生じる激動
墓標を目にした後、俺達は森を引き返し始めた。
手に入れるべき情報は手に入れた……考えうる、最悪な情報を。
「状況的に、こうとしか考えられない」
森を進む中、先頭のフィクハは語る。
「この『聖域』にはモンスターや生物がいない。だから英雄アレスがそうしたものに襲われるはずもない。そして、シュウさんはここを訪れていると明言している……あの穴は、きっとどちらかが掘り返した。そして――」
彼女はその言葉を、ひどく沈鬱な面持ちで告げた。
「英雄アレスは、シュウさんに殺された」
「にわかに信じられませんが……そう考えるしかありませんね」
彼女の意見にオルバンは賛同した。
「昨日見せたシュウ殿の態度から、私達がこうやって驚く姿を想像して面白がっていた、という解釈もできますね」
「そんな感じだと思う」
彼の言葉にフィクハは同意し、俺に顔を向けた。
「……不本意だけど、これで当初の目的は達成されてしまったね」
「そうだな」
頷きつつ、思案する。
勇者レンの目的は英雄アレスを探すことで、ある意味達成された……もしアレスと会えば俺についての詳細を訊いて、とか色々と考えていたのだが、全て泡と消えた。
喪失感が胸に満ちる中で、フィクハが小さく息をついたのが見えた。
「レン君、混乱している中訊くけれど……今後、どうする?」
尋ねられ、俺は頭を回す。
「……やるべきことは決まっているんだよな」
「シュウさんを追うってこと?」
「そう。もしあの人が殺したのだとしたら……英雄アレスの教えを受けていた俺も、動かないと」
「敵をとる?」
フィクハの問い掛け。けれど、俺は明言を避け無言となった。
目的がなくなったことはショックなのだが、恨みがあるかと言うと別の話。そもそも俺は勇者レンの目的に沿って動いていただけに加え、英雄アレスに出会ったことも無い。だから悲しみや怒りはほとんど感じていない。
そんな心境の中、俺は彼女に答える。
「俺には他に目的があるけど、それに迫ることは間違いなくシュウさんにも関わる。だから結果的に敵をとることになる、かな」
「……そっか」
フィクハは呟くと、俺に提案をした。
「今後は私達と同じ目的で行動する……ということでいい?」
「それで良いと思う。あ、けれど――俺は俺の目的を優先するからな」
「わかってる。協力、感謝するよ」
フィクハは微笑みながら告げた。そしてオルバンも「よろしくお願いします」と言った。
それに頷きつつ……勇者レンの出生についても調べなければ、と思った。勇者レンが英雄アレスを探す本質的な目的はわからないが、俺の帰りを待つ人間とかがいるかもしれない。現状手掛かりが一切ない状態なので、その辺も調べる必要がある。
そして英雄アレスのことを王達に伝える……同時にシュウのことも伝えないといけないだろう。もし広まれば途轍もない衝撃が国々を襲うことになる……周知させるかの判断はできない。ここは協議する必要がありそうだ。
「――なぜ、シュウ殿はアレス殿を殺害したのでしょうか」
そこで、オルバンが疑問を漏らした。言葉に応じたのは、フィクハ。
「推測しかできないけど……両者はあの穴にあった物を奪い合って、と考えるのが今のところ有力かな」
「二人がここに赴いて仲間割れ、ということでしょうか?」
「一緒に来たかどうかも疑問ね」
オルバンに対し、フィクハは肩をすくめた。合わせて、俺は王様達の話を思い出す。
「そういえばこの依頼の話を聞いた時、王様は英雄アレスが『聖域』に入りたいと言っていた。その場にシュウさんがいたなら、王様はそのことを話してもおかしくないんじゃないかな」
「つまり両者は単独で『聖域』に入り、衝突したと?」
オルバンが疑問を向ける。俺は「たぶん」と答え、話を続けた。
「シュウさんは魔王との戦いが終わって以後、魔の力に支配され動き出した。だから英雄アレスとは異なる場所でこの『聖域』に眠っていた何かを見つけ出そうと動いた。彼の場合は国を脅かすようなことをしているから、忍び込んだだろうな」
「そして二人は衝突し、シュウさんが勝ったと」
フィクハが付け加えるように言う。俺は小さく頷き、
「シュウさんが英雄アレスを倒し……物を奪い逃走した。あの墓標は、同じ英雄として礼節を尽くしたとか、そんな感じかもしれないな」
「私の目には、そうは見えなかったけどね」
フィクハはため息をつきながら言葉を漏らした。
「まあ、その辺はいいか……で、報告をしないといけないのは確かで、かなりの騒動になるだろうね」
「だと思う。けどこうなってしまうと話さないわけにはいかないだろうし」
俺の言葉に二人は沈黙した。
以後、無言で森の中を歩み続ける。そしていよいよ陽が落ちようかという時、入口に辿り着いた。
「よし、到着」
得意げにフィクハが言う。彼女の案内は最後まで正確だった。
俺は周囲の様子を窺う。見張りの人間はやはりいない。まだ敵が兵士を除けているのだろうか。
「馬車は無事ですね。すぐ出発しましょう」
オルバンは近くに繋いでいた馬車へと歩み寄る。俺とフィクハは入口付近で待つことにした。
「あんまり、衝撃はなさそうだね」
彼女がふいに告げる。俺はそれに首肯し、
「俺にとっては、名前しか聞いたことのない人だから」
「それもそっか……で、目的としては私達と同じになるだろうけど、さっき優先って言っていたよね?」
「シュウさんと共に行動しているラキを追うということだよ……それと、勇者レンの故郷を探さないと」
「故郷?」
「勇者レンが誰かから英雄アレスを探してきてくれ、と言われ行動していたかもしれない……その相手に、きちんと報告しないといけないだろ? そうした人間関係を調べるには、まず故郷を見つける必要があると思う」
「なるほど、確かに――」
フィクハが納得した時、遠くから蹄の音が複数聞こえ始めた。
「ん……見張りの人が来たのかな?」
彼女は視線を街道へ移した。俺もそれに追随した時、何頭もの馬が姿を現した。
近づくにつれ、騎乗しているのが兵士ではなく男性の騎士達であるとわかる。彼らは目をこちらにやり、俺達の存在に気付いた瞬間馬の速度を上げ、一気に接近した。
「良かった……! ご無事だったのですね!」
その中の一人が叫び、馬を止め全員が下馬した。対する俺達は彼の口上に眉をひそめる。
「あの、何かあったんですか?」
俺が質問すると、騎士は深く頷いた。
「それが……街や城に悪魔が出現し始めまして」
「……え?」
彼の言葉を聞いた瞬間――イザンのことが思い浮かぶ。
「現在騎士団が対処に当たっており、街の人々に犠牲者は出ていないのですが……王達は悪魔の襲来を『聖域』に赴いたあなた方に何かがあったのではと判断し、人間である私達がここに赴いたのです」
騎士は語る――確認すると、総勢五名だった。きっと『聖域』に入った俺達を救援するため派遣されたのだろう。
その時、オルバンが馬車を入口まで持ってくる。そこで俺とフィクハは互いに目を合わせ――
「ひとまず、戻った方がよさそうね」
フィクハは結論付けると、騎士に呼び掛けた。
「実は『聖域』の中で交戦し、二人死体を置き去りにしています……けれど話を聞く分には、城に戻り防衛した方が良いと思います。急いで戻りましょう」
「わかりました。私達が先導します」
騎士は答え、全員騎乗。俺達は急いで馬車に乗り、移動を始めた。
天幕の外で、車輪の音と蹄の音がこだまする。それらを聞きながら、俺は戦いがまだ終わっていないのだと思い、一人体を緊張させた――