戦士と目的
入店してきた人物――それだけなら目を向ける理由など無いのだが、騒ぎにも関わらずスタスタとこちらへ近寄って来たので、気になった。
もしかして、男性の知り合い……? そんな風に思っていると対峙するフィクハ達の横に当該の人物がやってきた。
年齢は、二十代後半といったところか。フィクハに因縁をつけた男性と身長は同じくらいだが細身。そして腰まで届く黒髪とやや細めな瞳を持つ男性。腰に剣を差し、やや難しい顔をしている。
装備は、俺と似たような衣服。その上に白い外套を羽織っているのだが、かなり年季が入っており、外套の裾なんか結構ボロボロ。
そこまで確認した時、フィクハと男性が新たな人物に気付く。
「あ……」
「げ……」
フィクハは目を見開き、男性はまずい、という表情を示した。男性はともかくフィクハの反応が気になる。もしかして――
「カイン、どうも」
「……部下が騒動を巻き起こしているのに気付き来てみれば、君か。勇者フィクハ」
凛とした声音が俺の耳にも届く。やはり知り合いらしい。
「大方、ナンパでもされて突っかかったのだろう?」
「正解」
「君が引き起こす騒動というのは大体そうだからな。もう少し自重した方が良いと思うのだが」
「お尻触られそうになったのに、我慢しろと?」
「してねえよ! んなこと!」
男性からの抗議。けれど新たな人物――カインが目を向けると彼はビクリと体を震わせた。
「ナック。何をしていた?」
「い、いや……その……」
「彼女は確かに騒動を起こす傾向がある。しかし基本、振りかかった火の粉を払うようなケースしかない。お前が突っかかったのは事実だな?」
冷徹な視線が男性――ナックに注がれる。その時、俺は店内にいる人達が事の推移を見守るように注視していると気付く。
「嘘は厳罰だと言ってあるはずだな? 正直に話せ」
「……ナンパしてました」
すっかり酔いの冷めた顔でナックが応じる。すると、
「席に戻れ。追って処分は伝える」
――その言葉にナックは肩を落とし意気消沈という感じの顔を見せた後、小さく頷き席へ戻って行った。
残ったカインはまず周囲に目を向ける。注目を集めているのを把握すると、突然頭を下げた。
「おそらくご迷惑を掛けたことでしょう。申し訳ありません。今後、このようなことがないように致します」
はっきり告げると、酒場に沈黙が生まれる。動作自体非常に洗練されており……なんというか、こういう状況に対し相当場馴れしているように見えた。
「わ、わかったよ」
と、そこへ口を開いたのは酒場の主人。するとカインは頭を上げ「ありがとうございます」と告げた。
それにより、旅人が食事を再開し、ウエイトレスなども動き始めた。俺は視線を転じ騒いでいた面々を見ると、カインが来たせいか先ほどの喚声もなく雑談に興じていた。
「すまないな、関わらせてしまい」
最後にカインは俺達へ言う。なんだか頭を下げそうな雰囲気だったので俺は小さく首を振り、
「いえ、まあこちらはあまり気にしていませんから」
「私の一方的な勝利だったしね」
フィクハが最後に告げ、俺とリミナは苦笑する。対するカインもほのかに笑みを浮かべ……俺達のテーブルを指差した。
「勇者フィクハ。少し話しても?」
「いいよ。こっちもちょっとばかし話したいことあるし」
そう言ってフィクハは元の席へ座ると、隣の席へ手で示した。
まずはこちらが簡単に自己紹介をする。そして俺が名を告げるとカインから勇者かどうか確認され――頷く。
それに続いて、今度はフィクハの紹介が始まった。
「えっと、名前はカイン。銀の獅子団という戦士団を率いている人」
「適当な説明だな」
「他にどう説明しろと言うのよ」
肩をすくめるフィクハ。俺はそこでタメ口の彼女に疑問を感じた。
「フィクハ、結構親しい間柄なのか?」
「ん? 単に魔物の討伐とかで関わっただけだけど?」
「それにしてはずいぶん口調が……」
「私がそうしろと言っているのだ」
俺の言葉にカインが応じた。
「敬語等使われれば、私達が勇者達と同列か、それ以上という見方をされてしまう。国お抱えの勇者にそうした態度を取れば、権威を傷つけられたと難癖付けられ仕事をもらえなくなる可能性がある」
「戦士団の存在そのものを嫌っている人もいるからね。あんまり出しゃばらないようにしているわけ」
フィクハが付け加えるよう言う。なるほど。仕事を得るために低姿勢で活動することが必要というわけか。
「ま、それでもトラブルが絶えないわけだけど。さっきみたいに」
「血の気の多い者達だからな。今回は先に宿へ向かわせたことで失敗した。以後、気を付ける」
カインは頭を下げ……話を戻す。
「ただ勇者フィクハは、騎士や貴族の目が無ければ普段通り話せと言われている。だから今敬語は使っていない」
「こんな風体の人に敬語使われるの、不気味なのよ」
と、フィクハは肩をすくめて言う。俺は胸中で同意しつつ、一つ提言した。
「なら、俺に対しても普段の口調でいいですよ。というか、俺は認可勇者でもないですし気を遣う必要はありません」
「ならば私にも普通の口調で構わない」
「はい……じゃなくて、わかった」
というわけで自己紹介は終了。続いてはフィクハが質問した。
「で、一人で何をしに行っていたの?」
「アクア殿の下へ」
「アクア……修行ってこと?」
「そうだ。磨いた腕を試すには、彼女の戦うことが何より良い」
「……で、その人は誰?」
俺が質問。フィクハはこちらに視線を送り、
「フロディアさんの奥さん」
「奥さん……と、修行?」
「夫婦そろって化物みたいに強いのよ。アクアさんなんて、十年前くらいの統一闘技大会の優勝者だし」
――統一、ってことは今年行われる大規模な闘技大会の優勝者ということかな。なるほど、確かに強そうだ。
「今は引退して農村暮らしだけど、強さは健在だよ。私達が行ったら、誰か一人くらいは彼女に見てもらうかもしれない」
「そちらもアクア殿に用があるのか?」
「私達はフロディアさんメインだよ。武術じゃなくて魔法技術を中心にご教授賜ろうと思って」
「そうか……何かあるのか?」
「仕事でちょっと強くならないといけなくて」
そう返答するフィクハに――カインは、眉をひそめた。けれど質問はしない。
「そうか。色々と問題があるようだな」
「まったくよ。その中で、もし良ければ夫婦に協力を仰ごうかと思っているけど」
「両者とも現役を引退しているからな。どう転ぶかわからないぞ」
「そうなのよね……ちなみに、カインは何でアクアさんの所に? 強さに飢えていたイメージないけど?」
「戦士団同士で大規模な軍事演習があるからな。私が剣を取り戦う必要も出てくるだろうと思い、今回お願いした」
「……へえ」
と、フィクハは声を上げた。なぜそうしたのか確信している様子。
「その相手って、もしかして蒼月の戦士団?」
「お見通しか……正解だ」
「アクア世代、二大巨頭同士のぶつかり合いというわけね。カインは因縁あるし、修行するのも納得いくかな」
また新たな単語が出てきた……質問しようとした時、フィクハは俺に首を向けた。
「その辺りも説明しないとね」
「勇者レンは、そうしたことには無頓着なのか?」
カインの質問。う、これってもしかして一般常識だったのか?
「そういうことについて、勇者様は知識無く活動していたので」
すかさずリミナのフォロー。返答にカインは「そうか」と呟き、追及しなかった。
「それでは、フィクハさん。実を言うと私もよく知らないので聞いてみたいです」
「わかった。二人にわかるよう話すよ」
リミナの言葉にフィクハは応じ、俺達へ説明を始めた。




