闘士の終焉
俺とイザンの剣が衝突し、金属音が周囲にこだまする。剣が噛み合った瞬間相当な力で押し返されようとしたため、すかさず後退。その間にセシルが間合いを詰める。
彼は先端が残る右の剣で刺突を決める。イザンの攻撃をかいくぐりしかと胸に当てたが――騎士の魔力を吸収したことにより強固になったか、ほんの少し先端が刺さっただけだった。
「この上なく厄介だな――!」
セシルが叫んだ直後、イザンから横薙ぎが来る。彼はがそれを屈みこんでかわすと、反撃。今度は連撃だが、刺突すら通用しない以上効き目はない。
周りの目からは無駄なあがきと映ったかもしれない攻撃――だが、イザンを僅かに怯ませることに成功した。
それはこちらが仕掛けるには十分な時間となる。
俺は意識を集中させると共に、相手の間合いに踏み込む。渦を巻きまとまっていない魔力の強度と相手の力を考慮し、斬撃を放った。
イザンは左腕を盾にして俺に差し向けた。執拗にセシルが猛攻を仕掛けているため防御することにしたようだが――
剣と腕が触れた瞬間、こちらの剣が僅かに腕へ食い込む。するとイザンは虚ろな目を俺へと向けられた。
一瞬の戸惑い――その間にセシルの刺突が胸へと決まり少し怯み隙ができる。俺はそれを見逃さず、剣を振り抜いた。
さらに深く食い込んだ。このまま両断できるかと思った時、イザンは勢いよく剣を弾いた。こちらは後退せざるを得なかったが、間髪入れずにセシルが再度剣戟を放つ。
それによりまたも動きが鈍るイザン。俺は体勢を立て直すと即座に攻撃へ転じた。もし手刀が来たら先ほど以上の力を入れ――そういう目論見を抱きつつ。
けれどイザンは後退。俺とセシルから距離を置こうとしたのだが……セシルは追いすがった。
なおも通用しない剣を繰り出すと、イザンの目がセシルへ移る。そればかりかセシルの剣を左手刀で弾きつつ右手を掲げ、まだ渦の残る剣が彼へ向け振り下ろされる。
「――レン!」
セシルは俺に声を放った。決めにかかるという合図だろうと察し――俺は、剣に魔力を集めた。
収束量はかなり多く、もし相手の剣を受ければ吹き飛ばされてしまうかもしれないレベル――しかし、セシルの言葉に応じるべく、そうした。
イザンが縦に振り下ろす。それをセシルは外側に避けたが、剣劇は地面に触れようとした寸前、方向転換し横からの一撃に変貌する。
セシルはそれを読んでいたか右の剣で受け流しつつ体を傾け避ける。先ほどのように刃が両断されることはない。弾き飛ばされず、なおかつ剣が破壊されないレベルで魔力を収束させており、見事にイザンの攻撃に対処していた。
けれど猛攻は続く。俺が迫ろうとしている中、イザンは体をセシルへ向け手刀を放った。
「さすがに苛立ったようだね――!」
セシルは叫ぶと同時に手刀を切り払ったが、攻撃は止まず剣と手刀の連撃が彼に迫る。
俺は大丈夫かと不安になったが、セシルはどうにか捌き切る。しかし右手の剣にヒビが入り、もう後がないと心の中で理解した。
だから俺はさらに魔力を結集させ一撃で決めるつもりで剣を掲げた。縦に両断する大振りの一撃。さっきまでならこんな攻撃できはしなかったが、セシルに集中していたイザンには大きな隙ができていたため、実行できた。
その時になってイザンは俺の魔力量に気付き体を向けようとして――こちらは攻撃態勢を整えた。
イザンは盾代わりに左腕を引き戻そうとした。しかし、意識から外したセシルの刺突が左肘に入り、大きく跳ねた。
同時にセシルの剣がもたなくなり剣が崩れ、そして――
「いけ! レン!」
彼はとどめとばかりにイザンの右腕を左の剣で弾き、叫んだ。
「――おおおっ!」
彼に応えるべく、剣を振り下ろす。最早後先は考えなかった。これで最後のつもりで腕全体と剣に魔力を結集させ斬撃を放ち――防御する手立てを失ったイザンの体へ、しかと入った。
瞬間、魔力収束の余波か衝撃波が周囲を包み、イザンの体が僅かに浮き後方に飛ばされた……けれどすぐさま地面に足を着け、こちらを見据える。
縦に大きな裂傷をつけた彼は、動きが止まる。傷口は出血せずただひたすらに漆黒が広がっているだけ。
出血など見た目でわかるような結果は出ていないが……効いているのは間違いない。実際魔力が大きく減少しているのがわかり、やがて――
ピシリ、と音がした。注視すると彼の右腕にある剣にヒビが入り始めていた。
「これで、終わりだね」
セシルが淡々と呟く。それに呼応するように少しずつ漆黒の体にヒビが入り始める。
イザンは相変わらず虚ろな目をしている。けれど瞳は動いており、その視線がセシルへ向けられた――
「一つ訊きたい」
そこで、セシルが質問した。
「イザン、本当にこれで良かったのか? そんな無茶な力を手に入れて、暴走して……良かったのか?」
彼は何も語らない。しかし、少しずつ瞳に光が戻り始める。
「鍛錬すれば、僕を超えられたかもしれない。なぜそんな急進的に力を求めた?」
「……憑りつかれていた、としか言いようがないな」
イザンはどこか達観するような顔つきで応じた。声音も先ほどまでの悪魔のそれとは異なる、純粋な彼自身のものに変化している。
「闘技大会の後、お前を殺すことだけをひたすら考えていた……そして力を手にするには魔の力に接近した方が良いと断じ、今に至った。それだけのことだ」
「本当にそれで良かったのか?」
「お前を殺すことができれば、滅びようがどうでも良かった」
――結局、目標を達成できなかった以上彼にとっては最悪の終焉、といったところだろうか。
「……セシル、一足先に冥界に行っておくぞ。そこで今度こそお前を潰す」
「あいにく僕は天国に行くつもりだから、再会はできないよ」
「ふん、言ってくれるな。お前ごときが神に認められると思うなよ」
皮肉気にイザンが笑う――どこか会話を楽しむような雰囲気で、素顔の一端なのだろうと察することができた。
俺達に見せた最後の一面……考えると同時に、彼の体が手先から光となって消え始める。
「死体が残らんだけ、お前達にとっては楽だな」
「できれば悪魔になったプロセスとか知りたいから、死体として残ってもらいたいんだけど」
「残念だったな」
セシルの声にイザンは愉快そうに応じ……その姿が、完全に消えた。
残ったのは張りつめた空気と、静寂――瞬間、どこからか悪魔の声が聞こえ、まだ戦いが終わっていないことをしかと理解させられる。
視線を周囲に転じると、ルーティが周りにいた騎士達に指示を出し始めていた。彼女は視線に気付いたかこちらに目を向け、小さく一礼した後悪魔を倒すべく移動を始めた。
「……さて、大きな障害は越えた。レン、残りの悪魔を倒そう」
そこでセシルは言い、イザンの立っていた場所に背を向け歩き始めた。
「ただ悪いけど、武器はどこかで調達するよ。それまではレンに任せた」
「ああ……わかった」
俺は頷き、足を動かす。今だに生まれている悪魔の声に耳を傾けながら、ふと一度だけイザンの立っていた場所を振り返った。
彼という存在は影も形も見当たらない。彼が改めて悪魔――いや、魔人となったのを頭で理解しながら、こんな処置を施したであろう相手のことを思う。
イザンは最後まで話はしなかった、けれど、シュウ達で確定だろう。
「……シュウさん」
呟き、やはり彼は魔に染まっているのだと深く認識し……セシルの後を追うべく歩み始めた。