攻略開始
そして翌日。俺達は準備を済ませ、いよいよ遺跡に入ることとなった。
時刻は早朝……なのだが、遺跡を調査する人達は全員入り込んでいるらしかった。決して悠長にしていたわけではないが、出遅れてしまったらしい。
「あ、入る前にいくつか話させてください」
見送りをするメストが、俺達に語りかける。
「遺跡内で探索する場合、二つの立場があります。一つは学者を指す『調査班』という立場。そしてもう一つが『攻略班』という方々で、勇者様達を現す言葉になります。学者らしき方々と出会った場合、攻略班を名乗れば下手に干渉はしてこないはずなので、その旨だけ理解しておいてください」
そこで彼は一拍置く。
「それと……私は今回後方支援なので遺跡内のことは知りません。入り込んでいる同国の学者も情報漏えいを危惧して話したがろうとしないので……その辺でお役にたつことができないのは、ご了承ください」
「はい、わかりました……あ、そういえば」
俺は、ギアからの事前情報を思い出す。
「遺跡内には、結界が張られているとの話ですが……」
「結界? ああ、確かにありましたね。現在は魔力を検証し大規模な術式で解除しています。おそらくどこも入り込めますよ。ただ、モンスターだけはいるのでご注意を」
「そうですか。ありがとうございます」
彼に礼を告げ、見送られながら遺跡へ近づく。
「さて、いよいよだな」
ギアが気合を入れ直すが如く発言する。俺やリミナは頷きつつ、遺跡へ足を踏み入れた。
最初目についたのは、通路天井に浮遊する明かり。電球のような光なので、間違いなく魔法だろう。
そして最初は一本道で、緩やかに下り坂。幅は大人が二人並んで歩ける程度。天井は俺が手を伸ばせば届くくらい。結構狭い。
「地下というのは、定番だよな」
ギアが言う。俺も遺跡と聞けば――特に魔族の残したという点から、地下迷宮をイメージしていた。それは見事に正解だったようだ。
それから俺達は無言で進む。先行した攻略班は奥へ行ってしまったのか、声すら聞こえない。
時間にして、およそ三分くらいで開けた場所に出た。そこはあのドラゴンの住処を連想させる無機質な灰色一色の空間。所々に置かれた明かりから部屋全体が見渡せる。天井はドーム状になっており、今までの道と比べてずいぶんと高い。
そして、広間の壁には一定間隔で奥へ繋がる通路がある。ぱっと見て、その数は二十を超える。
「これは、難儀だな」
俺は頭をかきながら言う。一つずつ調べる必要があるのか。
「他の人達はどう進んだのか……」
じっと見据える。そこでなんとなく通路を見回す。外れ道を示す印くらいあってもよさそうだが、それも無い。
「なあリミナ。印とかもないんだけど……」
「当然ですよ」
彼女は憮然とした面持ちで返答した。
「アーガスト王国とクルシェイド王国が競い合っているわけです。印なんかつけたら出し抜かれる恐れがありますから……メストさんが聞いていないという程なので、相当警戒しているでしょうし」
「あ、そっか」
そういう争いもあったんだ。となると、やはり一つ一つ調べ回るしかないのだろうか。
「けど、そんな悠長にしていたら絶対負けるよな」
俺は勇者グランドの姿を想像する。当たり前だが、彼らはクルシェイド王国の学者と手を組んでいる。何かしら情報を受け取り先へ進んでいるだろう。
「お、やる気になったな」
そんな折、ギアが俺に言う。
「さすがにあんな勇者達に負けるわけにはいかないもんな」
「そうだな……やる以上、競争にも勝ちたいな。けど、安全優先だからな?」
「わかっているさ」
ギアは答えると歩き出す。靴音が広間に響き渡る。
「とりあえず、広間を調べてみようぜ。何かあるかもしれないし」
彼は提案した。俺とリミナは賛同し、各々が行動し始める。
といってもやることといえば、それぞれの道を確認する程度。広間から覗き見て、続く通路がどのようなものなのかを見て回る。
「全て検証はしているようですね」
リミナの声が聞こえた。確かに彼女の言う通り、通路全てに明かりが灯されており、ここまでの探索は済んでいるらしい。
「で、問題はどの道を行くかだが……」
俺は言葉を零しつつ何度も通路を眺める。先ほどと同様狭い幅と低い天井。さらには必ず直角の角があり、先が見えない。
「リミナ、何か案はある?」
俺は近くを歩いていた彼女に問い掛ける。
「ヒントらしきものは何もないけど……」
「そうですね……魔力を探知してみましたが、怪しい箇所もありませんでしたし、候補と呼べる道もありませんね」
「となると、しらみつぶしかぁ……」
ちょっとだけ面倒臭さを感じつつ、ギアの意見を聞こうと首を回し、
「……ギア?」
壁に耳を当てている彼を発見した。
「何かあるのか?」
「……しっ」
俺の言葉に対し、彼は口元に人差し指を当てる。どうも、怪しい場所を見つけたみたいだ。
俺とリミナは一度顔を見合わせた後、ギアに歩み寄る。丁度近くまで到達した時、彼は壁から耳を離した。
「多分、ここで良いと思うんだが」
ギアは言いながら、コンコンと壁を叩く。
「こういう迷宮構造のダンジョンは、魔族だって近道を用意しているもんだ。で、それは基本隠し通路」
「やけに詳しいな」
「何度かこういう遺跡に入り込んで、痛い目あってるからな」
ギアはため息混じりに言う。どうやら経験則らしい。
「多分正解の道もあるはず……だが、それは侵入者用の経路。進むのも時間が掛かる上、モンスターも多いだろうし大変だ」
「隠し通路ならそれもないと?」
「断言はできないが……まあ、先に進んだ勇者一行より疲弊しないのは間違いないな」
そこでギアは壁に目をやった。
「耳を澄ませると、ここだけ空気の抜ける音がする。隠し通路というのは奥に空間がある以上、絶対そういう音が生じてしまうわけだ。学者さん達は気付いているかわからないが……」
「で、どこかにスイッチでもあると?」
尋ねると、ギアは頷いた。
「探してくれ」
――そういうわけで、俺達は壁を丹念に調べ始める。途中首を向けると、入口の通路から見て三時の位置だった。
「……うーん、ないな」
しばし時間を潰し、俺は呟く。ギアも同じらしく口元に手を当て考え込む。
「他の場所と音が違うから当たりだと思ったんだが……」
あきらめきれないのか壁を凝視するギア。俺は彼に合わせて壁を眺める。
ちなみにリミナは、下まで調べた後今度は杖で上を叩き始めた。周囲には彼女が発する杖の音だけが耳につく。
「どうする? ギア」
「……ここはおとなしく、一つずつ行くしかないか」
口惜しそうに、ギアが言う――その時だった。
リミナの杖がとある石に触れた直後、僅かにそれが押し込まれた。直後ガコン、という音が広間に反響し、目の前の壁に隙間が生まれる。
「あ……」
リミナが驚いた様子でこちらを見る。対する俺とギアは、呆然と隙間を注視した。
「……ビンゴ、だな」
「ああ」
俺の呟きにギアは同意。リミナは少しばかり壁と俺達を見回していたが、やがて小さく手で壁を示した。
「入り、ますか?」
「ああ」
俺が答え、壁に近づく。隙間は指が入る程度にはあり、それを利用して、引き戸のようにスライドさせた。
それほど抵抗なく、壁は移動する。中から現れたのは真っ暗な道。幅や高さは他の道と変わらない。しかし他とは異なりやや勾配のある坂。そして直角とは違うくねった通路。
「当たりだな」
ギアが断言。さらに明かりが無いため、ここはまだ進んでいないのがわかる。
「もしヤバそうだったら引き返そう……あと、扉は開けておこうぜ。後続が来るとなればこちらも気が楽だからな」
「そうだね」
俺は了承する。勇者には負けたくなかったが、さすがに出し抜くつもりでリスクを取るようなこともしたくない。
というわけで、新たな道を歩き始める。リミナが杖に明かりを生み出し、通路を下り始めた。