思い出されたもう一つの事実
俺達がイザンと戦っている間に騎士達は態勢は整えたらしく、以後はルーティ達が魔方陣をどんどん破壊していった。
俺とセシルはひたすら悪魔を倒すことに終始する。ちなみにセシルは別所で手に入れた長剣一本で戦っているのだが、二刀流じゃなくても相当強かった。
「はあ、君との戦いは当分お預けだな」
途中でそんなことを言ったりもする。愛用の剣が破壊されたからとかそんな理由だと思うのだが、コメントに俺はため息をついた。
「いつ戦うって約束したっけ?」
「え? 前村で別れた時約束したじゃないか」
「……お前、ドサクサに紛れてあることないこと語ろうとしているな?」
「あ、バレた? 混乱してる今ならそうだったな、とか言ってくれそうな気がして」
「……さっきの雰囲気がぶち壊しだよ」
結局目の前の闘士は変わらないなと思いつつ……俺は、イザンのことを頭に思い浮かべた。
「闘士には、イザンのように力を追い求める人は多数いるんだろ?」
「ん? 確かにそうだね。けど、悪魔の力を手に入れてまでというのは、そうそういないんじゃないかな」
「セシルは違うのか?」
「強くなろうと思って鍛錬は欠かしていないよ。普通は僕みたいな人が多くて、イザンは例外……」
と、そこまで言って彼はあごに手をやった。
「……とも、言えないかな」
「闘士をなんとかした方が良い気がしてくるな……」
「確かに英雄が薦める力である以上、鵜呑みにしてしまう人がいるかもしれないね」
セシルは歎息しつつ応じ……その時、前方から悪魔が一体出現。
「あ、僕に任せてくれ」
セシルは言うと先行。悪魔は吠え右手に提げる長剣を振りかざしたが、セシルが一瞬で間合いを詰め横薙ぎ。あっさりと消滅する。
「もう残党の処理という感じだね。レン、僕らは引き上げても良いかもしれない」
「そうだな……まずはルーティさんに報告して――」
言い掛けた時、ルーティが目の前を通り過ぎた。
「噂をすれば、だな」
「よし。おーい、ルーティさん!」
セシルが呼び掛けると、彼女は気付き首を振り向ける。
「あ、お二方!」
「現状、どうなっていますか?」
さらに彼が大声で質問すると、彼女は近寄ってくる。ちなみに一人で魔法使いなども伴っていない。
「現在、魔方陣は全て破壊を終えました。後は悪魔の討滅だけで、それも時間の問題です」
「私達はどうすれば?」
「最早あなた方に頼る必要もないですね。それに主犯者も倒れた状況……安全も確保されたと言っていいですし、戻ってもらって構いません。折を見て、報告のため来訪してもらうことになりますが」
「それは構いませんよ」
俺が応じると、ルーティは「お願いします」と告げ、離れて行った。
姿が見えなくなるまで見送った後、セシルは俺に提案した。
「さて、事件も終わりを迎えたようだし、帰ろうか」
「……ずいぶんと、あっさりとした終わり方だな」
感想を漏らすと、セシルは苦笑した。
「尾を引かずにさっさと終わってくれるに限るよ」
「それもそうか」
同意し、俺達は城を出るべく移動を始めた。
「で、『聖域』に手掛かりはあったの?」
セシルが問う。世間話でもする口調だったのだが、こちらは口が重くなる。
「まあ、な」
「あまり良い結果じゃなかったみたいだね」
「……そうだな」
そこで俺は、『聖域』で見たことを簡単に話した。シュウに関わることであるため、いずれセシルの耳に入るし、さっさと伝えた方が良いという判断だったのだが――
「……そう」
内容を聞いたセシルはひどく疲れた声で言った。
「英雄アレスが……それは確定でいいんだよね?」
「昨日シュウさんが訪れたことが答えだと思うよ……あの人は、どこか楽しげだった。嫌味なくらいに」
「……改めて思うけど、面倒な性格だね」
「そうだな」
同意し、俺は話を続ける。
「この件はさすがに報告せざるを得ない……英雄シュウがやったことを話すかどうかは、王様達と協議する必要があるけど」
「そうだな……僕はやめておいた方がいいと思うけど」
「混乱を呼ぶから?」
「まさしく。それに状況証拠が揃っているとはいえ相手は英雄だ。彼は濡れ衣を着せられた、と主張する人も出てくるだろう」
「……そうだな」
英雄――多くの支持者を持つ彼は、本当に厄介だ。
「落とし所としては、英雄アレスの死は公表し、『聖域』に眠っていた何かを誰かが奪い取った……その犯人を見つけるべく動く、とかそんな感じじゃないかな」
「それなら俺達が動く口実になるな」
「そういえば、レンは英雄シュウを追うことで確定なのかい?」
「あの人が英雄アレスを殺したなら、止めないといけないだろ」
俺の意見に、セシルはどこか納得した表情を示した。
「……そっか。そうだね」
「セシルはどうするんだ?」
「僕はアークシェイドの残党を追えと言われているだけだからね。ま、英雄シュウと協力せよとも言われているし、彼を探すことについての理由はある。問題ないよ」
「時間が掛かるし、闘技大会に出られないかもしれないぞ?」
「その辺は調整するんじゃないかな。ま、時期が来たら何かしら方向性は出ると思う。今考えることじゃない」
肩をすくめて返答するセシル。その顔は戦いとは異なる疲れが出ているように思えた。
「しかし、英雄アレスが……闘技場で若かりし姿の絵を見たことがあるから、親近感が湧いてなんだか悲しくなるな」
「絵? 闘技場に?」
「うん。英雄リデスは闘士として少しばかり戦った経験もあったから、そのよしみで飾ってあるんだ。話によると、すごく似ているらしいよ」
「へえ……一度見に行きたいな」
「是非来てよ。案内するから」
「……その代わりに闘技大会に出ろとか言わないよな?」
「え? 出るのは確定じゃないの?」
「おい」
言った直後、セシルは笑う。その時ようやく城門を抜け、橋を渡り始めた。
「そんな意固地にならなくてもいいじゃないか」
「何でもかんでも戦いに直結しようとする相手が目の前にいるから、一歩退いてしまうんだよ」
「ひどい言い草だなぁ。言っておくけど僕は善意で――」
と、そこまで言った時、セシルは言葉を切り立ち止まった。
「ん? どうした?」
態度に訝しみつつ問う。念の為気配を確認。周囲に悪魔はいない。ついでに声も聞こえない。
「……絵だ」
セシルは深刻な顔つきと共に、掠れた声で呟いた。
「レン、昨日英雄シュウは短剣を差し出しアークシェイドの刻印を示したよね?」
「ああ、そうだな……あれもよく考えたら、英雄アレスの所持していた物だったのかも――」
「違う」
ぴしゃりと、セシルは俺の言葉を否定する。声音は、ひどく確信を伴っている。
「思い出した……英雄シュウは僕が闘士だから……あの絵を見ていたと思ったから、僕の顔色を窺ったんだろう」
「一体、何を……」
ここに至り俺も不安になる。セシルは何を知っているというのか――
「あの短剣。絵の中で、英雄リデスが腰に差していた物だった」
「……え?」
聞き返しながら――頭で理解し、肌が粟立った。
「まさ、か……」
呟きながら、俺はセシルと目を合わせ一つの結論を導き出す。
――英雄シュウが、英雄リデスまでも殺したという結論を。