辿り着いた拠点
攻撃を行った男性は、鬼気迫る表情を伴い駆けるが、俺から見て遅い。大した攻撃ではなかった。
けれど変化は起こる。男性二人の背後――そこに、新たな人影が出現した。
「二人とも!」
先ほどの中性的な声。おそらくその人物がライラと呼ばれた……女性。
髪色は赤……だが、ルビーのように深く、吸い込まれるような赤色で、ショートなのだが後ろで束ねているのか綺麗にまとまっている。そして瞳の色まで赤――しかし、こちらは夕焼けのような茜色。他に、右目の下にある泣きボクロが俺の立つ場所からギリギリ見えた。
身長は低い……少なからず俺よりは。で、装備は肩当てのある革鎧。それが上半身を覆っているのだが、あまり似合っていない。
「私も加勢する!」
「ライラ――!」
会話をしていた男性が叫ぶ。その間にもう一方の男性は俺に近づき、剣を振り下ろした。
対する俺は真正面から受ける。腕に魔力を集中させきっちり防御し、反撃に移った。
彼らにとっては一瞬の出来事だったかもしれない――相手の剣を弾きさらに胴を一閃する。無論刀身に魔力を注ぎ刃を鈍らせており、出血はしない。
相手は苦悶の声を上げる間もなく仰向けに倒れた。頭を地面に打ち付けていないか一瞬心配になったが……まあ、茂みだし大丈夫だろう。
「ぐっ……!」
残る一人の男性は呻き、剣を構える。その間にライラが到着し、彼の横に立つ。
男性はその時何も言わなかった。逃げろと警告しても意味が無いと思ったのだろう。
そして二人の顔は俺を睨み、待ち構えるような態度を示し――ライラが俺に言った。
「ここは通さない……命に代えても……!」
……これって演習なんだよな? にしてはずいぶん入れ込んでいるように見える。
現状で、俺はなんだか冷めている……状況が飲み込めていないのでそんな風に感じているのかもしれない。
同時に、ここで二人を倒してしまうのはいくらなんでもまずい……そう思い、動きを止めている二人へ俺は口を開いた。
「あの、一つ訊きたいんですけど」
「……何だ?」
声を掛けられるとは思っていなかったらしく、ライラは訝しげに問う。そこで俺は左手でポケットを漁り、
「ここで軍事演習をしているのは知っています。で、俺はフロディアさんに言われ、演習を行う戦士団の団長さんに会いに来たんです。これが、その書状なんですけど――」
「……本当に、申し訳なかった」
と、森の中を進みながら彼女は言う。すまなそうな表情……気絶から目覚めた残りの男性も、似たような顔をしていた。
結局、あの場で詳細を話し書状を見せた結果、信用してもらえた。というかライラという女性はフロディアの文字を見たことがあったらしく、書面の名前を見た時露骨にしまったという顔をした。
とりあえず俺は連れて行ってもらえるなら何でもよかったので「気にしていません」と言ったのだが、彼女達は平謝り。まあ、仕方ないと思うけど。
「いえいえ、本当に気にしていませんから」
「いや、ロクに確認していなかった私達が悪かった」
「……今度誰かが来た時は、気を付けてくださいね」
「善処する」
そうして短い会話が終わった時森を抜け、正面方向に建造物があるのを目に留めた。
「へえ……」
感嘆の声を漏らす。フロディアが言っていた通り、そこには三メートルはあろうかという、先端の尖った木の柵があった。それはどうやら四角形に組まれているらしく、端の部分が直角に折れ曲がっているのがわかる。
けれど、入口が見当たらない。
「あの、入口がありませんけど」
「正反対の場所だ」
ライラは端的に答えた後、俺を一瞥する。
「そういえば、名を聞いていなかったな」
来たか……俺は一抹の不安を覚えつつも、自己紹介をする。
「レンといいます」
「レン……?」
聞き返した時、ライラは目を細めた。
「先ほどの剣技といい、英雄と関わりがある……もしや、あの勇者レンか?」
「……そうです」
頷いて見せると、ライラは興味深そうに「ほう」と呟いた。
「ここに来る理由も尋ねていなかったな……演習に参加するわけではないだろう?」
「……書状の文面次第だと思います」
答えながら、きっと参加するだろうと思う。というかフロディアは「実戦で鍛えた方がよい」と言っていた。実戦、ということは演習で色々とやるわけだ。
けど、一つ疑問が……その場合、俺はどちらの陣営で戦うことになるのか。最初に立ち寄ったこの陣営で参加する可能性もあるが――
「書状が二つあり、それぞれの名前があったということは両方の陣営を訪ねるということだな? どちらにつく?」
「……文面次第ですね。ああ、そういえば」
俺はここで陣営を聞いていなかったことに気付く。
「えっと、皆さんはどちらの戦士団ですか?」
「蒼月の戦士団だ」
ライラが答える。ということは、本来の目的地とは異なる場所に辿り着いたようだ。ただ、今更「カインの方へ行きます」とは言えないので、このまま進むしかない。ま、なるようになるだろう。
そんな風に考えながら歩を進め、反対側にある入口へ辿り着く。柵と同様木で作られた門は開かれており、中ではそこかしこで演習の準備が進められているのか、男性達があちこちに動き回っている。
柵の中には、いくつもテントが張られている。加え、門近くにはやぐらが設置されており、その上では数人が見張りをしていた。
パッと見た印象としては、結構物々しい。
「団長は奥にいる。後は私が案内するから、皆は報告を」
ライラは立ち止まり男性陣に告げるするとと、彼らは一様に頷き先んじて中へ入った。
「そういえば、ライラさん達は何をしていたんですか?」
ふいに問い掛ける。すると彼女はちょっとばかり不快な顔をして、
「呼び捨てでいいし、敬語はいらない。そういうのはあまり好きじゃない」
「……ライラ。改めて訊くけど何をしていたんだ?」
「周囲の地形把握と、敵がいないかの確認だ。潜んでいる可能性もあるからな」
そう答えた直後、先んじて入った男性達が戻ってくる。何事かと観察していると、彼らは俺達の横を通り過ぎ来た道を戻り始めた。どうやら彼女の言った確認作業を進めるらしい。
「では行こう」
ライラは改めて呟き、俺を先導して門を抜ける。後に続くと、ピンと張りつめた空気が肌についた。戦闘準備を進めているためだろう。
彼女はそれに構わず歩む。俺は周囲を見回しつつ追随し、いくつか設置されたテントの横を抜け、入口から一番奥へと突き進む。
「一つ言っておく」
前方に大きなテントが見え――そこへ向かいながら、ライラは口を開いた。
「今から団長に会わせるが、一つ警告しておく。団長は見た目変わった人物で、多くの人は容姿について色々と言及する。だが、逆鱗に触れたくなければその点については一切喋らないことだ」
「何か特徴が?」
「……見ればわかる」
やや間を置いて彼女は返答。何やら事情があるようだ。
そうこうしている内に一番奥のテントに到達。ここに英雄がいる……それを認識すると張りつめた空気と相まって、自然と体に力が入った。
「ライラです。団長に会いたい方がいるとのことで、お連れしました」
彼女が告げると、短く「入れ」と声がした。ライラ同様中性的……しかし、彼女よりも女性寄り。
ライラは一度、俺を一瞥する。こちらは小さく頷くことでそれに応じ――テントへと入り込んだ。