垣間見える狂気
移動における隊列は先ほどと同様オルバンが先頭。後ろを俺とフィクハが隣同士で歩く。
また、森に入ってすぐフィクハは魔力を捕捉する魔法を使用した。結果、魔方陣のような大きな魔力溜まりは感知できなかったとのこと。
さらに相手の居所は察しがついたため、彼女の案内により俺達は進む。
その最中、俺は意識を気配探知に傾ける。悪魔の襲来を警戒するものだったが、やはり刺すような気配はない。魔方陣はあれ一つで、今後悪魔の襲来は無いという結論で良いのだろうか。
「これで終わりとは、思えないけどね」
フィクハが唐突に呟く。俺はそれに頷き、
「確かに。これまでの経緯から、倒れるまで突っかかってきそうな気がする」
「というか『聖域』に入って用意していた魔方陣があれだけというのが変よ。予備くらいはあってもおかしくない――」
「時間が無かった、と仮定することもできますよ」
フィクハの意見に応じたのは、前を歩くオルバン。
「そう推測するヒントは、『聖域』の前に兵士がいなかったことですね。今回の相手が見張りに指示を送れる存在であるというのは、お二人も察しているでしょう。しかし、いくら見張りを操作できるとはいえ『聖域』に見張りを延々と置かないのはまずい。なので、私達が動き出すまでは見張りに指示を出さず、出発を見計らって排除したのではと考えます」
「つまり、イザン達は俺達の動向を見て準備を始めたと?」
俺はオルバンの言いたいことを理解し意見すると、彼は頷いた。
「はい、そうです。王妃の取り計らいによって、私達は屋敷へ移動。それにより敵は私達の動向を把握できなかった……ただ敵としては、街から『聖域』へ移動する所を捕捉すればいいので、私達を見つけるのは容易だったはず。敵側は門でも見張っていて、こちらが動いたのを確認して準備をした、と考えることができます」
「それなら魔方陣が一つ、というのも理解できるね」
今度はフィクハ。納得したように頷いている。
「首謀者は自分のことをバレないよう注意を払っているみたいだし……『聖域』関連でゴリ押しするのは危険だと思ったんでしょうね。だからこそ私達が訪れる寸前で準備をする羽目になり、予備すらなかった」
「そう考えると、結構杜撰な計画にも思えるな」
俺がコメントすると、フィクハは「確かに」と言った。
「ま、バレないようする方が優先なんでしょうね」
「そうかもしれないな……で、彼らを倒せば後は調査だけとなるのか」
「倒せれば、ね」
フィクハの声音がやや重くなる。
「問題はイザンだよね。私達のことは把握しているようだし、魔方陣以外に策があるかもしれない」
「とはいえ、やるべきことは一つですね」
オルバンが言う。彼は俺達に一度首を向けた。
「私がイザンを食い止める間に、お二人でもう一人の方を抑えてください」
「じゃあ気絶させて、イザンには三人掛かりで戦うことにしましょう」
「まあ、各個撃破が基本だよな」
オルバン達の話を聞き俺は感想を漏らした――その時、前方で森が途切れる場所が見えた。
「ついに来たか。レン君、念の為気配探知を」
「わかった」
フィクハの指示に従い意識を集中。やはり攻撃的な気配はなく、魔方陣が壊されたため悪魔がゼロという可能性が濃厚となってきた。
「やっぱりいないみたいだ」
「オッケー。とりあえず気配を探るのだけは継続で、少しずつ近づくよ」
フィクハの言葉に俺は無言で頷き、前を歩くオルバンの後を追う。
森の中を少しずつ進む俺達。空気は非常に穏やかで、先ほどまで繰り広げられていた戦闘が嘘であったかのように、優しさに包まれている。
気配探知には相変わらず悪魔は引っ掛からない。けれど、正面から魔力を一つ感じ取った。間違いなく、イザン達だろう――
「……一つ?」
疑問がよぎり思わず呟く。
「どうしたの?」
声にフィクハが問う。俺は森が途切れた先へ視線を送り、
「いや、正面から感じられる気配が一つしかなくて」
「正面……? ということはイザン達よね? それが一つ?」
「一人はどこかに潜んでいるのでしょうか」
俺達の会話にオルバンが口を挟む。
「まだ彼らが視界には見えていませんが……一人であったなら、森の中に潜んでいる可能性がありますね」
一人が陽動で、後ろから魔法か何かでけしかけるというわけか。だが、周辺にはそれらしい気配はない。
「今の所、森の中に気配はありませんが……」
「わかりました。引き続き警戒してください。前は私が注意を払います」
「はい」
オルバンに返事をした後、俺達は沈黙した。敵に何かしら計略がある――そう確信し口を止めたためだ。
フィクハも正面だけではなく周囲に視線を向ける。俺も気配探知だけではなく顔を動かして相手がいないか目で確かめる。
三人全員がイザン達に警戒し、目的地へ少しずつ近づく。神経を張りつめているため、俺は僅かに疲労すら感じた――その時、
「なっ……!?」
オルバンが正面を見ながら、呻いた。
俺とフィクハが同時に顔を向ける。瞬間、彼はそれまでの慎重な行動に反し駆け出した。
そう動かれては追随せざるを得ない。俺は気配探知だけは継続しつつ、一気に森を抜けた。
現れたのは、先ほどと同じような開けた場所。正面にイザンがいるのを認識しつつ周囲を見回す。先ほどの場所と大きく異なるのは俺達から見て左側に泉があること。
一通り観察した後、俺はイザンへ目を戻す。ここに至り、オルバンがなぜ呻いたのか明確に悟る。それは――
「遅かったな」
抑揚のない、イザンの声。そして彼は右手に握る剣を勢いよく振り――刃についていた鮮血を払った。
鮮血。その原因は彼の横に倒れている黒いローブの男性だ。彼はピクリとも動かず、なおかつ周囲の地面は彼の血によって黒ずんでいる。
イザンが彼を殺したのは、一目瞭然だった。
「一体……何を……?」
オルバンが切っ先を相手に向けながら問う。
「なぜあなたが彼を?」
「邪魔だったからだ」
ひどく冷淡に彼は応じる。オルバンを見据え、首を傾けながら話す。
「元々俺は、こいつらが使えなくなれば切り捨てろと言われていた。それを今行っただけに過ぎない」
「……口封じという意味合いが強そうですね」
「そうだな」
イザンは目を細めながら答えると、一度俺達を見回す。その時……彼の目を見て一つ察した。
濁った視線――加えて瞳の奥には、狂気が宿っている。
「一人で勝てると思っているの?」
フィクハがオルバンと同様剣を構え、問う。対するイザンは彼女へ視線を移した。
「ああ、思っているさ」
告げた直後、空気を軋ませるような魔力が生じた。
「っ……!?」
オルバンとフィクハは同時に呻き、イザンを注視。俺もまた同じように目を向け、相手の魔力を知覚する。
彼の胸辺りを中心に、魔力が体を包み始めていた。しかもそれらは先ほどまで戦っていた悪魔の魔力と、ずいぶん似ている。
「悪魔……?」
フィクハもまた勘付いたか呟く。イザンは声に気付いたのか、歪んだ笑みを俺達へ見せた。
「最初から、こうすれば良かったのだ。わざわざ手の込んだ真似をしなくとも、俺が一人で殺せた」
「……首謀者は、使わせたくなかったのでしょう。そんな力、誰が見ても怪しむでしょうからね」
今度はオルバンがイザンの声に応じ、目つきを鋭くする。
「申し訳ありませんが、あなたの目論見通りにはなりませんよ。私達が、あなたを倒しますからね」
「やってみろ」
イザンが発した――同時に彼の右目が血のように赤く、濁り始めた。