遺跡到達
結局、遺跡に辿り着いたのは夜になってからだった。夕方くらいに街道を逸れ、森の中に入りしばらくすると開けた場所に出て、かがり火の焚かれたキャンプが姿を現した。
「やっと着いたか」
ギアが言葉を漏らす。俺も多少疲れを見せながら頷いた。ヘトヘトというわけではないのだが、いつ到着するかわからないという心理的な疲労が溜まっていた。
横を見るとリミナも少しばかり疲れた色を見せている。俺が「大丈夫か?」と声を掛けると、彼女は小さく頷いた。
「さて、夜になった以上どこかで休みたいが」
その間にギアが言う。見ると彼は周囲を見回していた。
「その場所が、果たしてあるのか?」
俺は疑問に答えられず、ただ前方に広がる光景を眺めた。
俺達のいる場所から真正面に、石か何かで作られた遺跡の入口らしきものがある。その周辺には青いローブを着込んでいる男性達がうろうろしていた。彼らがきっと学者なのだろう。
時折、遺跡入口から学者が戻ってくる。彼らの姿はやはり青いローブ――いや、その中に白いローブが混ざっている。遺跡周辺に目を凝らすと、白いローブと青いローブの人達が会話をしている姿もある――なおかつ、どうも険悪な雰囲気。
その時俺の観察に気付いたか、リミナが声を発した。
「青いローブの人達が、アーガスト王国の学者さんですね」
「そうか」
となるともう一方がクルシェイド王国の面々か。俺は遺跡周辺から視線を外し、今度は左右を確認する。遺跡から見て直線方向は道として機能し、その左右にかがり火と火の粉を避けるように茶色のテントがいくつも張られている。こちらも学者が出たり入ったりと、せせこましい。
「お、あいつらもいるな」
そんな時、ギアが嫌な響きを持たせ告げた。彼の目線――遺跡横手に位置する場所に、他よりもちょっと高級そうな白いテント。その入口付近に勇者グランドがいた。彼の周りには学者が幾人もおり、彼らはなんだか興奮している様子。
「国の勇者ということで少しばかり優遇されているんだろ。で、学者も有名人のように扱うと……なんか、むかつくな」
ギアが感想を述べる。俺はふと、勇者の証を持っていればああした歓待を受けたのだろうかと考える。きっとその通りだと思うのだが、他の人から見ればギアのような印象を持つのは想像に難くない。
目立つのは避けたい身なので、やはり持つべきじゃないだろう。
「で、レン。どうするんだ?」
ギアが問う。俺は答えが出せずなおも見回す。
よくよく見ると、テントからは剣を背負った傭兵らしき人物も出入りしている。おそらく学者のテントで寝泊まりしているのだろう。
「適当に頼むしかなさそうだな」
結論付けると、ギアは「そうだな」と仕方なしに言う。リミナもまた同様だ。
「じゃあまず、学者さんにどうすればいいか訊いてみよう」
俺は二人へ告げつつ行動しようとした――のだが、
「ん?」
正面に、こっちを注視する学者が一人。まだ若く、年齢は俺なんかと同じくらいだろうか。
「……あの人は」
するとリミナが神妙に呟く。
「見覚えがあるのか?」
「はい。ラジェインで請けた二つ目の仕事……その依頼主です」
俺の問いに彼女が答えた時、学者が手を振った。俺達は互いに顔を見合わせ、とりあえずそちらへ行こうと目で決する。
「あなた方も参加したんですね」
近づくと学者から声がした。青いローブ姿かつ、黒い縁の眼鏡を掛けた黒髪の男性。彼は俺達に微笑みつつ、さらに続ける。
「寝泊まりの場所をお探しでしょう? ご案内しますよ」
「いいんですか?」
俺が問うと、彼はしっかり首肯した。
「助けて頂いたお礼のようなものです」
答え、彼は手でテントを示す。
「丁度夕食の準備をしようとしていたのです。皆さんの分も合わせてお作りします――」
学者が夕食の準備をする間、リミナから彼に関する詳細を聞く。
名前はメスト。アーガスト学院の研究者で、年齢は二十五らしい。とてもそうは見えなかったのだが、童顔らしく前の仕事でも気にしていたとのこと。触れない方がいいだろう。
俺が請けた仕事はとある湖の水質調査――の護衛。研究のため調べる必要があったのだが、周辺にモンスターが出るとのことで俺とリミナで付き添っていたらしい。調査は数日に渡り、幾度となく彼を俺達が助けたとのこと。
なるほど、だからこそ俺達を見つけテントに案内した。しかし――
「……記憶喪失、ですか」
結果、彼に事情を話すことになってしまった。まあ、やむなしか。
俺達はシチューの入った鍋を囲みながら話をしている。きっと寂しい夕食になるだろうと高をくくっていた俺にとっては、非常にありがたかった。
「体に異常はないのですか?」
食べながら、正面に座るメストが問う。
「はい。どこか痛いとか、そういうのもありません」
「そうですか……何かお役にたてれば良いのですが」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
俺は首を振りつつ返答する。
「で、勇者という立場の俺としては実戦できちんと戦えるようにしたい……そういう目論見で、遺跡調査の依頼を請けました」
「なるほど……ただ、手ごわいモンスターもいるようなので、注意をお願いします」
「わかっています。無理をするつもりはないから大丈夫」
俺は答えた後、シチューを食べ終える。空になった皿を下に置くと、今度は調査で気になった点を尋ねた。
「メストさん。あの白いローブの人達は、クルシェイド王国の人ですよね?」
「ご存知でしたか」
「道中、勇者パーティーと出会って」
その言葉にメストは顔をしかめる。
「夕方前に来たグランド一行ですね」
「その表情だと、好ましく思っていないようですね」
「クルシェイド王国の人達は大歓迎でしょう。しかしこちらとしては相手を増長させる効果しか生まないので、心象はよくありません」
うん、その回答はもっともだ。加えてあの高圧的な態度――彼がどれほど知っているかわからないが、どちらにせよ否定的な見解しか持たないだろう。
「私個人としては、レンさんに陣頭指揮をお願いしたいのですが……」
と、希望を告げられるが、俺は即座に否定した。
「記憶を失った人間がやれば、ボロが出ます」
「それもそうですね……」
「それと、あまり目立つような行動はしたくありません。そこは留意しておいてください」
この辺だけ言い含めておけば多分問題ないだろう……メストも「わかりました」と了承した。
「メストさん。私達は明日からどのようにすれば?」
次にリミナが問い掛ける。
「明日から遺跡に入りますが、注意点は?」
「入口付近にたむろしている人達を優先して入れてあげれば、後は大丈夫でしょう」
「わかりました。それと、今日はどこで休めば?」
「ここで構いませんよ。不服であれば別にテントを用意しますが」
「いえ、ここでお願いします」
リミナの返事にメストは静かに頷いた。
その後食事を終え片付けに入る。疲労もあるので寝るだけだなと思っていると、外から陽気な声が聞こえてきた。
「どっかの馬鹿が騒いでいるな」
ギアが言う。俺は苦笑しつつ、横を見る。同じような表情のリミナは、声に対し推察を述べた。
「勇者一行が着たことで、クルシェイド王国の方々が戦勝祝いでもしているのでは?」
「まだ始まってもいないのに?」
「そんなものですよ。ああいう人が来れば」
もしかすると、見慣れた光景なのかもしれない。俺は「そうかもしれないな」と同意すると、グランドの顔を浮かべ辟易した。
遺跡内で出会う覚悟だけはしておこう――そんな風に考えながら、夜は更けていった。