悪魔の力
先に動いたのはイザン。醜悪な笑みを浮かべながら、俺達へ間合いを詰める。狙いは――オルバン。
次に動いたのは俺。両腕に魔力を集め、なおかつ刀身に魔力を込めた後イザンとオルバンの直線状に割り込んだ。
それを見たイザンは一瞬驚いた顔を見せ――すぐに標的を俺に変え、剣を振り下ろした。
俺は正面から対峙し、剣が交錯した。顔をしかめるような甲高い金属音と共に剣同士が噛み合い、俺とイザンの動きが一瞬止まる。
受けた直後かなりの力が加わったが、どうにか押し留めた。さらに言えば相当な剣速で、以前と比べ能力が大幅に強化されているのがわかる。これこそ、悪魔の力によるものだろう。
けれど能力が向上したのは俺も同じだった。勇者レンの記憶と経験が解放され、反撃に移る。
まずは両腕へさらに魔力を収束させる。直後イザンの目が僅かに細くなった。こちらの魔力量を警戒しているようだ。
確認と同時に剣を弾く。イザンはその流れに任せ大きく後退し、再び笑みを見せた。
「以前とは見違えるほどになったな……!」
声と共に目を合わせる。先ほどの狂気とは異なる、喜悦を大いに含んだもの――
そこへ、右から回り込んだオルバンが剣を薙いだ。イザンはそれに反応し、あろうことか左腕を剣に向けた。
「っ!?」
これには逆にオルバンが瞠目し……剣が振れ、金属同士がぶつかったような音が周囲に響く。
そして剣は彼の腕に触れ、止まった。そこでオルバンは呟く。
「悪魔によって体も変化しているというわけですか」
「ああ、そうだ」
イザンは同意し、左腕を振ってオルバンの剣を弾く。剣と腕が衝突した部分に注目すると、斬られた布の奥に黒く輝く腕が見えた。
「面倒な能力ね……!」
今度はフィクハの声。彼女は俺から見て左に回り、剣をかざすと共に詠唱を始めた。
「魔法か」
彼女の動向にイザンが目を移した――刹那、俺とオルバンが同時に動く。合わせたわけではなかった。偶然の一致。
イザンは即座に目を戻す。先行して斬り込んだのはオルバン。けれど先ほどと同様左腕によって剣が防がれてしまう。
続いて俺の攻撃。イザンはそれに対し剣を振って応じた。双方がぶつかり、彼の剣を大いに軋ませる。
もしかすると、剣を破壊することなら――そういう可能性を僅かに抱いた時、イザンが剣を押し返した。
「無駄だ」
迫力ある声と共に、彼が一歩前に出る。対する俺は反動で後退しつつ迎え撃つ構えをとる……が、横からオルバンがさらに剣を向けた。
イザンはそれにも反応。横目で彼を捕捉すると、左腕を大きく振るった。その時、俺は一つ気付く。
彼の左手――いつのまにかその指先が黒く変化し、紫という不気味な色合いをした爪が伸びている。
「っ!」
オルバンもまたそれに気付いたが、遅かった。剣と爪が高速で衝突し、イザンが剣を捌く。そして爪がオルバンの左腕に触れ、僅かに布地を切り裂く――けれど、出血はしない。
俺は思わず声を掛けようとしたが、その前にイザンが来る。俺は迎撃に思考をシフトさせ……縦に繰り出された斬撃を見据えた。
速い。アークシェイドとの戦いで遭遇したあの悪魔と引けを取らない上、彼の持ちうる技術と経験が融合した強力な一撃。もし覚醒していなければ、やられていたかもしれない。
俺は再度剣に魔力を収束させる。時間が圧縮されたような感覚と共に、イザンの剣が到達する前に魔力が集まる。そして放たれた剣を、再度真正面から受けた。
次に生じたのは炸裂音。魔力同士が弾けてこうした音ができたと頭の中で理解しつつ、俺は相手を食い止める。そこでイザンの右手が視界に映った。左手とは違う、人間の手のひら――
認識したと同時に、俺は両腕にあらん限りの力を込める。剣と同様魔力を結集させ――とうとう、イザンを弾き飛ばした。
「穿て――天使の槍!」
そこへ、横からフィクハの援護。俺の剣によって後退したイザンへ、白い光を宿した槍が飛来する。
彼は避けられず魔法が腹部に直撃。さらに吹き飛ばされ後方にあった木々に背中から衝突し――槍が轟音と共に爆散した。粉塵が舞い、しばしイザンのいる周辺を覆い尽くす。
「大丈夫?」
そしてフィクハは俺に問い掛ける。こちらは目をイザンのいる方向から離さないまま頷く。
「こちらも、怪我はありません」
続いて俺に近づくオルバン。彼は剣を構え直しつつ、相手の現状を分析にかかる。
「右腕はあくまで人間のもの……となると部分的に体を悪魔に変化させることができるようですね。そして、私の剣は通用しない」
「それは確定なの?」
フィクハの問い。オルバンは少し間を置いて返答する。
「全力で魔力を剣に加えればおそらく効くとは思います。けれどそれは防御を捨てるということであり、相手の能力から考えてするべきではないでしょう」
「とすると、通用しそうなのはレン君の剣だけだね」
「そうかもな……」
俺が応じた時、煙の奥からイザンのシルエットが見えた。こちらに突っ込んでくるかもしれないと思いじっと観察していると、彼は予想に反しゆっくりと歩を進め、俺達の前に姿を現した。
やがて煙が晴れる。彼が体を打ちつけた木は半ばから折れていた。そこから考えても衝撃は大きかったはずだが、目立った外傷はない。無傷のようだ。
「三人とも、俺の動きに反応できるようだな」
彼は淡々とした口調で言うが……戦う前に見せた、狂気の瞳を伴っていた。
「正直驚いたよ。奴ぐらいしか反応できないと思っていたからな」
「……奴?」
俺は眉根を寄せ聞き返す。けれどオルバンは意を介したようで、彼の言葉に反応した。
「闘技大会覇者、ですね」
「そうだ」
イザンは即答すると、俺達に語り始める。
「俺はこの力を手にし、奴を超える力を手に入れた。今度こそ……奴を殺す」
「その状態で闘技大会に出れば、失格扱いされるのではないですか?」
「奴を殺せればどこでもいい」
恨み骨髄といったところか。なぜそうまでして闘技大会覇者――つまりセシルを気にかけているのかわからないが。
「なぜそうまでして彼を?」
オルバンは俺の疑問を代わりに問う。するとイザンから表情が消えた。
「答える必要は無いな」
――表情からは、内に秘める感情を抑えているようにも見える。理由はわからないが……何かしら因縁があると予想がつく。
そしてオルバンは「わかりました」と答えた。態度が変わったので触れるべきではないと判断したのだろう。
「では、ついでにもう一つ質問を……その力を、どこで得たのですか?」
「それも答える必要がないな。そもそも、話すと思っているのか?」
「念の為ですよ。力にかまけてうっかり話していただける可能性もありますから」
冗談のように答えるオルバン。そこでイザンは鼻を鳴らした。
「そうか、正気を失っているとでも思っているわけだな。お前達の推測通りいかなくて悪いな」
「いえいえ」
柔和な笑みさえ浮かべオルバンは答える。取り巻く空気は絶対零度であり、その会話は異様にも感じられる。
同時に、目の前の相手は想像以上に厄介だと思った。悪魔の力を手にしたことによって強化されただけでなく、きちんとした理性もある。
「お前達を叩き潰した後、奴を狩りに行くとしよう」
そしてイザンは呟き、魔力を噴出した。
どうやら俺達を倒した足でセシルの所へ行く気らしい。彼もセシルがダーグスにいることはわかっているだろう。となれば、俺達がやられればマーシャ達や、リミナに危害が及ぶ可能性も――
「悪いが、そうはさせない」
俺は決然と告げる。イザンはそれに目を光らせることで応じ――戦闘を再開した。