戦士団団長
中に入った時、テント中央付近で二人立っていた。真正面に女性。傍らに男性。そして――表情は変えなかったが、ライラの言いたいことをしかと理解した。
まずは男性。細い目をし、なおかつ肩を超える程度には黒髪で、天然パーマがかかっている。装備は全身鎧と腰には剣。色合いは青と白を基調としていることに加え、銀縁の装飾が施されているため若干キラキラしていた。
そして正面――女性に目を向ける。最初に思ったのはライラと非常に似ていること。ルビーのように深い赤をした髪に、茜色の瞳。鼻筋と骨格の整った美人で、健康的な色合いをした唇が俺を見て僅かに歪み、腕を組みながら不敵な笑みを浮かべていた。
装備は男性とは異なり、赤を基調とした全身鎧。ただこちらも匠の技が用いられているのか、あちこちに金縁の細工が窺える。
顔を見て問わなくてもわかった……間違いなく、ライラの親族だろう。アクアと似たような年齢のはずなので、きっと姉に当たるはず。とはいえ、外見からは二十代後半には見えない。
「貴殿が客人か」
女性――ルルーナが言う。俺は一度頭を下げ、
「フロディアさんの紹介で、あなたを訪ねに来ました」
用件を切り出し、顔を上げ表情を確認。彼女は少しばかり驚いていた。
「ほう、フロディアか」
「はい。これが紹介状です」
と、懐から書状を取り出し、彼女に近寄って差し出した。
「読ませてもらうぞ」
ルルーナは答えると書状の封を切り、読み始める。近くに椅子があるにも関わらず、なぜか立ったままで。
その間に、俺は彼女を観察する。改めて、なぜライラがあんなことを言ったのか理解する。
先ほど上げた特徴だけなら、英雄としての威厳と女性としての華麗さを併せ持った現世代の戦士……なのだが、一点だけ致命的な問題があるため、先の雰囲気は微塵も感じられない。
それは何か――身長だ。非常に小柄なため……いや、もう控えめな表現はやめよう。
というかこの人、明らかに百五十センチないぞ。傍らには縦に長剣が置かれているのだが、身長に準じた小柄な体で振れるのかと疑ってしまう。そしてその身長により、下手をすると十代……俺なんかと同じ年に思われるかもしれない……むしろライラの方が年上のように見える。
極めつけは、身長稼ぎのためかこれ見よがしに木の箱の上に乗っていること。隠す雰囲気もないためウケ狙いでやっているのかとも一瞬思ったくらいなのだが……ライラの話から、その辺りの指摘をすれば怒るのだとわかる。けど、それならなぜ箱を隠さないのか。
いや、待て……これは周到に仕組まれた罠で、それを指摘するような人間とは付き合わないとか、そういう風に考えているのかもしれない――
「ふむ、なるほど。わかった」
ルルーナが発言。そして俺のことを見据え、はっきりと告げる。
「フロディアには色々と借りがある。貴殿に協力しよう」
「ありがとうございます」
「とはいえ、こちらも演習中であまり面倒見ることはできない……それに、タダでというのも団員が納得しないだろう」
「演習に、協力するということですか?」
予測して尋ねると、ルルーナは「そうだ」と答えた。
「どうするかはこちらで決める。まあ悪いようにはせん。心配するな」
言って、彼女は妖しく笑う。口調と雰囲気から俺を「どう利用してやろうか」という強い感情が見え、中々の迫力……本来は、そのはず。けれど身長的な意味合いで子供が格好つけているようにしか見えない。
まあ、その辺は口が裂けても言うつもりないけど……ここで下手にへそを曲げられても困るし。
「それではまず、修行から入るか」
そして唐突にルルーナは言う。あっさりと決めたので、俺は驚いた。
「え? 今からですか?」
「演習は明日だからな。実戦の前に教えた方が良いだろう……コレイズ!」
ルルーナが叫ぶ。すると、傍らにいる男性――コレイズが反応を示した。
「はい」
「魔法記録できる腕輪を出しておけ」
「御意」
短く答えたコレイズはすぐさまテントの端へ近寄り、そこに置いてあった袋をゴソゴソとやり始める。
「レン、貴殿の腕を見ると同時に一つ私の剣術を教えてやろう。あくまで基礎部分だけだが、今後の戦いに際し上手く使え」
「あ、はい。わかりました」
「では、早速だが始めるとしよう」
ルルーナは言うと箱から降り傍らにある剣を手に取った。俺が持つ長剣と同じくらいの長さなのに、彼女が持つと大剣でも握っているかのように見える。
「ついてこい。ライラ、お前もせっかくだから付き合え」
そして彼女は俺達の横を通り過ぎ、外へ出た。遅れて作業を終えたコレイズが追随。そして俺は……一度ライラと目を合わせた後、おもむろに歩き出した。
「えっと、ライラと姉妹ということでいいんだよな?」
テントを出て移動の最中、俺は前を歩くルルーナ達に聞き咎められないよう、小声で隣にいるライラに確認を行う。
「そうだ。ちなみに私が妹だ」
「どの程度離れているんだ?」
「団長が現世代。私が新世代と言えばわかるか?」
問いに、俺は頷いた。十くらいは差があるらしい。
けれど、もし並んで歩くとなれば……九分九厘、ルルーナが妹になるだろうな。
「おかげで、最近は私と隣同士で歩きたがらない」
ライラが告げる。俺はそれを聞いて「だろうな」と心の中で思った。
前に一度視線を送ると、ずいぶんとアンバランスな二人が見えた。コレイズは結構長身で百八十はある。だから、差がとんでもないことになっている。
「……いくつか、尋ねてもいいか?」
「どのような質問か予想がつくな。箱のこと。もしくは副団長のことだろう?」
副団長――コレイズのことだろう。間違ってはいないので俺は「そうだ」と答える。
「まず箱については、戦士である以上堂々としておかなければならない、というのが団長の主張だ」
……あれ、もしかして深い意味はないのか?
「何か意味があるわけでは……」
「私が聞いた話ではない」
「そう……で、副団長のことだけど」
「身長的な意味合いでは、差がついて余計小さく感じられる……が、彼は有能であるため副団長を務め、なおかつ団長の側近をしている。致し方ない」
こっちは実務的な面が強いようだ。俺は「わかった」と答え――門を抜けた。
「森へ向かうぞ」
ルルーナの指示。彼女は即断即決でどんどん前へと進んでいく。対するコレイズはゆったりとした動作で後を追う……というか歩幅が違いすぎるため、彼女が二歩歩むところを彼は一歩でいける。その差だろう。
なんだか微笑ましい光景……と、いけない。相手は現世代の中でも優れた戦士だ。気を引き締めないと。
「そういえば、なぜ強くなりたいのか理由を訊いていなかったな」
ふいに、ルルーナから声が来る。
「私は剣を教える時、理由を大きく重視している。意志があることは、強くなるための必須条件だからだ……レン、貴殿は何故強くなろうとする?」
質問され、俺は一瞬だけ考えた。そして――
「友人を、倒すためです」
「友人か……辛くは無いのか?」
「魔の存在に加担する彼を、見過ごすことはできない」
婉曲的な表現だったが……ルルーナは「なるほど」と呟いた。
「その人物は強いのか?」
「今の俺では、足元にも及ばないでしょう」
「勇者レンにそう言わせる程か……わかった」
応じると、ルルーナは首を一瞬だけ俺に向けた。
「まあいいだろう。それならばその友人を打ち破る、私の剣を学ぶといい」
「……ありがとうございます」
礼を述べると、ルルーナは僅かに微笑んだ。それは先ほどまでの不敵なものではなく、どこか柔らかいものだった。