能力検証
「――げほっ、げほっ」
俺は立っていた場所から全力で退避しながらせき込む。視界は土煙で染まっており、右も左もわからない。
「おーい、レン!」
そこへフィクハの声が響く。彼女は俺より遠くから観察していたせいで、難なく退避できたのだろう。
俺は耳を澄ませその声を頼りに走る。さらにどこからかリミナの声が聞こえたが――無視して進み、土煙の中を突破した。
真正面にフィクハが立っているのを確認。続いて目が痛くなった。塵か何かが目に入ったらしく、涙が出る。
「大丈夫?」
見かねたフィクハが問う。俺は「どうにか」と答えた後彼女の隣へと歩み寄り、振り返った。
「だからもっと距離取っておくべきだって言ったのに」
「……予想以上だったんだよ」
呻きつつ前方を見つめる。そこには身長の十倍以上の高さで土煙が舞い上がり、風によって右から左に流れ視界を覆い尽くしていた。
「これ、王妃やルーティさん大丈夫かな?」
「リミナの近くにいたから土煙に巻き込まれてはいないだろ」
そうコメントしつつ、俺はゆっくりと息をついた。
――俺達はルーティに案内され街の郊外にある演習場へと赴いた。まずは物の試しとリミナに魔法を使わせ、どのくらい力が上がったかを確認して……目の前の惨状がある。
「しかし、すごい光景だな……最強の魔法とかではなかったはずだが」
出た涙を拭いつつ呟くと、フィクハが律儀に答えた。
「発動直後、魔力が相当拡散していた。その辺の要因もあるね」
「すぐに制御できるのか? これ」
「さあ?」
肩をすくめるフィクハ。彼女の答えを聞くと心底不安になる。
やがて、煙が晴れてくる。地面は魔法の余波か表層部分が抉れ、魔法を放ったリミナが目の前の惨状に両手を突き出したまま固まっていた。
そして王妃は横に立ち地面を見つめ、その後方にいるルーティはリミナを観察していた。
「……リミナさんが杖を使っていたのは、魔法の威力を増加させるためだよ」
ふいに、フィクハが話し出す。いきなり何を言い出すのか。
「私の目から見て、リミナさんは技術的にはいい線いっていると思う。そして使っていた杖は魔法の威力を底上げし、強化する類の物だった。魔力量としては多くないみたいだったし、それを補う意味があったんだと思う」
「魔力量が少ない、か……」
「うん。魔法使いとしては中の上、といったところかな。魔法の威力をさらに底上げすれば、もっと評価は上がったかもしれない」
そうコメントしたところで、王妃がこちらに手を振り始めた。俺とフィクハは一度目を合わせ……彼女達へ歩み寄っていく。
「個人的には、シュウさんと戦うには頼もしいと思うけど」
「……だとしても、制御できなきゃ話にならないだろうな」
フィクハの呟きに俺は応じ――リミナ達の近くへやって来た。
「勇者様、大丈夫でしたか?」
まずリミナから確認の問い。俺が土煙に巻き込まれたが故の質問だろう。
「大丈夫だよ。怪我は無い」
「そう、ですか……あの、それで」
リミナは言いつつ王妃に首を向ける。
当の彼女は、困った顔をしていた。なんとなく次の言葉が予想できる。
「いやあ……これは、大変そう」
「でしょうね」
俺は心の底から同意する。
「王妃から見たものとして、予想以上だったんですか?」
「そうね。私の血が混じったとしても大したことないかなと思っていたんだけど、今の魔法を見て想定外の力が生まれている」
「となると、やはり魔法の道具で制御を?」
問い掛けると、王妃は「そうね」と同意しつつ、
「けれどそれでは足りないでしょうね……もう一押し必要かも」
言って、彼女はリミナを見据えた。
「魔法制御のレベルも上げる必要があるわね。力の扱い方を伝授することはできるけれど、魔法の制御については私はわからない……だから別で紹介してあげるわ」
「別で、ですか……どなたですか?」
リミナが問うと、王妃は微笑み語った。
「名前だけは聞いたことがあるはず……魔王との戦いの折、一国を救った稀代の魔法使いフロディアよ」
「……うおお、そう来たか」
と、フィクハが途端に声を漏らした。俺はそれに眉をひそめ反応する。
「どうした?」
「いや、その……実は私もその人の所に行こうと思っていたんだけど」
「あら、そうなの」
王妃は少し驚いた様子で、口元に手を当てる。
「シュウ様の関係かしら?」
「はい。フロディアさんはシュウさんの屋敷に出入りした実績もありますから、事情を話せば協力してくれるはずです」
「なるほど。図らずも目的地が一緒になってしまったわね」
「ま、わかりやすくていいな」
俺は頭をかきつつフィクハへコメントした。
「そういうことなら話が早い。次の目的地はひとまず英雄フロディアのいる所だな」
「レンはいいの? 言ったら行くだけそっちの修業が遅れるけれど」
「レン様も、参考になることが多いかもしれないわ」
と、今度は王妃の言葉。顔を向けると、なおも笑みを浮かべる彼女と目が合った。
「彼は体の内に流れる魔力を精密に見通すことができる。その能力により的確なアドバイスをもらい、今よりも魔法能力が向上するかもしれない」
「なるほど……確かに剣の技量だけではなく魔法の力も上げるべきでしょう。良いかもしれないですね」
「そうね……ところで、話を戻すけれど」
王妃はそこで一点を指差した。方向は俺達の真正面。やや遠くに巨大な岩が一つ。
「リミナさん。今度はあの場所に向かって魔法を放ってもらってもいいかしら?」
「え、あ、はい。けれど、何のために……?」
「あなたの全力を見てみたくて。リミナさんも把握しておいた方がいいでしょう? 限界を知らなければどのレベルで制御できるかもわからないし」
「わかりました」
「で、どんな魔法を使うの?」
「……不死鳥を象った炎を生み出すものが」
それは、リミナが過去を語った時に出てきた魔法だ。王妃は「それでいいわ」と呟き、
「では、やってみてもらえない?」
「は、はい」
ちょっとリミナは動揺しつつも、詠唱に入る。
「離れた方がいいのかな」
「さっきみたいに横じゃなくて、背後に入れば安全でしょ。移動しよう」
フィクハが言い、俺達はリミナの背後に回り――
周囲に、空恐ろしいくらいの魔力が生まれた。
「え……?」
無意識の内に背筋がピンととなり、思わず声を出してしまう。フィクハも同じようで顔を強張らせリミナを凝視。王妃の背後にいるルーティも口を真一文字に結び緊張し始める。
けれど王妃だけはニコニコとしており、なんだか不気味にも思え、そして――
「不死鳥よ――我が力と化し敵を滅せ!」
リミナの魔法が発動した。直後、前方に言葉通り翼を広げた大きな鳥が生まれ――
凄まじい魔力が大気に満ち、自然と半歩退いた。同時に熱波がこちらに届き、不死鳥は猛然と岩へ向かい、
直撃した瞬間、周囲が茜色に染まった。
爆発直後炎が円柱上に渦を巻き、空へと昇る。さらに炎は岩の周辺すら飲み込み、息をするのも嫌になる程の熱風が襲ってくる。
「攻城魔法ね、これじゃあ」
隣にいるフィクハの呟きが聞こえた。確かに、見た目はモンスターや人に撃つようなものじゃない。戦争か何かで敵を押し潰すような魔法――
やがて魔法が収まる。岩は影も形も見当たらず、周囲の地面は黒ずんでいた。
「やはり、大変そうですね」
最後に、そんな言葉が王妃からやって来る。俺は彼女を一瞥した後、リミナへ顔を移した。
後姿しか見えないので顔は見えないが……両手をだらりと下げ呆然としているのだけはしかと理解できた。