迫る真実
ツリス政務官の部屋へ向かう途中、幾度となく悪魔と交戦した。とはいえ廊下は魔法の光による照明が灯り視界の確保が容易な上、俺やセシルの剣によってほぼ一撃で倒すことができているので、現状は問題なく済んでいる。しかし――
「進むごとに数が多くなってないか?」
俺は斧を持った悪魔を倒した後、ふいに呟く。進行方向にはさらに悪魔が見え隠れしており、これから助けに行く相手が無事か不安になる。
「確かに、この辺りに出現ポイントがあるのかもしれない」
対するセシルの返答はずいぶん落ち着いたもの。
「ただ、僕らにとっては雑魚みたいなものだし、大丈夫さ」
「……突発的に強い奴がでなければいいが」
俺が返答した時、前方の悪魔がこちらに気付いた。
「来るぞ」
「ああ」
俺の呼び掛けにセシルは応じ、交戦する。悪魔の数は全部で三体。全て大剣を持っている。
悪魔の内一体が先陣を斬る。雄叫びと共に横一文字に剣戟を繰り出し、俺達二人を一気に打ち倒そうとした。
対する俺達は後退し避けた。そしてセシルは体勢を整え跳ぶように駆けると、一気に接近し双剣を薙いだ。それにより相手は消滅の末路を迎える。残りの二体はそれに反応し吠え、セシルへ襲い掛かった。
こちらの行動は、セシルが悪魔の剣を避ける間に俺が横手から仕掛ける。すると一体が反応を示し、刃を盾にして防御の構えをとった。
俺は魔力を込めつつ防御する悪魔へ剣戟を放つ。剣同士が噛み合い――結果、悪魔の剣が切断された。
その勢いのまま体へも一撃が入り、悪魔は消滅。残る一体もセシルが倒し、静寂が訪れた。
「では、先へ――」
ルーティが発した時、進行方向から駆け足が聞こえてきた。
注視すると、騎士数人が赤い包囲を着込んだ男性を囲んでいる姿が。
「……あれ、もしかして」
「ええ、ツリス政務官です」
俺の呟きにルーティは律義に答え――彼らが間近までやって来る。その中で騎士の一人がルーティに気付き、声を上げた。
「騎士ルーティ」
「はい。ムジアに聞かされ政務官の救出に向かおうとしたのですが、一歩遅かったようですね」
「騎士ルーティ。横にいるのは誰だ?」
芯の通ったツリスの声が彼女に向く。ルーティは彼と目を合わせ、
「勇者レン殿と、闘士セシル殿です」
「……そうか。例の依頼絡みか?」
「はい」
「わかった……現在ナダク防衛大臣だけは城に残っている。彼の救出をお願いしよう」
「承りました。彼はまだ自室に?」
「おそらく。ドアには鍵が掛かって入れないらしいのだが……」
「わかりました。直ちに急行します」
ルーティは一礼し走り出す。俺とセシルも彼らに会釈をした後、ルーティの後を追い始めた。
けれど、すぐさま悪魔の群れと衝突する。今度は四体。
「本当に数だけは多いな……!」
セシルは面倒そうに言い放つと、ルーティより前に出て悪魔へ迫る。俺も彼女の横をすり抜け武装する悪魔を見据えた。
同時に交戦が始まる……しかし敵ではなく、俺とセシルが二体ずつ綺麗に瞬殺した。
そこで廊下の先を確認する。T字路となっており、悪魔の声らしき音が耳に入る。
「ルーティさん、どっちですか?」
「右です!」
ルーティの指示に、俺とセシルは互いに目を合わせた後駆け出した。同時に進むべき右側の廊下から悪魔が出現する。
キリがない……が、ここでイラついてはいけない。俺は気を引き締め直し、魔力を剣に込め悪魔へと向かった――
ナダクの部屋に辿り着いたのは、それから十分程度経過した時だった。距離としてはさほどでもなかったのだが、際限なく現れる悪魔に足止めを食らった形となる。
「すぐ倒せるとはいえ、これだけ出てきたら厄介だな……」
セシルが愚痴のような言葉を零す間に、ルーティがドアノブに手を掛ける。
「やはり鍵が掛かっていますね……」
ルーティは呟きと、ドアを大きくノックした。
「ナダク防衛大臣! 参りました!」
中へ伝わるように叫んだが……反応は無い。彼女は再度ノックをしたが、結果は同じ。
「……嫌な予感がしますね。蹴破りましょう」
「いいんですか?」
「非常時ですから」
俺の質問にルーティが答え――直後、セシルが足を上げた。
「ここは私に」
彼は告げたと同時に蹴りを放ち、一発で扉が吹き飛んだ。ついでに蹴りを入れた場所に大きな穴が空く。正直やりすぎじゃないかと思いつつ、部屋を見回す。まず明かりはついている。加えて――
「……っ!?」
扉の奥に血痕を見てとり、そちらへ視線を送った。そして、
「ナダク……大臣……?」
ルーティは呟き、すぐさま彼に駆け寄った。
俺は彼を見ながら入室する。内装はシックで、柄のついた物が見当たらないような部屋。その中でナダクは執務机に備えられた椅子に腰かけ、首元と周囲には血が飛び散っていた。
一目見てわかる。喉を剣か何かで刺され殺されている。
「殺された、というわけか……」
セシルがナダクを見ながら言う。ルーティは彼に傍に駆け寄り脈などを確認するが……すぐに、小さく首を振った。
「既に、事切れています」
「この戦いの犠牲者というわけですね……しかし、なぜ敵は……」
俺が疑問を投げかけようとした時、ルーティの視線が机の上に向かった。血が付着する中で、数枚紙切れがあるのに目を留めたようだ。
「これは……」
ルーティは慎重にそれを手に取ると、文面に目を通し、
「……レンさん、セシルさん」
俺達へ呼び掛けた。
「私は気配探知などが苦手でして……この部屋のどこかに、魔力の塊があるのを発見できるでしょうか?」
唐突な質問。セシルは訝しげな視線を彼女に送ったが……俺は反射的に魔力探知に意識を集中させた。
それにより、テラスへ続く大きなガラス窓の前に魔力があるのを認識する。今度はそちらを重点的に探知し、円形……おそらく、魔法陣のようなものがあると推測する。
「テラスの前に、魔法陣らしきものが」
「……やはり、そうですか」
ルーティが確信を持って言うと、今度はセシルが質問を行う。
「その書類には、何が?」
「端的に言えば――」
彼女は再度書面に目をやった後、俺達へ告げた。
「英雄シュウとの密約に関する書状です」
シュウ――その言葉を聞いた瞬間、俺は物言わぬナダクと魔法陣を交互に見た。
「これにはイザン殿に関する事項が記載されています。彼には特殊な事情があり転移魔法を掛けている。もし身の危険があったならばこの部屋に送還する旨と、ナダク大臣の部下を必要ならば見捨てるという誓約……」
「つまり……一連の事件の首謀者は、ナダク大臣だったということか?」
俺は彼女の話を聞きながら漠然と考える。城を初めて訪れた時彼は出迎えた。もしかすると、それは俺達の様子を窺うためのものだったのかもしれない。
「なるほど、ね」
そしてセシルは納得の表情を浮かべ、右手に握る剣の柄頭で頭をかいた。
「イザンはレン達に敗北し、ここに転移させられたのだろう。そして何やらいざこざがあって大臣は殺され、悪魔が現れた……彼はきっと、レン達に復讐をするために悪魔を使って城を襲ったのかもしれない。邪魔なナダクを殺して」
「それには、もう一つ情報があります」
そこへルーティの言葉。目を向けると深刻な顔をした彼女がいた。
「さらに密約がありました。文面を確認すると、悪魔を生み出す魔法陣はナダク大臣が仕込んでいたようです。そして……」
ルーティは一拍置き、俺達へ告げた。
「どうやら、悪魔を使って王達を殺害する計画を練っていたようです――」