力の発現
……無言となる中、パラパラとリミナが潰したことによる木の破片がシーツに落ちる。
俺は目が点になった。リミナは両手で杖を握りしめていたのだが、握っていた場所で杖が砕け三分割になった。
「……は? え?」
リミナは何が起こったのか理解できないようで、砕けた杖を見下ろしていたのだが――
「え、ええっ!?」
事態を察した時、大声を上げた。
「な、何ですかこれ!? 一体何が――」
「ちょっと待てリミナ。怪我は?」
俺もまた我に返り質問。破片とかで手を傷つけていないか確認。
「え、あ……大丈夫、ですけど……これは、あの」
「リミナさん、一つもらうよ」
リミナに対しフィクハはひどく冷静に、三分割になった杖の内一つを手に取った。
「……うーん、これジュミアの木?」
「え、あ、はい……そうです」
「……レン」
答えを聞いた後、フィクハは俺に折れた杖を渡す。
「ちょっと握りつぶしてみて」
言われ、最初は戸惑ったのだが……俺は小さく頷いた後、杖を握りしめて力を込めてみた。が、壊れることはない。
「駄目だな。だとするとリミナの時は一体……」
「ジュミアの木っていうのは魔力が備わった強力な素材。で、それを加工して作られた物なら、人が力を入れただけでは壊れない。考えられるのは一つしかない」
と、フィクハは困った顔をして言った。
「間違いなく、ドラゴンの力」
「……私、何もしていませんよ? 偶然壊れたとかでは……」
呆然と砕けた杖を見て呟くリミナ。するとフィクハは自身のベッドへ足を向ける。
そして置いてあった荷物を手に取り、鞘に入った短剣を取りだした。
「はい」
言ってそれを放り投げ、リミナはどうにかキャッチする。
「リミナさん、試しにそれへし折ってみて」
「……はい?」
さすがのリミナも驚く。けれどフィクハは真剣に、
「いいから。試しにそれを折り曲げてみて」
「は、はあ。わかりました」
言われるがままリミナは短剣の柄と鞘の部分を手に持って、力を入れた。
――次の瞬間、気持ちの良いくらい乾いた金属音が響いた。見ると、刀身の根元の部分から真っ二つ。
「……え゛」
「うん、間違いない。ドラゴンの力のせいだ」
リミナの驚愕の声と、フィクハの確信を伴った呟き。
「私達には感じられないけど、ドラゴンの力が無意識の内に働いているみたい」
「え、でも食事とかしていて、別にフォークが折れたりとかは」
「力を入れると、って言ったでしょ? 日常生活する分には大丈夫みたいだけど、旅をするとなると厄介ねぇ」
そうコメントした瞬間――リミナの表情が固まった。
「まだ寝ていた方がいいですか?」
「いやあ、そういうものじゃないと思うよ。リミナさんが体の内に入り込んだ魔力を制御しないといけない……しかも、無意識の内に」
「俺の時より大変そうだな」
頬をかきつつ俺は呟く。途端にリミナはがっくりと肩を落とし、
「……対策としては、何がありますか?」
「うーん、そうだね。まずは薬を作るためにもらった血の所持者を探さないと。そのドラゴンから話を聞いて、どうすればいいかアドバイスをもらうくらいかな」
「そのドラゴンというのは?」
「誰かは私も詳しく知らないけど……レンは?」
「俺も知らないよ。その辺りから調べないといけないな」
「誰が知っているんだろうね……どちらにせよ城に行かないと」
「そうしよう……で、今から行くのか?」
確認を取ると、フィクハは頷いた。
「城にいるオルバンさんに渡す物もあったしね。明日にしようと思っていたけど、丁度いいし準備する」
「わかった。あ、リミナ。事情は訊いてくるから――」
「私も行きます」
と、彼女は手を上げて表明した。
「自分のことですし、行きます」
「体調はいいのか?」
「動いていれば眠気も晴れます。落ちた体力も戻さないといけませんし」
「……わかった。それじゃあ二人とも準備してくれ。俺は玄関先で待つことにするよ――」
それから俺達は馬車で移動を開始。ちなみに御者はフィクハ。
隣にはリミナ。久しぶりに白いローブに袖を通しており、見た目は元の状況に戻りつつある。
「もし解決できなかったらどうする?」
俺は向かい合って座るリミナに問い掛ける。
「俺の時だって結構大変だったし……アドバイスを受けたからといってすぐに解決できるかどうか」
「一番不安なのは制御面ですね」
こちらの言葉にリミナは口元に手を当てながら答える。
「特に魔法の制御……勇者様の時と異なり、私の場合は外部から異なる力を取り込んでいます。私の制御レベルでその力を扱うことはできないでしょう」
「検証してみないといけないな……そうだ。明かりの魔法とか使って、出力調整できるかやってみたらどう?」
「あ、そうですね」
そう言って、リミナは口の中で詠唱し、
「――光よ」
手をかざし、明かりの魔法を使った。
瞬間、視界が全て白に染まる――って、
「うおおっ!?」
凄まじい光が車内を包む。俺は反射的に目を瞑り腕を顔にかざした。
「す、すいません!」
と、リミナはすぐさま魔法を解除した。まぶたの裏で光が途切れるのを感じると、俺はゆっくりと目を開ける。
「……びっくりした。目が潰れるかと思った」
「私も使っておいてなんですが……同じく」
「目がチカチカする……今の、制御できたのか?」
「いえ、まったく」
思った以上に重症……俺の時と同じく難儀しそうな気配。
「リミナ……ブレスレット、貸そうか?」
「それで解決するかどうかわかりませんし、そもそも勇者様だってまだ必要なのですよね? なら私は私でどうにかします」
「必要なら魔法の道具を買うことも考えよう」
「いえ、そこまでしていただかなくても結構です」
首を振る彼女。強い口調だったので俺は口をつぐんだ。
その反応に気付いたリミナは、小さく頭を下げる。
「すいません。その、選択肢の一つには加えておきます」
そう答え話が途切れる――同時に、俺は車内で二人きりなことに気付く。これは、色々と話をするチャンスかもしれない。
「……リミナ」
「はい」
名を呼ぶと、彼女は即座に応じた。
「なんでしょうか」
言われて、俺は少なからず緊張した。きっと――従士を続けて欲しいと言えば「はい」と答えてくれるだろう。けれどそれが絶対ではない。だからつい、両の拳を握りしめてしまう。
「……あのさ」
「はい」
「……改めて言うけれど、俺と――」
言いかけた所で、ガタンと車内が揺れた。それだけならよかったのだが、思わず床に手をついてしまう程の揺れで、言葉が止まる。
「ごめーん」
そして外からフィクハの声。俺はすかさず彼女に声を掛けた。
「どうした?」
「結構大きいくぼみに車輪をとられたみたい」
返答はそれだけ。けれど理由としては十分で俺は「わかった」と応じ、
話の腰を折られたことに気付いた。
「勇者様?」
小首を傾げリミナが問う。対する俺は話すタイミングというか勢いを失ってしまった。
「ああ……えっと」
どう返答しようか迷い――最終的に、ここで話すのをやめることにした。
「また夜にでも話すよ」
「わかりました」
リミナはすぐさま応じる。気にする様子も無かった。
俺は内心安堵しつつ、視線を御者台へ向け、天幕をそっと開けて外を見る。城が結構近づいてた。
「もうすぐ到着だから」
フィクハが言う。俺は「わかった」と答え、ふと城を眺めた。
既に平穏を取り戻している城は勇壮な様を見せており、太陽の光によって輝いているようにも見えた。