新たな勇者と目立とうとしない理由
一番前に立つ人物が勇者と思しき男性。腰に剣を差して白銀の胸当てを着込み、腕を組んで金髪を風に揺らしている。彼は、俺に険しい顔を見せていた。
「お前も、遺跡調査に行く人間か?」
やや高圧的に問い掛けられる。沈黙すると輪を掛けて厄介になる――そう思い即座に頷いた。
「そうか。なら一つ警告をしておいてやろう」
変わらない口調のまま彼は告げる。ああ、なんとなくわかった。きっと先に話していた人達も、同じような口上を受けたのだろう。
「私の名はグランド。クルシェイド王国から称号を賜った勇者だ」
初めに自己紹介。やはり他国――ギアの言葉通り隣国の人間が来ているらしい。
「お前達は遺跡の宝目当てで赴くつもりなのだろう? 申し訳ないがそうした品を持ち帰るようなことはできない。徒労に終わるため、ここで引き返すべきだと言っておく」
「あなた達が調査に入るから、ですか?」
内心のめんどくささを押し殺し、丁寧に尋ねてみる。すると勇者グランドは然りと頷いた。
「理解が早くて助かる」
満足そうに言う。なるほど、これは先に話していた一団が怒っても仕方が無い。俺はそういうものだと解釈し、別段腹も立たなかったが、
「ですが、同意するわけにはいきません」
さすがに言いなりになるのも癪だったので、そう答えた。俺の言葉に、グランドは眉をひそめる。
「ほう、聞き分けは悪いようだな」
「一応、依頼ですから」
言いつつ、下手に出ることにする。これ以上刺激を与えるべきではないだろう。
「確かに勇者様が出るとなれば、出番はないかもしれませんが……仕事なので引き返せば、信用がなくなります」
「ふむ、そういうことか。とはいえ、力量があるわけではなさそうだ。場合によっては、死ぬぞ?」
片眉を吊り上げグランドが言う。俺は苦笑を示すも、返答はしない。
その間に、しばし彼らを観察する。グランドの奥には男女が一名ずつ。男性はギアと劣らぬ身長と、彼以上の横幅を持つ戦士風の人物。背中に戦斧らしき武器を背負っているのと、全身を鎧で固めているのが特徴。
もう一方の女性は青いローブを着た。黒髪ロングの女性。年齢はぱっと見て俺やリミナよりも上。笑みを浮かべてはいるが、勇者に準ずるようになんだか高圧的な雰囲気。
「……勇者としては、死ににいく人間を止めるべきなのだろうな」
やがてグランドが呟いた。何をするのか――思った直後、彼はいきなり抜刀した。
「――っ!?」
俺は戸惑いつつも――体は反射的に動いた。右手が滑るように柄を握り、彼よりも一歩遅いタイミングにも関わらず、両者の中間地点で剣が噛み合う。
金属音。正面に続く宿場町から、音に反応して幾人かが視線を向けた。
「あの……何を……?」
質問をする。直後、グランドはゆっくりと剣を引き戻した。
「反応速度は良いな……なるほど、それなりには使えるのか」
彼は論評すると剣を鞘に収めた。こちらも剣をしまうと、ふいに後方から気配を感じる。
今俺の背後にはリミナとギアが立っている――その二人が、どうやら険悪な空気をまとっている。
気配なんて、今までわからなかったんだけどな――思いながら、俺はグランドに敵意がないことを示すため、両手を軽く挙げた。
「すいません、さすがに町の前でこうしたことは」
「……ふむ、それもそうだな」
グランドは顎に手をやり視線を向ける。俺はリミナ達が爆発しないことを祈りつつ、相手を見返す。その時――勇者からも、気配を感じ取った。
視覚に捉えられないそれは、勇者の全身を取り巻いている。さらには彼の胸元から、別の気配があるのを理解する。
もしかすると、これが魔力なのか……?
「まあいいか」
考えていると、グランドはそう言った。
「身の程知らずな人間を押し留めるのも時間の無駄だ。このくらいにしよう」
彼はそう言うとさっと手を振る。後方にいた仲間達が無言で町へと入っていく。
「けれど、もう一度だけ伝えておこう。今回の調査は、勇者の証も持たない人間の出番はない。それは心得ておくことだな」
言い残して、彼らは街の雑踏に紛れる。やがて、街中にある馬車に乗り出発。遠ざかっていく。
「……なんですか、あれ」
馬車を見送りながら、リミナが呟いた。内に溢れる怒気を隠す気がないのか、声がずいぶん刺々しい。
「国から認可された勇者っていうのは、あんなケースもあるからなぁ」
続いて、ギアのボヤくような声。両者の反応としては、怒りと呆れといったところか。
「なあ、リミナ」
俺は先ほどグランドから感じられた気配について、言及する。
「あの勇者から……特に胸元だけど、気配を感じたんだ」
「全身を取り巻いていたのは、あの方の魔力です。懐には勇者の証を入れていたのでしょう」
「勇者の証?」
「ギルドや国から認可された勇者は、魔石で作られた証を受け取ります。それが勇者としての証明となる……ちなみに勇者様は持っていません」
「あ、だから俺のことは勇者じゃないと決めつけたのか」
「はい。功績によって名前は知られていますが、証を持っていない以上こちらが言わない限り、疑われることはないはずです」
「……そうか」
彼女の言葉を聞くと、俺は空を仰いだ。
「勇者様?」
リミナの声。俺はひとまず無視し青空をしばし眺め――首を彼女にやった。
「俺の目的、英雄アレスを探すことだったよな?」
「え? あ、はい」
「で、俺は勇者の証を持っていない」
「何かわかったのか?」
ギアが問う。俺は深く頷き、答えを示した。
「記憶を失う前の俺は、こう思っていたはずだよ。もし顔まで知られ有名人となれば、否応なしに勇者の証を持たされる。それが輪を掛けて顔を広げ……なおかつ英雄アレスを探す旅だ。余計目立つし、以前語った通り邪推する人間も現れる」
「ああ、なるほどなぁ」
ギアが納得したように応じた。
「目的が目的だから、厄介な話になっただろうな。英雄アレスの再来! しかも彼のご子息! とか」
「だろうね。有名になって色々な人から情報を得るというやり方もあるけど、他に目的があったのかもしれないし……面倒回避を優先させたのかもしれない」
「それと、もう一つありますね」
そこへ、リミナの声が続く。
「勇者の証を国からもらうということは、その国を拠点に置いて活動することを意味しますから」
「人探しをするには、不都合が出るわけだな」
俺が付け加えると、彼女は頷いた。
もっとも、それだけで全てが説明できるわけでもない。何より、リミナを助けた理由――なんとなく、これもまた目立とうとしない理由に絡んでいる気がした。あくまで個人的な見解だが。
「……身の上話は、この辺にしようか」
俺は話を切ると、二人へ言った。
「ギア、ここの町は素通りするんだろ?」
「ああ。だが食える物くらいは買っといたほうがいいかもしれない。この調子だと、到着するのは夜だ。向こうに暖かい食い物があるとも限らないからな」
「そうか。じゃあ通りで適当に買って、進むことにしよう」
結論を出すと、移動を再開する。町を抜ける前に適当な食べ物を見繕って、遺跡へ続く街道を歩む。
道中、先ほどの勇者一行を思い出す。関わるのは間違いない――面倒だと思いながら、遺跡へと向かった。