほとんど力を入れていない。かつ、魔力も適当に流した一撃だ。しかし、魔力の流れを変えるだけで――」
彼女は再度剣を振る。瞬間、刀身に存在する魔力がほんの少し粟立ったような気がした。
そして先ほどと同じように軽い素振り――けれど、その剣は易々と木に食い込み、あまつさえ両断した。
俺は驚き目を見張る。今の何でもない動きで――
「これは、魔力の流れを切れ味に乗せた結果によるものだ」
絶句する間に、ルルーナの解説が来る。同時に支えを失くした木の上側が、俺達から見て横に倒れ込んだ。
「魔力の流れをどこに加えるかによっても効果は大きく変わる。例えば体術を用いるアクアであれば、腕に巻き付けるように魔力を流す……アクアと戦った時、攻撃が一切通用しなかっただろう?」
「はい、その通りです」
「新世代の壁について解説はしてあるようだから、その力により攻撃が効かなかったのは理解できるだろう。さらに、彼女は攻撃を受けて身じろぎ一つしなかっただろう?」
「ええ、確かに」
「それは先ほど私が見せた魔力の流れを活用し、筋力などを強化し衝撃に耐えた結果だ。壁を超えるための技術とは関係ない」
――つまり、攻撃が効かなかったことと、身じろぎ一つしなかったことは別の技法ということか。
「壁を超えるための技法は、あくまで高位の魔族に傷を負わせ、敵の攻撃を防御できるようにするためのものだ。それ以外の部分は、壁とは関係ない魔力を操る技術に区分される」
そう付け加えたルルーナは、俺に近づきつつなおも話す。
「さて、解説は終わりだ。記憶させよう」
「え……もう?」
「これ以上の説明は必要ない。ライラ、来い」
ルルーナからの指示。するとライラが俺へと近寄ってくる。
「私の妹は魔力の制御に優れていて、部下達の魔力制御の指導役を担っている」
彼女が言った時、ライラは俺の右側に立ち、おもむろに腕をつかんだ。
「え――」
「今からライラが魔力を流し、お前の魔力を動かす。その流れを道具に記憶させるから、それを反復させ体で覚えろ」
俺としては話が進み過ぎて戸惑うしかない――けれど次の瞬間、右腕に激痛が走った。
「っ……!?」
短く呻き手を振り払おうとする。けれどライラはぐっと力を込め、離そうとしない。
俺は激痛に耐えるしかなく――少しすると痛みが引き、今度は腕全体に魔力が集まり始めた。
収束させているわけではない。ルルーナが言った通り、ライラが俺の魔力を操作している。
「よし、今だ」
ルルーナが告げる。その瞬間、ライラは握った腕を離すと同時に手首にはめた腕輪にタッチした。すると腕輪が僅かに発光し――やがて、収まる。
「これで一つ目の記憶は完了だ」
さらにルルーナが言う。そこでライラは俺から一歩下がった。
「試しに腕輪に魔力を流してみろ」
――言われるがまま、俺は腕輪に意識を集中させ魔力を注いだ。次の瞬間、腕全体が引っ張られるような感覚と、痛みが走った。
「っ……!?」
「痛みの方は、慣れないやり方で魔力を収束させているためだ」
俺の声にルルーナが反応。考えが表情に出たらしい。
「今記憶させたそれこそが、魔力の流れを一束にしたものだ。その成果は後で試すとして……次に、壁を超えるための魔力収束もやるぞ」
「……へ?」
呟いた時、今度はコレイズが前に出た。
「コレイズは私と同じく壁を超えた人間だ。その魔力を流し記憶する……ああ、さっきと比べ痛みは倍増するだろうから、我慢しろ」
「え、ちょ――」
話が進む中、コレイズは真正面から近づき両腕でこちらの手首をつかんだ。離そうとしてもビクともしない。
どうなるんだこれ……? そう思った直後、彼の魔力が俺に入り、激痛と魔力収束が始まった――