酒場にて
「さて、いよいよフロディアさんに会うことになるわけだけど」
夕食時、目的地手前の宿屋兼酒場にて、料理を待つ間俺と対面に座るフィクハはそう発言した。
――決意した翌日から数日は旅の準備等に勤しみ、リミナの体力もドラゴンの血が入ったせいで大丈夫だろうと結論付け、俺達は出発した。フィベウス王国からは馬車を使うよう言い渡されたのだが、フィクハが固辞し徒歩となった。理由としてはフロディアの下へ行く際面倒になるかららしい。
「あの人はものを教える点に関してはズバ抜けていてね。実際会ってみればすぐにわかると思うけど、あっという間に結論を決めて、間違いなく私達に合わせた訓練メニューを伝えると思う」
「バラバラになると?」
「それはわからないけれど……そういうケースとなれば馬車を持っていること自体が負担になると思う。おまけに彼が住む場所の近くに、馬車を長期間停泊できる所も無いから」
と、いうわけで俺達は徒歩移動をなった。旅そのものは非常に順調で、一週間旅程も苦も無く消化することができた。
で、宿泊した酒場兼宿屋にいる……のだが、どうにもガラが悪い。いや、正確に言うならば一部の客が騒いでいるだけで、他の旅人なんかは辟易した様子で騒いでいるテーブルを眺めている。
そんな状況下で、フィクハは構わず俺達へ言う。
「もしかすると、戦い方の転換を迫られる可能性もある。その辺は二人とも覚悟しておくように」
「転換って、具体的には?」
「リミナなんかが顕著だけど」
と、フィクハは俺の右横にいるリミナへ視線を移す。ちなみにこの一週間の間で、両者の間に騒動が起きるようなこともなく、フィクハが呼びつけになるくらいには仲が良くなっている。
「ドラゴンの力を得たわけだから、接近戦なんかを要求されるかもしれない」
「不安しかないんですけど……」
声を漏らすリミナ。怖々とした様子を見せている。
「フロディアさんは一つのスタイルこだわらず、その人の潜在能力に合致したやり方を提供するからね。それで二人とも強くなれるのだと断定されれば、従うしかないでしょ?」
「俺は別にこだわるつもりはないからいいけど……」
こちらはフィクハにそう返答して、リミナへ視線を送る。
「問題はリミナだよな」
「そうね」
「……色々と、覚悟はしておきます」
リミナがそう呟いた途端――大きな喚声が上がった。目を向けると、酒場の端の方で固まった一団が目に入り、一人がビールをあおっていた。
元の世界で見たドラマか何かを思い出す。宴会で一気飲みを急かされるサラリーマン――ああしたノリはこちらの世界でも顕在のようだ。
「面倒よね、ああいう手合いって」
フィクハが頬杖をつきながら俺達に言う。
「たぶん戦士団の類でしょうけど……あれだけ多くいるということは、大規模な演習でもあるのかな」
「戦士団?」
首を傾げる俺。するとフィクハは手を振り「ごめん」と告げた。
「その辺の説明をしていなかったか……えっとね、わかりやすく言えば傭兵達の集まり。依頼に応じモンスター討伐なんかをするの」
「そういうのって国お抱えの騎士や兵士がやるんじゃないのか? 彼らだけでは戦力として不足ということ?」
「軍がいる首都や、駐屯地から遠い場所にある街や村が依頼するの。一個の街とかじゃ討伐できる戦力なんてないだろうから」
「そういうことか……ちなみに、強いのか?」
「勇者と同様ピンキリ。ま、どういう人達であれ暴れるのは変わらないかも」
そう言ってフィクハは店内を見回す。俺もなんとなく首を振り向け状況を確認。
よくよく見ると騒いでいる人達以外は迷惑そうに食事を続けていた。さらに酒場の主人らしき人物やウエイトレスの女性なんかも良い顔はしていない。
視線を戻す。フィクハもまた彼らと同様険悪な顔つきとなっている。それを見て俺は嫌な予感。即座に釘を刺す。
「あのさ、フィクハ。突っかかってトラブルだけは起こさないでくれよ」
「……別に首を突っ込む気はないよ。けれど、無理じゃない?」
「どうして?」
「だって――」
言いかけた時、リミナの座る席の横手に人がやってきた。
「おうおう、両手に華じゃねえか」
男性の声――そうきたか。これは厄介だと思いつつ相手を見た。
長身かつ肩幅も広く、なおかつガタイのいい角刈りの男性。イメージ的にはラグビーとかアメフトの選手を思い浮かべればいいだろうか……とにかく、座っていると見上げそうになるくらいの男性が顔を赤くして立っていた。酔っているのは間違いない。
「おい二人とも、俺達の席に来ないか? 楽しいぜ?」
そう言って彼はにこやかにリミナとフィクハへ言う。ナンパ、なんだろうな。きっと。
「悪いけど、断るわ」
すかさずフィクハが答えた。険悪な顔とセットで言ったものだから、俺としては不安になる。
「お、何だ? お前さんらはそっちの優男が好みってわけか?」
「好みかどうかは別として、ナンパしてくる奴と酔っている奴が大嫌いなだけ」
「手厳しいじゃねえか。まあそう言うなよ。仲良くしようぜ?」
と、男性は空いているフィクハの席へ座り込んだ。うーん、これは一悶着ありそうな気配だ。
「二人とも相当な美人だな。俺達の席へ行ったら最高級の歓待をするぜ」
「はいはい。私達は興味ないから」
なしのつぶて――なのだが、男性は引かない。むしろ好戦的な態度が気に入ったらしく、笑い声を上げた。
「まあ、そう言うなって――」
語りながら男性はフィクハの肩に手を回そうとした。しかし、彼女はそれを手でたたき落とすと、
「次やったらぶん殴るわよ」
「どうぞ。やれるもんなら」
そう言いつつ男性は再度手を回そうとして――フィクハがはたき、俺達が声を上げる間もなく反撃した。
体を捻り、右の拳を相手の顔面目掛け放つ。その時男性は酔っている状態ながら目で追っているのが俺にはわかった。そして体を傾け避けようとした。しかし、
フィクハの拳の方が圧倒的に速く、彼の額に直撃した。
「がっ――!」
瞬間、彼は椅子ごと吹っ飛ぶ。といっても精々数メートル程度で、他の客に被害が及ぶことは無い。
「ああ、面倒くさい」
そして、フィクハは立ち上がり倒れた男に――ちょっと待て!
「ストップ! やめろって!」
俺も合わせて立ち上がり声を放つ。しかし、
「……ずいぶん舐めた真似してくれるじゃないか」
男性の方が怒った。あ、やばい。
「こうなったら容赦しないぜ」
「本気で来ようが結果は変わらないよ。惨めな思いをしたくなければ、やめときなよ」
そう告げた瞬間――騒ぎ立てていた人間達がこちらに気付く。そこで男性が立ち上がり、フィクハへ怒りを込めた笑みを向ける。
「俺が勝ったら好きにさせてもらうぜ」
「あんたが勝つなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないよ」
完全に火に油。これはいよいよまずいと思い制止しようとした。けれど男性の仲間達が近づき始め、二の足を踏む。
ここで仲裁に入っても間違いなく逆効果――そんな風に考え逡巡した時、店の扉が開くのを視界に捉えた。