英雄の能力
「これは英雄が高位の魔族と戦うために編み出された技法らしいわ」
さらにアクアの言葉は続く。それに耳を傾けながら、俺は剣を鞘に収めた。
「この力を用いて英雄達は魔王を倒した……元々は英雄アレスの剣に宿っていた力を、英雄シュウが研究して編み出した技法なのだけど」
「英雄シュウが……」
「つまり、今回の敵は魔王に対抗できる力を開発した人物。場合によっては私達もさらに力をつけないといけない」
俺の呟きにアクアは答える。茨の道だと、率直に思った。
「ただ、この技法は現世代と呼ばれる人の中でも使える人と使えない人がいる。例えば私の所に昨日来たカインは使える。けれど、確か前回における統一闘技大会の覇者であるマクロイドという人は使えなかったはず」
「使えないということは、その人はアクアさんに勝てないと?」
「彼の場合は魔法の武具を活用しているらしいから、私と対抗できるかな」
俺の問いにアクアは腕を組みながら答えた。
「この技術で戦う方法は二つ。体に覚え込ませるか、力を秘めた武器の扱い方を学ぶか……とはいっても、高位魔族に傷をつけられる程の力を持った武具なんてほとんどないから、マクロイドという人のやり方は例外だとみなしていいかも」
「とすると、俺達は訓練により身につけないといけない……と」
「そうね。理想はそうした技術を学びなおかつ英雄アレスの剣みたいに強力な武具を手に入れることだけど」
アクアの答えを聞くと、俺は思考する。勇者レンは英雄アレスから剣の教えを受け、なおかつリデスの剣を所持している。リデスの剣については彼女が言った特性があるかどうかわからない。
けれど、勇者レンは英雄アレスから剣を学んでいた。彼女の言う技法を持っていてもおかしくないと思うのだが――
「一つ質問が」
そこで、フィクハが手を上げた。
「技術が必要なのはわかりましたが、なぜそれを『新世代の壁』と言うんですか? 英雄の教えを受けた人なんかに教わったなら、習得できると思いますけど」
「この技術は、魔力制御に習熟した人でないと力を発揮しないのよ。私達の世代であっても発展途上の人はいて、思うように使えないケースがある。新世代の人達は若いし、そうした域に到達した人は限りなく少ない。先ほど話題に出たセシル君だってまだまだ教えを受ける立場だろうし、彼の師である英雄ナーゲンは、教えるには早いと思っているはず」
「けれど、すぐに覚える必要が出てきた」
「そうね。だからこそ私達があなた達にアドバイスすることになる」
フィクハに答え、アクアはにっこりと笑った。
「さて、今度はフィクハさんを試そうかと思ったけれど、前会った時からそれほど経っていないしやめにしましょうか」
「わかりました……で、彼と戦ってみてどうしてたか?」
「ん、そうね……」
呟きながら彼女は俺に視線を向けた。
「技能の程は中々ね。けれど荒い部分もあるからそこを修正しないといけないわね……ちなみに、あなたの師というのは誰?」
来た、この質問。俺は少し大きめに息を吸い、吐き出すと同時に告げた。
「英雄、アレスです」
「……へ?」
聞き返した――その時「おーい」という声が村方面から聞こえた。
すぐさま顔を向ける。そこには青いローブを着た金髪の男性が一人、こちらへ近づいくる姿があった。
「あ、フロディアさんだ」
フィクハが言う。彼が――思うのと同時に彼は俺達に手を振った。
「魔力につられて戻ってきたのかも」
気を取り直したアクアが言う。けれど、時折視線をこちらへ向ける。
俺は見ないふりをしつつフロディアを待つ。近づいてきた時、改めて彼の姿を観察した。
まずは長身。そして何より顔がずいぶんと若々しい。皺一つない彫の深い顔は、二十代後半とか言っても通用する程。世代の差を考えれば年齢は四十前後と見積もることができるのだが、そうは見えない。
加えて木製の杖を右肩に担いでいる。格好から魔法使いであるとすぐに理解できるが、肩幅もあるため鎧を着てもさぞ似合うだろうと思った。
「アクアが草原で戦っているのに気付いたんだが……お、フィクハさん」
非常に明るく快活な声が俺達に届く。
「お久しぶりです」
フィクハが応じると、フロディアはニコニコとしたままで俺達に視線を移した。
「そちらは?」
「レンといいます」
「リミナと申します」
「レン君とリミナさん……ふむ、そうか」
と、彼は事情を把握したらしく頷いた。
「英雄シュウの関連でここを訪れた、と。で、アクアに少し見てもらって『新世代の壁』について教えてもらったところかな」
「……見てたんですか?」
質問すると、彼は首を左右に振った。
「容易に推測できることだよ。で、君達は――」
「フロディア、フロディア」
と、そこへ手をパタパタとやりつつアクアが近寄る。
「彼、英雄アレスの弟子らしいよ」
「……へえ」
彼は興味を示したようで、俺を注視――そして、腰にある剣を見て視線が止まった。
あ、気付かれた。
「……しかも、英雄リデスの剣を持っているのか」
「ええっ!?」
さらに驚くアクア。というか彼女は元闘士なのだから先に気付いても良かったと思う。
「あ、本当だ……」
「ふむ。技法習得については、それほどかからないかもしれないな。アレスの教えなら、基礎部分くらいはやっているだろうし」
「自覚ありませんけど」
「指摘されない限り気付くことはないからね。さて……」
彼は再度俺を見て、今度はリミナへ視線を送る。さらには交互に何度か見てから、口元に手を当てた。
「なるほどなるほど。大体わかった」
「わかった?」
聞き返すと……彼は小さく頷いて説明を始めた。
「まずレン君の方は白銀の魔力持ちだね。そしてポケットに入っているのは魔力を制御する道具かな? おそらく、リデスの剣を扱うのに四苦八苦しているから、その処置だね」
「え、あ、あの……」
「そしてリミナさんの方は後天的にドラゴンの力が入っているね。現時点でそれなりに制御できているようだけど、魔法を使うのは難しいといった感じかな」
……この人、本当は最初から見ていたんじゃないのか? いや、そうだとしても俺の魔力を白銀と断定することはできないか。これが、フロディアという英雄の力なのだろう。
「で、フィクハさんは以前とそれほど変わっていないけど、内に秘める魔力は太くなっているね」
「どうも……で、なぜ前に『新世代の壁』について教えなかったんですか?」
「壁があるって言われて良い気はしないだろ?」
その言葉にフィクハは押し黙る。図星なのだろう。
「うん、それなりに把握できたからアドバイスはできるよ。けれどその前に、三人とも」
さらにフロディアは俺達へ要求を行う。
「手を出して」
「え……こうですか?」
俺は右手を腹部の高さまで上げる。すると、彼の手が軽く触れた。
「うん、わかった」
……今の何がわかったのだろうか?
「はい、どうぞ」
フィクハは経験があるのか呼び掛けながら手を出す。それに触れた後、最後に出されたリミナの手に軽く触れ、
「よし、把握した。それじゃあ一度村に戻って話しあいと行こうか」
そう言った。本当かどうか疑わしくなる。
なんとなく、唯一事情を知っていそうなフィクハへ視線を送る。彼女はそれに気付き俺と目を合わせ、
「ま、こんな感じの人だから」
一言で片づけてしまった。俺としては、納得するほかない。
「では帰ろう」
フロディアはそう言い先導し始める。対する俺は多少戸惑いつつ、ゆっくりと村へと歩き始めた。