世代を隔てるモノ
と、いうわけで俺達は村の南にある草原へと移動した。
赴いた時気付いたのだが、草原の所々に地面をのぞかせる場所がある。中にはちょっと黒ずんでいる所もあり……まあ、なんとなくわかったので特に言及はしなかった。
「では、やりましょうか」
その一角に立ちアクアは告げる。村からそう遠くない場所だが、大丈夫なのだろうか。
「あの、結構村から近いですけど」
同じ懸念を抱いたリミナが問い掛ける。すると、
「村の皆は慣れているし大丈夫よ」
と、何でもないような感じで答えた。
慣れている……まあ、きっと彼女達がいるため俺達のような人物は数多く現れるのだろう。その中には当然挑戦者なんかもいたはずで……その度に草原で戦っていたのなら、慣れていても仕方ない。
とりあえず彼女が言うのだから良いのだと頭の中で納得。その時、アクアの手がリミナへ向けられた。
「じゃあ、あなたから」
「……え?」
指定されたリミナは驚き、手を大きく振る。
「あ、いえ、私は魔法使いなので」
「え? でも魔力の流れはどう見ても体術とかやっていそうな雰囲気だけど」
「え、あの……その、制御するために魔力を体中に流して慣れるべきと言われまして」
「誰に?」
首を傾げたアクアに、リミナは説明を加える。内容としては毒を受け、それを治したことによりドラゴンの血を得たこと――
「――と、いうわけでして」
「ほお、面白いわね」
最終的にアクアから出た感想がそれ。
「けど私はその辺の分析はできないし、ここはフロディアに任せましょう」
「はい、どうも」
「というわけで次の人。あなた」
今度は俺のことを指差す。いよいよか、と思いつつ俺は無言で彼女の正面に立つ。
「よろしくお願いします」
言いつつ、ゆっくりと剣を抜く。すると所作を見て、アクアは少しばかり感嘆の声を上げた。
「ふむ、結構筋がいいわね」
「……鞘から剣を抜いただけでわかるんですか?」
「動きじゃなくて、魔力の流れ。自覚しているかどうかわからないけれど、柄に手を掛けた瞬間から僅かに刀身へ魔力を込めている。それができるからこそ速やかに魔法を使用することができる……あなたはとても自然にできているから、よっぽど訓練したんでしょうね」
「はあ……どうも」
勇者レンの経験を彼女は褒めているようだ。
「ま、話はこれくらいにしましょう。始めましょうか」
アクアは言うと自然体となった。俺は剣を構え彼女を見据え……一つ、気になった。
「あの、アクアさん」
「何?」
「その格好で戦うんですか?」
――ちなみに、彼女は着替えたわけでもなくスカートも履いたまま。ついでに武器も持っていないのだが……暗器か、体術で戦うのだろう。
「ええ。本格的に戦うつもりではないし、これでいいわよ」
「……そうですか。では、やりましょう」
「ええ」
彼女が返答した直後――言いようも無い気配が、俺の周囲を取り巻き始めた。
魔力だと、心の中で認識する。見た目は一切変わっていないのだが、彼女の体は戦闘態勢に入ったと理解する。
「そちらから来る?」
アクアが問う。俺は小さく頷き――駆けた。
さらに剣に魔力を加え、横薙ぎを放つ。多少なりとも加減はしている。剣の力もあるし下手すると両断――そんな風に思ったためだ。
対するアクアは俺に微笑みさえ向けながら、左腕を盾として剣戟を防いだ。瞬間、動きが止まる。振り抜こうとしたが、微塵も動かない。
「今のが本気?」
問う彼女。俺は彼女と目を合わせながら、小さく首を振る。
「一度本気を出してみて。危なそうだったら回避するから」
そう言われ、俺は即座に後退。アクアは元の位置から変わっていない。攻撃による衝撃すら通用していないのがわかる。
ならば――俺は一気に魔力を加えた。瞬間、刀身から大気へ魔力が発露する。
「よし、どうぞ」
けれど、こちらの魔力を見てアクアは涼しい顔を変えないまま言う。余裕があるというわけか――思いながら今度は彼女目掛け縦に一閃。今度こそ本気。内心不安もあったが、闘技大会の覇者である彼女の胸を借り振り下ろした。
アクアはなおも表情を変えないまま、緩やかに左腕を顔の前に持ってきて――剣と腕が衝突。結果、彼女の腕は傷一つつかず、さらに動かなくなった。
「ふむ……魔力の流れが変ね」
しかも呟く余裕まである。俺はたまらず後退し、一度魔力を閉じ相手を観察し始める。
やはり、傷は生じていない。
「もしかして、右手首辺りに何か身に着けている?」
今度はそう質問が来た。図星だったので、俺は黙ったまま袖をまくりブレスレットを彼女へ見せる。
「なるほど、剣の力が強いみたいだからそれである程度制御しているのね……それじゃあ今度は、それ外してかかってきなさい」
言われて――俺は黙ったままブレスレットを外し、ポケットに入れた。
「今度は反撃するから、頑張って避けてね」
さらに指示。俺は心の中で了承するとまずは深呼吸をした。続いて魔力を刀身に込め――それを最大までもっていき、彼女へ間合いを詰めた。
半ば制御できていない剣を、アクアへ叩きつけるように放つ。しかし彼女は先ほどと同様、腕をかざし防御の構えをとっただけ。
内心、腕が両断されないか不安になった――が、爆発的な魔力がアクアへ振れた瞬間悟る。
無理だ――思った直後、またも動かなくなる。通用、していない。
「君は新世代の中ではかなりの腕前ね」
アクアの声。その指摘と同時に、彼女はこちらの剣を弾いた。
勢いがあったため、俺は呻きつつ後退。しかしアクアが今度は攻勢に出た。
そして放たれたのは右の拳。防いで大丈夫なのか――思いつつも、反射的に体が動いた。
初撃を剣で受け流す。恐ろしい程の強度があり、弾くようなことも一切できず身を捻って避けた。力は明らかに上――そう頭で理解した時、
二撃目に放たれた左の拳が腹部に直撃した。
「っ!?」
声を漏らしながら体が後方に吹っ飛ぶ。痛みは無い。これは彼女が加減したのか、それとも俺の結界で緩和したのか……考える間に、バランスを崩した。
「わ……っと!」
足をもたつかせた後、尻もちをつく。俺はすぐさま体勢を立て直そうとして、
目の前にアクアの手刀が突きつけられた。
「私の勝ちね」
――俺としては、ぐうの音も出なかった。
「うん、技量の程はかなりのものだと思う。武器の力と反応速度に頼り過ぎているところがあるけれど、すぐに修正できるはず」
アクアは手刀を引くと俺に解説を行う。こちらはそれを聞きながら立ち上がる。
「でも、一つ決定的に足らないモノがある」
そこでアクアは、はっきりと言った。俺は眉をひそめ聞き返す。
「足らないモノ……?」
「これはフィクハさんも同じだと思うけど」
アクアはそう前置きをして語り始めた。
「現世代と呼ばれる人はそれを『新世代の壁』と呼んでいる。現時点でその壁を越えた人は見たことないわね。魔物や悪魔、そして並みの戦士が相手であれば必要ない……けれど、英雄シュウと戦うためには今私がして見せたような技術が必要なの」
「その、強固な結界を?」
「この結界はそうした技術の一つなだけ」
それを聞いた瞬間、俺はあることを思い出す。争奪戦の時、ラキはセシルやグレンの剣を平然と受けていた。そして二人は新世代の人間。もしや――
「……英雄シュウの近くにいる人物で、去年の闘技大会覇者の攻撃を受けて平然としていた人間がいるのですが」
「覇者……セシル君かな? 彼もまた新世代の人間。ならばその人物は、間違いなく壁を越えている人のようね」
彼女の言葉で俺は確信する。ラキと戦うためには、是が非でもその壁を越えなければならないと。