定まる進路
改めて事実に気付いた後、俺達は沈黙の中屋敷に辿り着く。見た目は無事だが、中を確認するまでは安心できない。
「大丈夫だと思うけど……」
呟きつつ俺が先行して扉をくぐると、玄関先にはオルバンがいた。
「オルバンさん」
「戻ってきましたか……ひとまず終わったんですか? 城からの音もだいぶ前から途切れていましたが」
「後は残党の処理だけということになって、ルーティさんから戻るよう言われたんです」
俺が答えると、オルバンは納得したのか頷いた。
「わかりました。それと『聖域』に関することはリミナさんに伝えてあります……そちらは?」
「こっちも把握していますよ」
オルバンの言葉にセシルは頷く。
「そうですか。では今後の方針を協議するため、作戦会議といきましょう」
「はい」
俺が返事をした後、移動する。リミナ達のいる部屋に入ると、全員集合していた。
「おかえり」
窓際で外を見るフィクハが告げる。俺は「ただいま」と返答した後、部屋を見回した。
リミナはベッドで上体を起こしており、俺と目が合うと小さく会釈をした。そしてマーシャは椅子に座っているが、エルネはフィクハのベッドで眠っていた。
「ひとまず、何事も無かったみたいだな」
話を向けるとフィクハは「ええ」と答えた。
「断続的に城から音が聞こえるだけだったよ。それで、二人は無事に帰って来たんだし、ひとまず一件落着なんでしょ?」
「だな……それと、いくつか判明した事実もある」
「お、じゃあ作戦会議がてら情報共有ね」
彼女は言うと窓から視線を外し、壁にもたれかかった。
「それで、判明したことって?」
さらに尋ねる。俺は口を開こうとして――マーシャがいるため言葉が止まったのだが、
「マーシャさんには事情を伝えてあります」
横に来たオルバンが言った。それに対し俺は多少ながら驚く。
「伝えた?」
「昨日、英雄シュウと食事をした折、会話を聞いていた上、アークシェイドの刻印なんかをめざとく見つけたようなんです。そこから指摘され、私達も話すしかなく」
「口外はしませんから」
と、マーシャは俺に告げた。ふむ、そういうことか。
「……わかりました。それと、今から話すことも他言無用で。まあ、その片方の一端は明日にでもわかると思いますけど」
そう前置きして、俺は話し始めた。内容はナダク大臣のことと、英雄リデスについて。マーシャはナダク大臣についていたく驚いた様子。そしてリミナ達は英雄リデスのことについて驚いた様子だった。
「……ここに来て、衝撃的な事実ばかりが判明するね」
俺が話し終えた時、沈鬱な面持ちでフィクハが口を開いた。
「個人的には英雄アレスと首謀者のことだけでお腹いっぱいだったんだけど……」
「英雄シュウの弟子として、殺したかの見解はどう?」
セシルが問うと、フィクハは片眉を吊り上げた。
「うーん……短剣を見せつけ、なおかつセシルさんにはわかるかもしれない、という雰囲気を見せていた以上、何かしらあったのは事実でしょうね。まあレン君達の結論通り、殺害している可能性が高いのは確かだね」
「とすると、現存する英雄はシュウさんだけとなったわけか」
「しかも、敵になっている」
俺の言葉にフィクハは律義に返答する。そして大きくため息をつき、
「さすがにここまでわかった以上、話さないわけにはいかないね。王様達と協議して、今後の方針を決定することにしようよ」
「シュウさんのことも話すのか?」
「アークシェイドの刻印について話せば、わかってくれると思う。公表するかどうかは……私は、やめておいたほうが良いという意見に一票」
「同じく」
セシルが手を上げる。オルバンも頷き、リミナやマーシャも同意見のようだった。
「……その辺も、王様達と協議だな」
俺は疲れた声でまとめると、話題を転換した。
「で、フィクハ。リミナの体調は?」
「ひとまず順調に回復している。毒も完璧に抑えきっているから、数日中には旅もできるようになるよ」
「そっか……ひとまず、目先の課題は全部終えたな」
「代わりにとんでもない課題がやってきたけどね」
フィクハは苦笑しながら言う。俺はそれにはっきり頷いた。
「今回の依頼を達成したことで、俺は立場上フリーになった。で、シュウさんを追うべく動こうかと思うんだけど……」
「私としては非常にありがたいし、こちらから頭を下げるくらいなのだけど……一つ、懸念があるのよね」
「懸念?」
聞き返すと、フィクハは難しい顔をした。
「フィベウスの王様達に報告すれば……シュウさんのことを公にしなくとも、何かしら対策の部隊は編成されると思うの。で、きっと私やオルバンさんはそれに協力する形となる」
「そうだな。で、俺やセシルも……」
「一番の問題はそこ」
と、彼女は俺に右人差し指を突き付けながら言った。
「もし彼らと戦うことになった場合……勝てるかどうかわからない。悪魔を生み出し続けられる技術を保有している以上、兵力だって強化できるし……今回はどうにかできたけど、シュウさんだって対策はするはず。国の精鋭を集めて倒せるかどうか……」
「それに加え、英雄シュウを始めとした一個人の力が加わると」
フィクハの後にセシルが続く。
「レン、あの一派と交戦経験のある僕の意見だけど、いざ戦うとなると危ないのは間違いない。今回だって彼らと直接戦ったわけでもないのに苦戦した。さらに僕は剣まで駄目になったし」
「剣?」
フィクハが聞き返すと、セシルは腰にある双剣を抜いた。片方は砕け、もう片方は半身から先が無い。
「ほら」
「……なるほど。強化は急務みたいだね」
「そうは言っても、何か手があるのか?」
ここで俺が意見。各々の顔を一瞥した後、話し始める。
「戦力だって、英雄シュウやそれに近い人物と肩を並べる力量が必要……そんな即戦力、見つかるか?」
「候補はいるけど、実際動くかどうかは別問題だね」
セシルが答えた。それに対し俺は候補、という言葉に反応する。
「候補はいるのか?」
「ああ。具体的に言うと、魔王軍と戦った英雄もしくは、その弟子」
「そういう人に協力を仰ぐということか」
「そんな戦力になるかな?」
フィクハが首を傾げ言う。
「セシルさんだってその英雄の弟子じゃない」
「ん、そうなのか?」
俺は興味を抱き話を振ると、セシルはフィクハを見ながらこちらへ返す。
「あれ、知ってたか……ま、少なくともフィベウス王国の騎士より強いのは保証するよ。何せ、僕よりは強いから……」
「で、その英雄って誰なんだ?」
突っ込んだ質問をしてみる。。するとセシルは肩をすくめた。
「ナーゲンという名前だよ。知っている?」
その名前はリミナから聞いたことがある。へえ、セシルはその人物の弟子だったのか。
「名前は聞いたことがある」
「そう。現状一番の候補だね。で、僕ら自身も強くなる必要があるな。相手の目的上、修行するくらい余裕があるかはわからないけど……その辺りの調査はフィクハさん達に任せよう。僕やレンがやれることは、戦力を集めることと、強くなることだ」
「確かにそうだな」
同意の言葉を投げた――直後、セシルがニンマリと笑った。
「じゃあ今度の目的地はベルファトラスということで。師匠はそこにいるから」
「……その人がいるなら、行くしかないか」
渋々といった心情で同意すると……沈黙が生じた。結論が出たことによるものだ。
視線を巡らせる。セシルはどこか楽しげ。フィクハとオルバンは硬い表情。そしてマーシャは心配そうな顔。
最後にリミナへ目を向ける。そこには俺を信頼し、絶対に大丈夫だという確固たる表情をした姿があった。