首都への帰還
馬車によって首都に到着した時、既に陽は沈み首都も暗闇に閉ざされていた。けれど、闇に染まった空の中にいくつも煙が上がっているのは、しかと見えた。
「まだ交戦中か……」
俺は御者台から顔を覗かせ呟く。さらに、どこからが爆音らしきものが反響しながら聞こえた。
「まだ続いているということは、苦戦しているのでしょうか」
手綱を操作するオルバンは言い、煙へ視線を移す。
「とはいえ、まずは屋敷へ戻ることを優先とすべきですね。リミナさん達の安否を確認してから、討伐に移りましょう」
オルバンの言葉に俺は無言で首肯。そして後方にいるフィクハも「同感」と言って賛同した。
やがて門の前に辿り着き、前方を走る騎士達が止まった。馬車も合わせて停止する。
そして騎士の内一人が、俺達を見て口を開いた。
「私達はあなた方の無事を報告すると共に、悪魔の殲滅に向かいます。そちらは……」
「仲間の無事を確認した後、ご協力します」
オルバンが答えると、騎士は「わかりました」と言い、
「それでは、ご無事で」
言って、先んじて街の中へ入って行った。
「行きましょう」
見送った後オルバンは言い、馬車を動かし始める。
「レン殿、申し訳ありませんが周辺に悪魔がいないかだけ確認をお願いします」
「わかりました」
俺は頷き、意識を集中――
「ひとまず、周辺にはいませんね」
「わかりました。何か変化があれば言ってください」
「私は後方を見るよ」
最後にフィクハが言い、態勢は整った。そこから馬車を進め屋敷へ急ぐ。
夜であることに加え、避難でもしているのか道の左右にある店や家は明かりが皆無に近かった。唯一と言っていい光源は、魔法を使っているらしい石で造られた街灯。それが道を照らしているためとりあえず視界の確保はできた。
警戒をする中、馬車はどんどん進み……やがて、何事もなく屋敷に到着した。見た目上、戦闘の形跡は無い。
「馬車は私が停車させますので、お二人は中へ!」
オルバンからの指示を受け、俺とフィクハは降車し屋敷の玄関へ向かう。そして扉を開け、
最初見えたのは、腕を組んで佇むセシルの姿。
「セシル!」
「音に気付いて来てみた。どうやら無事のようだね」
彼は俺達を見てほっと息をついた。
「良かった。悪魔が出始めて君達の身に何か起こったのだと思ったよ」
「それ、『聖域』に来た騎士も言っていた」
「騎士?」
俺の言葉にセシルは首を傾げた。
「騎士が『聖域』に?」
「ああ。俺達のことが気に掛かった王様達が派遣してくれたらしい……その辺の事情は把握していないのか?」
「迂闊に城とコンタクトを取ると、狙われる危険性があるから」
「……それもそうか」
答えた時、後方からオルバンがやって来た。それを見たセシルは、上を指差す。
「とりあえずリミナさんのいる部屋に。あそこに全員集まっているから」
「わかった……行こう」
俺の言葉と共に全員移動を始める。廊下を進み部屋に辿り着くと、セシルが先行して入った。
続いて俺が中に入ると、ベッドで眠るリミナと、椅子に腰かけるマーシャとエルネ。そして窓際に立ち外の様子を窺うルーティの姿があった。
リミナを除く面々はこちらを見て、安堵したような表情を浮かべる。
「ご無事で何よりです」
ルーティが話す。それに俺は「はい」と応じ、
「そっちも無事でよかった……で、俺達はどうします?」
「ここに見張りは必要ですが……城に向かうべきではないかと。現状、街にいた悪魔はほとんど倒したようなので、後は城の中をどうにかすれば、騒動は解決するはず」
ルーティの解説に俺は「わかりました」と答え、改めて口を開く。
「『聖域』に関する詳しい話は後回しにしますが……そこで戦った人物達が、これを引き起こしたのかもしれません――」
俺はイザンの件を皆に話した。結果、セシルが一際顔を険しくさせる。
「イザンが……」
「彼が出張っているかどうかはわからない……大怪我をしている状態だったし。けど、悪魔の力を使えば傷を早急に癒すことも可能じゃないかと思う」
「そうかもしれないな……なら、ここは僕の出番だな」
「セシルが?」
聞き返すとセシルは頷いて見せた後、ルーティへ目を移した。
「ルーティさん、申し訳ありませんが案内をお願いします」
「わかりました。セシルさんと私が行くということでよろしいのでしょうか?」
「はい。他の三人は『聖域』に言ったことで疲れているはずなので――」
「俺は行く」
二人の会話に俺は割り込む。それに驚いたのは、セシルだった。
「行くって……大丈夫なのかい?」
「疲れてはいるけど、懸念があるから」
「懸念?」
「ああ」
首を傾げるセシルに、俺は難しい顔を伴い返事をした。
「イザンにはオルバンさんの剣や、フィクハさんの魔法がほとんど効かなかった。オルバンさんは俺のつけた傷口を狙うことで追い打ちをかけることはできたが……黒い外皮から斬ることができたのは俺だけだ」
「リデスの剣くらいの武器じゃないと、傷をつけるのが困難だと」
「そうだ」
「なるほど……直接戦った君の証言だ。同行をお願いしようかな」
「わかった……オルバンさん、フィクハさん。二人はマーシャさん達を守っていてください」
「わかりました」
「レン君、気を付けて」
フィクハの言葉に俺は頷く。
「強行軍だけど、よろしく頼むよ」
セシルが俺に言う。それにも頷いた時、ルーティが部屋の入口へ歩み始めた。
「街と城の案内は私に任せてください。それでオルバン殿、馬の調子はどうですか? まだ走れそうですか?」
「かなり急いで帰ってきましたから疲労困憊です。酷使すると倒れる可能性も」
「そうですか……申し訳ありませんが、徒歩で移動しましょう」
「わかりました」
俺は答え部屋を出ようと踵を返す。そこで、後方にいたフィクハと目が合った。
「……フィクハさん。リミナのこと頼みます」
「ええ。その辺りは心配しないで――」
「……勇者、様」
リミナの声が聞こえた。即座に振り向くと、眠たそうな瞳でこちらを見る彼女が。
「リミナ……体調はどう?」
「だいぶ楽になりましたが……動くのは……」
「そうか……フィクハさん」
「ええ。私に任せて」
フィクハは素早くリミナへと駆け寄る。
「勇者様の方こそ、大丈夫ですか? また戦いに行かれるようですが……」
「聞いていたのか?」
「勇者様がここに来た時から意識はありましたから」
「そうか……大丈夫だよ。セシルやルーティさんもいるから」
俺は二人を一瞥して答えると、リミナに笑みを向けた。
「それじゃあ、行ってくる。フィクハさん、頼む」
「ええ」
彼女の答えを聞いた後、俺達は部屋を出た。
「もし街中に残っている悪魔がいたら、適宜処理します」
廊下を進みながらルーティが言う。
「途中騎士と出会ったら情報を交換しましょう。そして、もしイザンという人物と出会ったならば――」
「俺達が対応しますよ」
彼女に対し俺が告げる。セシルも「同じく」と賛同し、ルーティは小さく頭を下げた。
「協力して頂けること、感謝いたします」
「いえ……それに、元を正せば俺達が呼び込んだことかもしれませんし」
「その辺は、言いっこなしさ」
俺の言葉に、セシルはさっぱりとした口調で言った。
「本当にそうなのかは首謀者が捕まらないことにはわからない。俯くのは後にしようじゃないか」
「……そうだな」
答えた時、屋敷を出た。遠くからなおも爆音が聞こえてくるが、周囲に悪魔の気配はない。
「では、ついてきてください」
ルーティが言い、走り始めた。俺とセシルはそれに追随し、闇の中を疾駆し始めた――