一つの疑問と一つの手掛かり
夕食後、フィクハの宣告通り荷物を色々と調べるべく俺の使っている部屋へと入り、確認開始。ただ荷物を広げるだけの行為なので、時間としては十分もかからない。
「……面白みがないわね」
「何を期待していたんだよ」
フィクハの言葉にそう返しつつ、俺はベッドの上に置かれた荷物を見回す。肌着とか下着とかその辺の着替えと、多少の道具。ちなみに今着ている青い衣服はたまに洗っていたりするのだが、魔力が備わっているためかあんまり汚れが付着しなかったりする。この世界なりの抗菌作用があるのかもしれない。
あとは魔法の道具……なのだが、リミナからアミュレットと、野宿する時とかに使う発火系統の魔石――これは、リミナに使い方を教えてもらった――くらいだ。
「そういえば、これ」
と、俺はリミナからもらったアミュレットを手に取る。
「フィクハ、以前リミナから魔力を強化する道具をもらったんだけど……」
「まだ着けるべきじゃないよ。まずはリデスの剣の力を上手く使いこなし、そのブレスレットを外さないと」
「だよな……」
ブレスレットを眺めながら告げるフィクハに、俺は小さく頷いた。
「わかった……で、特に目新しい物はないだろ?」
「そうだね。あ、ちなみにこの薬草は?」
「傷の治療とかに持っているんだけど……何度か買い替えたりはしているよ」
「なるほど。で、使うことは無かったと」
「そうだな。怪我をした時治癒魔法を使える人とかいたし」
「そう……」
フィクハはじっと荷物を見据えつつ、相槌を打った。
「こうして見た所、やっぱりヒントになりそうな物はないね」
「だろ? とすると勇者レンのことを知っている人に巡り合うしか方法はないのかな……」
呟きつつため息を零す。英雄アレスのことについては明瞭な情報を得られたが、勇者レンについてはあまり進展がない。わかっているのは英雄アレスの弟子であったことと、ラキという友人がいることだけ。
「今、俺のいた世界にいるんだよな。夢で見ているとしたら、出てきて欲しんだけど……」
「その辺りは祈るしかないね。一番の手掛かりは英雄アレスの弟子であったということかな。フロディアさんを始め、英雄の人達なら何か知っているかも――」
そこまで告げた時、フィクハは唐突に言葉を止めた。
「ん、どうした?」
「……ねえ、レン」
やや沈黙を置いて、彼女は尋ねる。
「勇者の証を取るために、英雄ザンウィスの試練を受けたんだよね?」
「え? ああ、そうだけど」
「で、そこには英雄アレスが使っていた剣の鞘があった」
「そうだ。今は俺のストレージカードに入っている」
「そうすると、剣の本体ってどこにあるの?」
――その質問に、俺はしばし考え返答。
「英雄ザンウィスの所を訪ねた時既に剣は持っていなかったらしいし、『聖域』を訪れた旅では持参していなかったんじゃないかな」
「とすると、やっぱり英雄アレスの住んでいた場所に?」
「かもしれないし、そうでないかもしれない」
「探してみると面白いかもしれないね」
「確かに……余裕があれば調べることにしよう」
また一つ結論を出して、俺は荷物を見回す。とりあえず、こんなものか。
「じゃあ荷物をしまうよ」
「了解……と、待った」
ふいに、フィクハは俺を手で制する。
「どうした?」
「まだザックを調べていない」
「ザック……?」
「ほら、よくあるじゃない。実はザックの中に隠しポケットが……」
「確認したけど、それらしい物はないよ」
言いながら俺はザックを手に取り彼女へ渡した。
「俺の素姓を調べるのと、英雄アレスについて調べるのと、どっちが早いだろうな」
「さあね」
呟きながらフィクハはじっとザックの中を確認する。ちなみに構造はシンプルで中にポケット一つない。
「……ふむ」
「別に何もないだろ?」
食い入るように見つめるフィクハに対し俺は言うと、荷物をまとめ始めた。
「結構きっちり入っていたから入れ込むのが面倒そうだな――」
「待った」
彼女が言う。視線を送るとザックの底を確認していた。
「どうした?」
「色合いは同じだけど、布地が違う」
言いながら彼女はザックに手を突っ込みゴソゴソし始める。
「やっぱり……レン、底に何か入ってる」
「底?」
「ザックの底が中と外で布地が違う。で、感触を確かめたら何か入っている。二重底みたいな構造で隠してあるんだと思う」
彼女は俺にザックを差し出す。受け取り試しに底の部分を触ってみると……確かに、何か硬い物が入っていた。
「布を切ろう」
「了解。じゃあ私の短剣……は、リミナさんにへし折られたんだったか」
「果物ナイフとかでも切れるはずだ」
俺はテーブルに上に置いてあったナイフを手に取り、ザックの底に当てた。
「レン。一部分を切って中身を取り出そう。あ、怪我とかしないように」
「わかっている」
アドバイスを受けつつ俺は作業を始める。ナイフにより底の部分が切れ――やがて、ザック本来の底が姿を現し、
「……これは?」
目的の物が見え、取り出した。
金色の鎖を持ったペンダントだった。そして鎖と繋がっているのは横に長い長方形の――
「あ、ロケットじゃない」
フィクハが答えを発した。言う通り、金細工かつ蓋のついたロケットペンダントだった。
「英雄絡みだとしたら、真絵が入っていてもおかしくないかな」
「……真絵?」
「特殊な道具と高価な魔石を使って、映像を保存するの。魔石が壊れない限り再現が可能で、そのロケットみたいに小さな物にでも絵を入れることができる。道具が高価な上、使用する魔法も結構特殊だから、開発して十年経った現在もまだまだ貴重なのだけど」
……用語は違うが、写真と同義の物だろう。俺は「わかった」と答えた後蓋を開けた。そこには彼女の言葉通り真絵――写真が入っており、
「結構前みたいだな」
俺を含む四人の姿が映っていた。
勇者レン自身顔立ちが幼く身長も低い。元の世界で例えると、中学生手前といったところだろうか。そして写真の内、俺から見て一番右端に勇者レンは立っていた。
一瞥して次に目を引いたのは反対側の左端。一目見てわかった。ラキだ。子供っぽい無邪気な笑顔を湛えており、何度か遭遇した彼とは違う一面を示している。
「これは結構重要な手掛かりね」
フィクハが隣から覗き見るようにして言う。俺は深く頷くと今度は中央の人物達を観察した。
片方は金髪の男性。彼だけ大人であり、精悍な顔つきをしているのが写真でもわかる。衣服は街の人が着るようなものだが、腰のベルトに剣を差している。その鞘は緑色をしており、
「彼が、英雄アレスか」
言ったと同時、ペンダントを握る手に力が入った。
さらに観察は続く。最後の一人は女性。彼女だけ唯一椅子に座っており、金髪かつ白いワンピース型のドレスを着てこちらに微笑みかけていた。
金髪と、中央に陣取っているのを見て、俺は彼女に対しても断定的に呟いた。
「彼女が……英雄アレスの娘か」
「の、ようね」
横にいるフィクハが同意する。その辺りは彼女に色々と説明した時話していたので、驚いている様子はない。
「彼女に関して色々調べた方がよさそうね」
「だろうな。けど、名前くらいわからないと――」
返答しようとした時、ノックの音が舞い込んだ。
「……はい?」
俺が応じると扉が開き、
「お休みの所すいません。帰ってきました」
言葉と共にリミナが姿を現した。