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聖域の奥で

 結論から言うと、彼女は明確に現在位置や方角を把握していた。話によると通った道なんかはすぐに憶えるらしく、目印がなくとも元来た道もわかるという。

 ちなみに余談として、読んだ本もほとんどを記憶しているとか。英雄の弟子、面目躍如といったところだろうか。


「ほら、フィクハ」


 森を進む中、俺は前にいるサンドイッチを食べ終えた彼女へ木の実を渡す。


「ん、ありがと……というか、よく食べれる実を知ってるね」

「リミナに教え込まれたからな」

「へえ、そうなの」


 と、彼女は木の実をかじる。


「フィクハさん、その辺の知識はないの?」

「あるにはあるけど、私は机上の話が多いからね。こういうことは実際に見たり触れたりする人に任せるスタンスなの。その方が危険も少ないし」

「そっか」


 納得し、俺は会話を止めた。


 現在、イザン達を倒しようやく本来の目的である調査に乗り出した。その途中でフィクハがストレージカードによって持参してきたサンドイッチを食べつつ、ついでに木の実を採って食べているのが現状。

 そこでふと、気になったことがあった。動物の類がまったくいない。


「フィクハさん、動物とか見当たらないけど」


 質問をぶつけると、彼女は「いないんじゃない」と答えた。


「この『聖域』に取り巻いている魔力について、私達は好意的に感じているけれど……動物達は嫌がるのかもしれない」

「ついでに言うと、昆虫の類もいませんね」


 オルバンが発言。彼は近くにあった木の葉に軽く触れ、話す。


「春から夏にかけての季節ですから、木の葉だって多数虫に食われていてもおかしくない。けれど、葉にはその形跡が一つもない」

「とすると、生物がいないというわけですか……」


 俺は応じつつ、周囲を見回す。鳥のさえずりなどがあってもおかしくないのだが、それもない。


「多くの生物は、魔力を嫌がって侵入してこないのでしょう」


 改めてオルバンが断定。俺は「そうですね」と同意し、木の実を口に入れた。

 この調子だと微生物とかもいなさそうだが……というかそれでは生態系が維持できない気がする――


「魔力を受けた木々が、色々しているのかもね」


 フィクハが言う。彼女は地面に生えた草を軽く蹴りながら続けた。


「魔力によって木々の成長が変化するって論文を読んだことがある。それじゃないかな」

「そういう魔力が微生物なんかの役割を担っている、といったところか」


 なんとなく結論付け……途端にフィクハは首を傾げた。


「……びせいぶつ?」

「あ、ごめん。こっちの話」


 そっか。顕微鏡なんかあるはずもないし、微生物はわからないか。

 フィクハはこちらの言に少しばかり首を傾げたが……小さく「わかった」と言って追及は無かった。まあ、後で訊いてくるかもしれないけど――


 そこまで考えた時、森の端に辿り着いた。正面には山を形成する直角に近い壁があり、俺達を阻んでいる。


「おっと、到着か。それじゃあここから山に沿って探すことにしよう」


 フィクハは語ると、俺とオルバンに視線を移す。


「ここからが大変だから、気合を入れていくよ」

「了解……と、全員固まって行動するのか?」

「当たり前でしょ」


 俺の質問にフィクハは深く頷いた。


「敵が来ないとも限らないしね。定期的に探査の魔法を使って周囲の魔力を探るようにするから」

「わかった。オルバンさんもそれでいいですか?」

「構いません」


 ――ということで、俺達は動き始めた。ここからは精神的な疲労が大きくなるだろう。

 だからフィクハは「世間話でもしよう」と提案し、俺やオルバンも承諾した。しかし――


「で、リミナさんとの関係はどんな感じなの?」


 そういうことを話すのは、どうかと思うんだ。


「……いや、従士だけど」

「男女で行動していて何かしら思う所はないの?」

「……色々あるんだよ」


 半ば呻きながら返答すると、フィクハは目を細めた。


「なるほど、色々ね。で、本当のところは?」


 執拗に訊いてくる。ここで退くつもりはないらしい。

 俺はオルバンに視線を移した。彼なら多少なりとも諌めてくれるのでは、という期待からだったのだが、


「そういえば魔王と戦い生き残った勇者達も、従者と結婚するケースが多かったですね」


 乗っかりやがった。こ、これは逃げ道がない。


「ほらほら話しなよ。そこんとこどうなのよ」


 フィクハが急かす。俺はそれを黙秘することにして、口を閉ざした。

 態度に彼女は文句を垂れ始める。俺はそれを無視しつつ、調査が淡々と進められた――






 それらしい場所を見つけたのは夕刻前。悪魔の襲撃もなく、さらに代わり映えの無い景色にいい加減辛くなってきた頃合いで見つかった。


「洞窟、ですか?」


 オルバンが呟く。俺達の目の前には岩の壁。そこに、穴が空いていた。

 彼は洞窟と言ったが、大人が一人入れるくらいの大きさで、奥行きは俺が手を伸ばせば届くくらいのものでしかない。周囲は木々に囲まれており、後少し穴が小さかったら気付かなかったかもしれない。


「掘り返されたので間違いないと思うよ」


 フィクハは呟き足で地面をパンパンと叩く。見ると、そこだけ土が盛り上がって草が生えていた。


「動物もいない以上、こんな穴ができるとは思えない。人為的に掘り返したんだと思う」

「秘宝が埋まっていた場所じゃないのか?」


 尋ねるが、彼女は首を左右に振った。


「事前に調べたけど、秘宝が見つかったのは『聖域』の中心。ここじゃない」

「となると、シュウさんがやったのか……?」


 俺は呟きつつ、じっと穴を見据える。彼は人工物云々と言っていたが……これをそうだとするのは、どうにも違和感がある。シュウの雰囲気は、一目見たらわかるという感じだった。


「……この周囲を散策しましょう」


 オルバンが提案。俺とフィクハは同時に頷き、移動を再開。途中で俺は呟く。


「けど、シュウさんがこんなところを掘り返すというのも変だな……フィクハさん、心当たりとかある?」

「無い」


 フィクハが端的に応じる。手掛かりはない――が、俺は一つの推測を導き出す。


「見つからなかった、もう一つの秘宝とか?」

「可能性は、ゼロじゃないかな」


 フィクハは言いながらも肩をすくめた。


「もっとも、なぜシュウさんがそれを知っていたのかは疑問に残るけど……あの人の知識量から考えて、知っていてもおかしくないかもしれない」

「その辺り、調べないといけないかな」


 俺がそう返した時……森が途切れ開けた空間に出た。そして――


「……ん?」


 正面にあるものが目に入り、凝視した。


「あれは……?」


 呟き、茜色が増えつつある世界の中を歩き出す。フィクハやオルバンもそちらを注視し、無言のまま歩く。


「これは……」


 と、俺はそれが何なのかを頭で認識した直後、固まった。加えてフィクハも立ち止まり、口元に手を当てる。


「……嘘、でしょ?」


 そして呻く。目の前にあるものが信じられないという面持ち。

 残るオルバンは、どこか冷静さを保ちつつ声を上げた。


「おそらくですが……これこそシュウ殿が語っていた人工物でしょうね」


 その声を、俺はずいぶん遠くからのものだと感じた。周囲の景色が見えなくなり、目の前にあるそれだけに意識が集中する。

 木目などがうっすらと見えたので、周囲にある木々から切り出したものだろう。表面はカンナで削り取ったかのようにツルツルなのが一目でわかり、魔法か何かを使って生み出したのだろうと見当をつけた。


 そして文字が刻まれていた。俺はそれを丹念に眺める。間違いなく、アレスという文字が刻まれている。

 これを、シュウが作ったというのか……思いながら、なおも凝視した。


 ――英霊を讃える言葉と共に打ち建てられた十字架の墓標は、少しずつ赤に染まっていく太陽の光によって、恐ろしい程綺麗に輝いていた。

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